1-26 最初のクエストは草むしり

「うーん」


 ギルド・スパイスのクエストボードの前。そこで、京は張り出された紙とにらめっこをしていた。


「『城でシープエレファントやレッドドッグを吸うのもいいけど、ギルドでクエストを受けるのもきっと楽しいぞ!』って言われて来てみたけど、要は『引き篭もってないで、たまにはお外に出ておいで』ってことだよね」


 日に日に、ホロが親のような世話の焼き方をすることに、むず痒いやら恥ずかしいやらで居心地の悪かった京は、ホロの言うとおりにクエストを見にきた次第である。


 ギルドのクエストとは、民間人から寄せられる様々な依頼のこと。魔物の被害から日常の雑事まで、多岐にわたる。それらには難易度が設けられており、星一つから星七つまでが設定されている。依頼の難易度が高いものほど報酬が良く、逆に難易度が低ければそれ相応の報酬となる。また、報酬がよい依頼は人気が高く、競争率が激しい。


「私の冒険者の階級はF。本来なら星二つまでの依頼しかこなせないけど……」


 京は、自身のライセンスカードを見る。彼女の持つライセンスカードには、ソルジオラ家のお抱え冒険者の証である"星の印"がされていた。この印があると、たとえF級冒険者でも、星七つのクエストを受けることができるのだ。しかし──


(星七つのクエストはダンジョン五〇階層の探索に、湖の底に潜む魔物の討伐、棄てられた時計塔のてっぺんにある、ドラゴンの卵の調達……どれもぜったい怖いやつだ!)


 そう、難易度最高なだけあり、どれも難しくて一筋縄では行かない依頼が多いのである。


(星の森ではきっと、私のスキルが発動してたから強い魔物に出会わなかったんだ。でも、いつスキルの欠陥が牙を向くかわからないし、わざわざ難易度の高いクエストを受けて死ににいくのは避けたい)


 京のスキルである『慈悲』は、悪いことが起きたぶんだけ、幸福が訪れるスキルである。この"幸福"がいったい、何を指すのかは不明だが、自分がこうして王族のお抱え冒険者になれたのは、このスキルのおかげだと考えていた。しかし、どんなものにも完璧などない。もしも、悪いことが起きなかったら? なにか危機的状況に陥って、それが悪いことだと判定されなかったら? きっと即死してしまう。


「ここは、一緒にクエストをしてくれる人を探して、補助という名の介護を……いや、私慣れない誰かと一緒にいると緊張して転んだり、障害物に当たったりするんだよなぁ。そもそも、知らない人に声かけれる自信ないし……」


 京には心当たりが無いが、最近避けられているような、そんな気がしていた。それは当たりで、ギルドのテーブルを木っ端微塵にした時から、彼女はギルドに通う冒険者に遠巻きにされていた。今だって、後ろを振り返ると全員から視線を逸らされてしまっている。


(あっ、なんかすっごい身に覚えある……)


 思い出すのは星の森に来たばかりの頃。視線は感じるのに、顔を向けるとそれだけで逃げていってしまう魔物。あの時の虚しさが、また襲い掛かってくる。


「フッ……なにも、高難易度のクエストだけがすべてじゃないよね」


 どうせお金にも住処にも当分困らない。京は伸ばしていた手を、星七つが付いたクエストから、星一つのクエストにスライドさせた。


「なになに。ソルジオラ国・北のノク村。魔草むしり要員募集。とにかく草を根から根絶させられる人希望! ……魔草?」


 魔草がいったいどんな草なのかはわからないが、この村はとにかく草をむしって欲しいらしい。


(草むしりなら誰でもできそう。よし、このクエストを受けよう!)


 報酬欄には、銅貨十枚に、むしった魔草はプレゼントと書いてある。草は売ったらいくらで売れるだろうか。そんなことを考えながら、京はノク村へ足を向けた。


 ※※※


「ウワーーーッ!!」

「おい、エリックが持ってかれたぞ!」

「ヌワーーーッ!!」

「ああ、あっちを見て! マックとケインも釣り上がってるわ!」

「……」

「アッ!! クエストを受けてくれた冒険者さん!? お願いそうだと言って!!」

「いえ……人違いです」


 京は思わず知らん振りをした。

 きれいな出オチである。


「いやぁ、ひどい目にあった」

「あの、大丈夫っすか。足首にビチビチしたものが巻き付いてますけど」

「ああ、魔草は切ったあと、十秒くらいビチビチ動くんだ。キモいよな」


 エリックと呼ばれていた青年は、ビチビチとのたうつ魔草を無理やり剥がし、地面に叩きつけた。叩きつけられてなお、謎の液体を撒き散らしながらビチビチする魔草。そう、魔草である。


(魔草って、動くんだ……)


 京は最後にひときわ大きく跳ねた魔草に「ヒィッ」と情けない声をあげた。クエストを見たときは、魔草をただの草同然に考えていたが、そんなかわいいものじゃなかった。実際は全長二メートル、太さ三〇センチぐらいはある草だった。


(いや、ここまで来ると草じゃなくて木かな。それかトカゲの尻尾)


 動くだなんて知らなかったし、あんなにお大きいのも知らなかった。村の入り口では、なんだか人を襲っていたような気がする。これのいったい、どこが星一つのクエストなのか。京はクエスト募集の紙を懐から取り出し、再度読み返した。


「冒険者さん、さっそく魔草を毟りましょう! 大丈夫、三日くらいあればたぶん、ぜんぶ毟れます!」

「いや、無理だが?」

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