1-24 ギルドに加入
ソルジオラの地形は独特で、城から段々と下にさがっていくような形をしている。ところどころに木が絡みついた建築物があり、ソルジオラ独特の雰囲気を醸し出す。
城から城下町におりてちょうど中腹辺り。そこには、一際大きな、木をそのまま家にしたかのような建物があった。
ここは"ギルド・スパイス"。
ソルジオラを代表する大型ギルドである。
「ねぇ、ほんとに行かなきゃだめ?」
「行かないと色々と不便だぞ?」
「うぅ……」
ギルドの真ん前まできて、京はギルドに入るのを躊躇っていた。立ち止まってからかれこれ十五分は経過しているため、かなり視線を集めていた。ホロはこの国の王族なので当然だが、京もコロシアムでたくさんの人に認知されている。王族と有名人が城下町にいるのが物珍しく、ギルドに関係ない者たちまで野次馬をしにきていた。
「アッ、なんかいっぱい見られてるッ!! ゴミが道塞いですいませんっした!!」
「キョウ、みんなは邪魔だから見てるわけじゃない。だから頭下げなくてもだいじょ……なんか速すぎて止まって見えるぞ!?」
邪魔じゃないならなんだってんだ。京は視線に怯えながら、心のなかで悪態をつく。
(ギルドはムキムキのむさくて怖い、強面の男がひしめき合ってるんだ。入ったが最後、いかった肩と肩にムギュムギュに押しつぶされて、外に押し出されるに違いない)
京はギルドの存在を知ったとき、入ってみよっかな〜と浮かれていた時期が確かにあった。しかし、いざギルドの前にくると、急に怖気づいてしまったのだ。だからどんどんマイナスなイメージを蓄積させ、自分勝手にギルドに入る気を削いでいる。
「大体、ギルドに入ったらなにかいいことあるんですか。行かないと不便って? 私はお城の専属飼育係だし、ギルドに入って稼ぐ必要ないじゃんすか」
「キョウは覚えてるか? 星の森のダンジョンで手に入れた魔石のこと」
「アッ……と、もちろん覚えてますよ」
嘘である。
「でな、あれって、換金するとかなりの額になるんだ。確実に金貨一枚以上は手に入る」
「すみません。通貨の価値をまだ理解してないのでイマイチよく分かりません」
「金貨一枚で銀貨五〇枚の価値。銀貨一枚で銅貨五〇〇枚の価値だ。えーと……わかりやすく言えば、金貨三〇枚で土地が買えるぞ!」
京の頭の中にファンファーレが響いた。もっと詳しく聞けば、市場の果物はひとつ、銅貨三枚ぶん程度。精肉は一キログラム、銅貨三〇枚ぶん程度だという。金貨一枚あれば、当分のあいだ、贅沢な暮らしができる。
「魔石はギルドに預けてあるんだけど、換金するにはギルドに加入しないと駄目なんだ」
「カハッ」
頭に雷が落ちたような衝撃が京を襲った。
魔物から得た素材。特に、ダンジョン産のものは、冒険者ライセンスを持った者しか売れない事になっている。なぜなら、非冒険者が儲かるからと言って魔物を狩りにいき、命を落としたケースがあるからだ。
「この決まりがなかった頃、非冒険者がギルドに魔物の一部を持ってきてな。これを手に入れるために村人がたくさん死んだ。苦労して手に入れたのだから、色をつけろって言って、正規の倍の値段で買い取るよう要求してきたんだって」
それと似たようなトラブルが続き、以来、ギルドでは『冒険者ライセンスを持つ冒険者からのみ、素材の買い取りをする』という決まりができたのである。
京は過去の非冒険者に舌打ちをした。野郎、余計なことしやがって、と。
「だから、換金したいなら冒険者にならないと無理なんだ。ダンジョンにも、本当は冒険者しか入れないんだぜ。ダンジョンではいい装備品がドロップしたりするし、調査報告書を提出すれば銅貨三枚が貰える。世界の情勢やイベント、魔物とかの情報も手に入るし、加入したらメリットしかないぞ」
「うぬん"」
ホロの言うことはもっともだった。
ギルドで頑張らなくても、生活に支障が無いほど、安定した暮らしをすでに得ている。が、お金はいくらあっても困らないし、なにより情報が手に入るのが魅力的だった。
勇者や魔王とのエンカウントを回避する為には、事前に勇者たちの居場所を把握しておく必要がある。勇者は一応ギルドに加入しているみたいだし、ギルドにいれば何かしらの情報は入ってくるだろう。魔王も同様だ。ところ構わず勇者とドンパチしているらしいから、勇者とセットで情報が釣れそうである。
「……よし。腹括りました。行きましょう」
京はキメ顔で言った。しかし、ホロの背に隠れ縮こまったままなので、全然キマってない。
「そっか、よかった! じゃあ行こうな」
「こわいなぁ。こわいなぁ」
──ギィ。
扉が開く音が、室内の喧騒に溶けていく。中は外に負けず劣らずの盛況ぶりで、鎧を着た者、杖を持った魔法使いの格好をした者、ホロのように角を持った者など、実に様々な人種が揃っていた。
ホロが人混みのなかを進むと、当たり前だが注目を浴びた。あちこちから「ホロ様だ」「王子がなんで?」などという声が聞こえてくる。京は視線の集中砲火に耐えきれず、ローブのフードをかぶって顔を隠した。
彼はギルドのカウンターまで来ると、受付に軽くあいさつをかわす。
「事前に言った通り、ギルドの加入申請に来たぜ! あと魔石の換金の件も!」
「かしこまりました。少々お待ちください」
(受付のおねえさんだ……!)
京が生の受付のおねえさんに感動しているあいだ、おねえさんは後ろの棚から素早く紙を一枚取り出し、カウンターに置いた。
「こちら、加入申請書になります」
「あ、どうも」
加入申請書には氏名や年齢、種族を書く欄がある。空欄を上から順に埋めていき、ある一定の場所で固まった。
(ステータス、数値……)
そう、ステータスの数値の欄があったのだ。京は自分のステータスは底辺だと思っている。数値が低いことを、あまり周りにばれたくなかった。もし、自分が物凄く弱いことがばれてしまえば、失望されるかもしれない。彼女は自分に自信がない反面、ちょっと見栄っ張りな所があるため、せめてこの世界の『平均』でありたいと考えている。だから、数値をホロも見ている前で書きたくなかった。
「あ、あの」
「? なんだ、どうし……あ」
京に声をかけられたホロは、手が止まった記入欄を見て察した。
「どうかなさいましたか?」
「あー、えっと……」
「私、じつは魔力が無くて、自力で自分のステータス見れないんですよね」
京は咄嗟に、ステータスが見れないから知らない体をとった。あはは、と軽く笑うと、ギルド内にどよめきが起こる。
「こ、れは……失礼致しました」
「ちょ、そんな深々と頭を下げなくても」
受付のおねえさんは痛ましいものを見るような目で京を見たあと、深く頭を下げた。ギルドに来たときから京が頑なに顔を隠し、おどおどした態度をとっていたのは、魔力が無いことで迫害を受けてきたからだと思ったのだ。まさか、顔を見られたくないという、ただの陰キャムーブが、こんな誤解のされ方をしているとは思わず、京は頭を下げつづけるおねえさんにワタワタしていた。
「当ギルドにはステータスを確認できるスキル持ちがおります。確認されますか?」
「え"」
それはまずい。
京は冷や汗をかく。自分のステータスは神さまにいじられてバグっていた筈だ。そんなトンチキステータス、人様に見せられるわけがない。
「い、え……現実を見たくないので、未記入でいいですか」
なぜこんな気苦労をせねばならないのか。京はいきなり疲れてしまい、疲労感たっぷりに言った。それをまたいい具合に受け取ったおねえさんは、同情のこもった眼差しで「未記入でいいですッ全然大丈夫ですよ!」と言って承認スタンプを沢山押した。
「こちら、承認されましたので、ギルドのライセンスカードをどうぞ。これが冒険者の証となりますので、無くさないようにしてください」
「これがあれば、どの国のギルドでも依頼が受けられるぞ! ただ、その場合、これはソルジオラのギルドのライセンスカードだから、手続きが必要になる」
「また、移住される場合、こちらのライセンスカードを破棄し、移住先の国のギルドにて、再加入手続きをする必要があります」
「ほーん」
再加入手続きのはなしは適当に聞き流す。王族に快適な住処と仕事場を提供してもらっているのだ。他国に移住する選択肢は京の中には無い。
「まあ、他国のギルド同士はあまり仲が良くないところもあるし、旅人でもなければ他国で依頼は受けないだろうなぁ」
「ほかのギルド同士って仲悪いんだ……」
「そもそも、国同士の仲が良くないこともあるからな。政治がギルドに反映されるなんてこと、しょっちゅうあるぜ」
「えぇ、なんかやだな。そういうの」
「ソルジオラはあくまで中立だから、あんま関係ないと思う。やっかみは多少あるけど……そんなことより!」
ホロは苦笑いして、話題を逸らす。あまり政治のはなしをしたくないようだったので、京も空気を読んで深追いしなかった。
「キョウに渡したいものがあるんだ」
「渡したいもの?」
魔石のお金以外に何かあったかしら。京は首を傾げる。思い当たるものが無い。
ホロがおねえさんに「アレ、持ってきてくれ」と頼むと、おねえさんは小箱を二つ持ってきて、京に手渡した。
「なんすかこれ。くれるなら貰いますけど」
「加工が終わって預けててな。気にいってくれると嬉しいぞ!」
ホロがあんまりにも開けてほしそうにするので、京は小箱をゆっくりと開ける。
「おぉ?」
小箱の中にはドラゴンの羽根の耳飾りと、子ドラゴンから貰った空の呼び笛がぶら下がった首飾りが入っていた。
「すごい、センスがいい……」
「これは就職とギルド加入に対する、オレからのお祝いな。名だたる職人に作らせた、世界に一つしかない装飾品だ!」
「いつの間にこんな素敵センスなものを?」
「キョウがコロシアム終わったあと、加工していいか聞いたらいいって言ってたろ?」
「あー、なんか言ったような気がする」
京は疲労が限界に達し、ほぼ燃え尽きていたため、その時の記憶が曖昧であった。
「さ、渡したいものも渡せたし、魔石の換金もしよう。査定は済んでるんだよな」
「はい、済ませております。既に持ち込まれていた魔石は大変状態が良く、色形、大きさ共に、今まで見てきたどの魔石より価値が高いとされました。金額がこちらになります」
差し出された書類を見て、京は目を剥いた。書類には、なんど見ても金貨三〇枚と書かれている。
(きき、金貨三〇枚といえば、ホロくん曰く土地が買えるんだっけ……いや、いやいや。マジ? 魔石一個で土地が買えちゃうの?)
「ね、ね、これ本当に私がぜんぶ貰っちゃっていいんですか? 金貨三〇枚ですよ!?」
「ああ、いいぜ! そもそも、魔物を倒したのはキョウだし、オマエが貰うのが正解だろ」
京は再びホロの背後に光を見た。彼は仏の化身に違いない。これからはホロを宗派にしよう。そうしよう。
「おお神よ。私、お城で頑張って働くね」
──ペラッ。
『呼んだ?』
「呼んでない」
落ちてきた紙を素早くキャッチし、目にも止まらぬ速さで服に隠す。
「いま、白いものが空中に──」
「あはは、あんまりにも大きかったからホコリ咄嗟に握っちゃいました〜!」
「ホコリにしては大きすぎなかったか?」
「そんなこと無いです。ホコリにしては妥当な大きさ(?)のホコリでした」
「え〜?」
京が服に隠したものがホコリかどうか、ホロは彼女の周りをぐるぐるとまわりながら確認しようとする。京は京で、見られないようホロから紙を一生懸命隠していた。まるで仔猫のじゃれ合いに、受付のおねえさんはニッコリしていた。
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