1-25 加入早々ひと波乱

 仲のいい様子のぴよぴよを眺めて癒やされていた受付のおねえさんだが、遠くから近づいてくる男を見つけ、思わず真顔になる。二人はまだ男に気づいていない。


「おい」


 声がかかったことで、ようやく京とホロは男の存在に気がついた。顔を向けると、そこには人相の悪い男世紀末のような男が立っており、明らかに京に向かって話しかけている。


「(厳つい……)あの。何ごとでしょうか」

「おまえが金貨三〇枚の魔石を取ってきたってのは本当か?」


 京がこくこくと頷く。すると、男と恐らく男の仲間だろう集団がゲラゲラと笑いだした。


「うっそだろ? が魔石なんて取れるわけねーじゃん!!」

「嘘吐くならもっとマシな嘘つけよなー」


 ホロと受付のおねえさんは、男の「魔力無し」の部分を強調したような話し方に眉をひそめる。二人だけではない。周りの冒険者も、男たちに嫌そうな顔をしていた。


「お嬢ちゃんよ、金貨三〇枚の魔石ってーのはな、ダンジョンのボス倒したってなかなか出ねーんだ。それなのに? 魔力無しの能無し役立たずが? 魔石持ってるって?」

「おかしーよなぁ。お嬢ちゃんみたいな今日冒険者になりたてのやつが、なんで魔石持ってるんだろうなぁ」

「ボスどころか、魔物だって倒せないようななりしてるのにさぁ」


 それは、わざとらしい大声だった。男たちはニヤニヤして辺りを見渡す。彼らの周りでは、冒険者たちの「たしかに」と疑念を抱く声がポツリポツリと聞こえ、それが波紋のように広がっていった。そして、最初に話しかけてきた男が、醜悪な笑顔で京に語る。


「お嬢ちゃん、魔石を盗んだだろ」

「はぁ……」


 男は京の肩に腕をまわし、力を徐々にかけていった。京くらいの体型の人間ならば、痛みに呻いているはずの力加減だ。


「実はさぁ、俺たちが取ってきた魔石がついこの前、だれかに盗まれたんだよ」

「ほぉ……それで?」

「その魔石、じつは特別なオークを倒して手に入れたんだ」

「なるほど……」

「ほら、いないはずのオークが出現してたのが、最近パッタリいなくなっただろ? それはな、俺達がオークキングを倒したからなんだ!」


 男たちの話をきき、一気にざわめきが起こる。その話が本当なら、魔石を盗んだのは京ということになる。なぜなら、魔力がなく、冒険者になりたてのひよっこが、オークキングに勝てるわけが無いから。


 ホロは、一連の流れに頬を膨らまし、怒りを顕にした。オークキングを倒したのは紛れもなく京だし、オークがいなくなったのも、恐らくダンジョンから出てきていたぶんを京が子ドラゴンの餌にするため、倒していたからである。男たちの話は明らかにでっち上げの嘘だった。ホロは抗議しようとしたが、王族である自分が出ていけば、逆に京の立場を悪くしてしまうかもしれない。それだけはぜったいに嫌だった。


 恩人の窮地に何もできなくて、歯がゆい気持ちをしていたホロは、ふと京がまったく堪えた様子でないことに気がつく。いつもぴるぴる震えていた京が、男たちになんの感情もないような顔を向けていたのだ。

 ホロは思った。京はきっと、この男たちに怯えないよう必死に気丈に振る舞っているのだと。だがしかし、そんな彼の予想は大ハズレである。


(この人、いったいなんの話してんだろ)


 じつは、京は彼らの話をまったく理解などしていなかった。そもそものはなし、周りと京の認識に齟齬があり、内容をうまく理解できないでいるのだ。


 京は、自分が倒したのは『なんか喋るブタの妖精』であり、オークキングだとは思っていない。自分の魔石は『オークキングの魔石』ではなく『なんか喋るブタの妖精の魔石』なので、男たちのいう魔石なんて知らないのだ。だというのに、男たちは、京がオークキングの魔石を盗んだなどと言う。


(私の魔石はオークキングの魔石じゃない。根本から違うものなのに──)


 ここで、京の頭に閃光が走った。


(こいつら、さては横取りする気だな??)


 言いがかりをつけて、初心者のぴよぴよから大金を巻き上げるつもりだ。絶対にそうだ。弱者を食い物にするとはなんと卑劣な。──絶対に許さん。


 京は脳内に、子ドラゴンを食い散らかすオークが過ぎった。小ちゃく尊き生き物を我が物顔で食いちぎるブタ。うん。いま肩に腕をかけてる男に似ている。とくに顔と我が物顔で弱者から奪おうとするところが。


「ちょっと邪魔」

「は……はぁ???」


 男が相当力を込めていたにもかかわらず、京はあっさりと男の腕を引き剥がした。唖然とする男を置いて、スタスタと歩いていく。立ち止まった先は男の仲間の座っているテーブル前だった。


「受付のおねえさん、このテーブルって、お値段はいくらぐらいですか」

「へ? えぇと、たしか銀貨十五枚くらいだったかしら」

「あ、なら良かった」


 京は値段を聞くやいなや、デッキブラシを勢いよくテーブルに叩きつけた。


 ──ガンッ!!


 鳴り響く轟音。弾け飛ぶ木片。

 木片に当たって倒れる男の仲間。

 真っ二つどころか木っ端微塵のテーブル。


「な、なにが……ヒッ」


 男の仲間たちは一瞬呆けたあと、テーブルの惨状を見て息を呑んだ。


「これで、わかってくれましたか?」


 京はこの状況は「自分に魔力が無く、また力もない=魔物を倒す手段がない」と思われていることが招いた結果だと判断した。ならば、魔物を倒すための手段があることを、周りに掲示してやればいい。


「私にも(魔物を)殺せる手段があるんですよ」


 男たちは震えながら京を見上げて、首を縦に何度も振った。それを見て満足した京は、受付のおねえさんにテーブルの代金を差し引いた魔石の代金を受け取り、ホクホクしながらホロと一緒にギルドをあとにした。


「あ、あのお嬢ちゃんには金輪際近づかないようにしようぜ」

「おう」

「……てか、他国に移住しよ」


 後に、このはなしは尾ひれ背びれ胸びれまでくっついて脚色を帯びていき、果ては「大男五人を同時に素手で血祭りに上げた」という噂にまで進化する。彼女はギルド内で伝説となり、ぼっち確定ルートに自ら進んだ。

 そんなこと露知らず、京は遅れてやってきた恐怖で「絡まれた! 絡まれた! ほんとはすっごく怖かった!!」とガチ泣きし、ホロに五歳児にするみたいな慰め方をされていた。

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