1-27 クエスト辞退はキャンセルされました

 とりあえず村長の家に案内された京は、促され椅子に座ったが、さっそく帰りたい気持ちでいっぱいだった。それを察してか、目の前に座る村長はなんとか村にとどまらせるべく、しきりに問題が無いことを京にアピールしていた。


「大丈夫。危険なことなんて何もない、魔草を毟るだけのふつうのお仕事です!」

「いやいや、ぜんぜん絶対ふつうじゃないっすよね。さっきのちゃんと見てましたよ。魔草のことよく知らないけど、どっからどう見ても生えてる数がおかしかったですよね。あんなのもう海ですよ海」


 ひしめく魔草。村の向こう側を覆うように生えたそれは、ざわざわと波打ち、海と言われても過言ではないくらい、大量に生えていた。いまも魔草のひしめく音と村人の怒声がかすかに聞こえている。


「たしかに、あの魔草の大量発生は異常です。魔草の海の向こう側に、なにか理由があるのかもしれませんね……」

「あのー、私には荷が重い気がするので、クエストを辞退させていただきたく」

「原因究明はしたいのですが、なにぶん魔草は人が近づくと足元を狙ってくるのです」

「あの? 聞いてますか?」

「宙吊りにされ、ツルを切ってもまた生えてくる。やはり、根本から根絶させねば。数を減らさなければ原因究明など夢のまた夢」

「おーい!!」


 村長は大げさなほど大きな動きで頷いた。京のはなしを聞かない様は、京を逃さないという意思を感じる。


「善は急げだな。エリックマイクケイン」

「は!」

 

 村長が手を叩くと、京のすぐ後ろから男が三人現れた。三人は京をよいしょと持ち上げる。


「んん?」

「さ、行きましょう、冒険者様」

「我々の村をお救いください」

「ファイト」

「???」


 京がわけがわからず、虚空に宇宙を見出していると、あれよあれよという間に外に連れ出されてしまった。向かう先は当然、魔草の海である。


 ハッとした京は、抗議すべく担がれたまま暴れた。しかし、男三人集はびくともしなかった。


「まって、無理無理無理無理!」

「いやぁ、ひと月くらい前から急に魔草が大量に生えてきまして。あいつらがいると作物の養分をぜんぶ吸われるので困っていたんです。でも、冒険者様がいらしてくださったので、あの魔草の海も一掃して貰えますね」

「降ろして!! 降ろして!!」

「魔草は火を付けて消し炭にするのが常識ですが、なにせあの魔草の海の向こう側は森でして。ほら、燃え移ったら大変でしょう?」

「イーーヤーーーッ!!」


 京は何がなんでも逃げようとした。しかし、いつの間にかギャラリーが集まってきており、みんな期待の眼差しを京に向けていたため、とても逃げれる雰囲気ではなかった。それ以前に、右を向いても左を向いても村人、村人、村人。大勢に囲まれすぎて、物理的に逃げることが不可能である。


「アッ退路が塞がれすぎてる……頼むから降ろしてぇッ!」

「捕まっても宙吊りにされてぶんぶんされるだけです。死にはしません。」


 そのとき、とても嫌な予感がした。こういう時の予感は外さないもので、担がれていた状態から両手両足を掴まれる状態に変わる。それだけでなく、まるでブランコのごとく揺すられはじめた。この先の展開が読めてきた京は、顔を真っ青にした。


「うそ、うそうそうそッ」

「さあ、勇敢果敢にやっちゃって下さい!」

「いっせーの!」

「嘘でしょーーーーーーーーッ!?」


 放り出されたからだは魔草の海へ向かい、綺麗な放物線を描いて飛んでいく。魔草はそんな彼女に無数のツルを伸ばし、足首に巻き付きいて釣り上げた。京はまんまと宙吊りにされてしまったのである。


「うわ、うわ、キモい!!」


 足首に感じる魔草のツルの躍動が、なんだかものすごく肉肉しい。京には、それが植物のそれではなく、生き物の筋肉の動きのように感じられた。


「はなせ、このッ!」


 宙吊りにされた状態のまま、デッキブラシで足首のツルをどうにかしようとしたが、デッキブラシの頭が丁度ツルに届かない。


「いけ!」

「頑張れ冒険者さーん」

「そこだ、やれ!」

「全然当たってないぞー」

「やっっかましいわ!!」


 京は村人のヤジにイラつきながら、デッキブラシをツルに向けて投げつけた。思った以上に力の乗った攻撃は、見事に京の足首に絡みついたツルに命中する。


「よっしゃ、めいちゅ──うわッ!!」


 デッキブラシの攻撃により、ツルから開放された京だったが、他の魔草のツルに即座に捕まってしまった。


「クッ、こなくそ!」


 京が手に戻ってきたデッキブラシを握りしめ、もう一度同じことをした。しかし、千切っても千切っても、大量に生えたほかの魔草に捕まり続けてしまう。


「ぜぇ、はぁ……やっと地面に帰れた……」

 

 地面に膝をつき、息を切らせる。魔草と京の攻防は、およそ三〇分間続いた。吊るされループに陥っていた京は、最終的には村人に助けられた形となった。


「大丈夫ですか?」

「もう少し、はやく、助けにきてくれても良かったんじゃ、ないの……ウップ」


 逆さ吊りでぶらぶらと揺さぶられ、平衡感覚が可笑しくなっている。立つとふらつき、歩くと変な方向に足が向いてしまう。このままでは魔草を毟るどころではない。京は戦略的撤退を余儀なくされ、地面を這ってその場を離れた。


(この世界に来てから、やたら地面を這ってる気がする……)

「いやぁ、冒険者さんでも魔草を毟るのは難しそうですな」

「難しいそう? なんじゃなくて実際にんだよ。こんなの難易度詐欺だ」


 千切っても千切っても第二、第三の魔草のツルが伸びてくる。キリがないのだ。


「やっぱり火をつけたほうがいいんじゃないすか。毟るとか全滅に何ヶ月もかかりますよ。というか、毟れる大きさじゃないし」

「先ほども言いましたが、火をつけると森や村に燃え移ってしまいます」


 村長が言うには、焼き払うのが一番効率的かつ、確実に魔草を消滅させられる方法なのだという。しかし、村には井戸しか水源が無く、もし何かに燃え移って火事になっても、火を消せないのだ。


「私は魔法が使えないので、水はおろか火すら出せないんです。ここはやっぱり私は帰らせてもらって、別の冒険者を呼んでもろて」

「それはダメです!!」


 京の退散したいむねを聞いた村長は、焦ったように京の肩を掴んだ。

 なぜ、村長は自分にこだわるのだろう。京にはそれがわからない。


 魔力が無く、魔法の使えない京は、物を壊すか、生き物を物言わぬものにするしかできない。彼女は、自分で自分を役立たずだと思っている。役立たずがこのまま村にいるよりは、別の魔法の使える冒険者を募るほうが、魔草を駆除する近道になるはず。

 正直、自分を引き止める村長に得体の知れなさを感じていた。


「あの、どうして引き止めるんすか? 自分で言うのもなんですけど、私、底辺冒険者ですよ? 私なんかより、もっとちゃんとした冒険者を雇い直したほうが、この村のためになると思いますよ。いや、絶対にそう」

「……それじゃあ、ダメなのです」

「なんで?」

「それは、そのぅ……」


 村長はまごまごするばかりで、一向に訳を話さない。ほかの村人たちも同じで、京が視線を向けると気まずそうに顔を逸らした。


(な、なんだこの空気。もしかしてこの人たち、何かやばいことをしたのか? だからこんな気まずい空気を……?)


 京は頭の中でありとあらゆるやばいことを思い浮かべた。殺人、薬、生け贄、邪神召喚、誘拐、人身売買その他。思いつく限り想像してから、デッキブラシを体全体で抱きしめる。


「ま、ままま、まさか……この村はふつうの村のフリをしているだけで、じつは国家叛逆を企てた人達の流れ着いた場所で、みんな王都から追放された集団だったんですか!」

「なっ、違いますぞ! 失礼な!」

「じゃ、じゃあ、ふつうの村のフリをしているだけのやべー宗教団体? 不幸は全てあなたに流れる不浄の血液が原因で、血肉は食べ物からできて、つまり血を清らかな作りにするにはこの草を食べればいいとか言って、明らかそこら辺の葉っぱを高額で売りつけたりする人達!?」

「なんですかその妙ちくりんな具体例は!」


 宗教団体のはなしは京が実際に出会ったことのある、つまりは実話である。その宗教団体には入ったばかりなのか、そこら辺の葉っぱに疑問を持つものが数人いた。その数人が、いまの村人と同じような目をしていたのだ。人を騙している自覚があったのだろう。あれは、罪悪感を抱える目である。


「我々はその様な悪辣なこと、一切したことがありません!」

「嘘だ! あなた達が私に罪悪感を覚えているのはお見通しです。嘘をついている。後ろめたいことがあるんでしょう!?」


 この村が提示したクエストの難易度は星一つ。簡単に終わらせられるのだから、受ける冒険者は当然いるだろう。それなのに京を離さない理由は、この依頼を受けてくれる冒険者がいないからではないか。依頼を受けてくれないのは、この村が良からぬことをしたからではないか。京はそう考えた。


「悪いことしたから、私みたいななにも知らない冒険者以外、誰も寄りつかないんでしょう!? でも私は屈さないぞ。なんとしてでも帰宅して、シープエレファントの腹の毛に埋もれるんだ!」


 拷問なんて受けないんだからと、変な方向に暴走しはじめた彼女に、村人たちは狼狽えた。なにかとんでもない誤解をされている。このままでは引き止めるどころでなく、村に汚名を着せられてしまう。村長は焦ったように否定した。


「あの、なにか誤解されております! 確かに後ろめたいことがあるのは事実ですが、ほんとうに叛逆罪レベルの悪事は働いておりません。信じてくだされ!」

「ほんと? 悪いことしたから冒険者が寄り付かないんじゃないの?」

「本当です」


 では何故、ほかの冒険者を募らないのか。京がじっとりとした目つきで訴えると、村長は観念したように喋りだした。

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