1-23 ペットの飼育係の称号を獲得しました

「あっはははははは!」


 笑い声が響くはソルジオラの城の四階、中央テラス。日当たりの良い広場。京はそこでレッドドッグと戯れていた。


「ほーら弱火、こっちおいで〜」


 弱火とはレッドドッグの名前である。京には相変わらず、ネーミングセンスというものが無い。京は走っていた足を止め、デッキブラシを横向きに掲げる。すると、レッドドッグはデッキブラシ目掛けて飛びかかった。


「ガルルルルルルルルガフッガルルッガルルルルッガルルルルルル!!!!」


 デッキブラシの柄に砕かんばかりに噛みつき、狂ったように頭を振っている。それを受けて京は笑い転げていた。傍から見たら襲われているようにしか見えない。が、これはれっきとした京の仕事であった。


 時は遡り、コロシアム後のこと。


「はぁ、ペットの飼育係、ですか?」


 ホロは笑顔でウンウン頷いた。


「城ではペットを飼ってるんだけど、雇った飼育係がなぜかすぐにやめてくんだ」


 雇っても雇っても、短期間で辞表を出されるらしい。どんなに給料をよくしても、全く続かないのだという。


「キョウ、琥珀龍のヒナをお世話してたんだろ? だからピッタリだと思ったんだ!」

「なるほど。ペットかぁ……」


 もわわん、と頭上に飼育係像を浮かべる。浮かんだのはなぜか水族館の飼育係だった。トングでビチビチ動く魚をはさみ、ペンギンに与えている。


「飼育係って、仕事内容は餌をあげたり、住処のお掃除をすればいいんですかね」

「そうだな! あとは、運動不足解消にすこし遊んでやったりして貰えるとうれしいな」

「ふんふん、それなら私にもできそう!」


 ホロはやる気に満ちた京に先ほどと同じようにうなずき、ペットの待つ場所へと案内した。ペットと言われて一般的に思い浮かぶのが犬、猫、鳥にうさぎ。かわいい小動物である。いったい、どんなかわいいペットが待っているのか。京はソワソワと落ち着かない様子でホロの後を追った。


「着いたぞ。ここがペットがいる部屋だぜ!」


 ギィと大きな扉が開かれる。

 京はキラキラしい顔で扉の先を見た。


「クククククゥ〜ン」


 パタン。


「……」

「あれ、どうしたんだ?」

「いや、どうしたも何もないんだが?」


 さっき使用人たちに「お部屋に運んでおきます」といって連れて行かれたレッドドッグがいた気がした。レッドドッグそれどころではない。なにか、大きな檻の群れがいくつか見えたような気がする。


「ホロくん、ホロくん? なんか、檻でっかくないかな。檻のサイズ間違えてない?」

「間違えてないぜ!」

「あるぇー?!?!?!」


 檻は京の身長より明らかにおおきかった。あんな大きさの檻では、小動物は逃げてしまう。なのに、ホロは檻のサイズが間違ってないという。京はなにを言われているのか、理解ができなかった。いや、理解したくなかった。


 違う。あれは遠近法。それか目の錯覚。きっとそう。そう信じて、もういちど扉をあける。


「オワァ……」


 京は力なくその場にへたり込んだ。遠近法でも目の錯覚でもない。そこには自身より大きな檻が鎮座していた。ついでにレッドドッグも幻覚じゃなかった。


「ヒィン、檻がでっかいよぅ。ぜったいぜったい大きい生き物が入ってるよぅ」

「出入り口で座ってないで、早くみんなに会いに行こう!」


 ホロにズルズルと引きずられ、檻の前まで連れてこられた。その檻は、見上げるほどの高さである。


「これがシープエレファントの檻!」

「シープエレファント」


 そういえば、森でシープエレファントがどうのと言っていた気がする。京は檻の中をよくよく見てみた。なにやら白くてもこもこの、触ったら気持ちよさそうな塊が入っている。ホロがおおい、と声を上げると、その塊はゆっくりと回転した。


「わぁ……」


 回転したことで見えた、シープエレファントの瞳。まるでルビーの様な輝きを放っている。


 ガァンッ!!


「わぁーーーッ!!」


 きれい……などと在り来りな感想が出る前に、シープエレファントが檻に突進してきた。京はビックリしすぎて床に尻餅をつく。


「な、なんッ!?」

「あっはっは! コイツ、ちょっと気性が荒いんだ」


 気性が荒いどころじゃない、と京は心のなかで叫んだ。あの目、確実に殺意がこもっていた。檻がなければ、京はあの巨体にふっ飛ばされていただろう。


「怖かった。怖かった。異世界でトラ転ならぬゾウ転するとこだった。なにがペットだ立派な魔物じゃんすか〜〜〜〜!!!」

「ほら、次の檻にも行こうぜ」

「あ"〜〜〜〜〜〜〜〜〜」


 心臓を摩耗させる京などお構いなしに、ホロは彼女を連れ回した。檻の前に連れて来られるたび、京は「あひょ」だの「ひえぇ」など情けない声を出す。


 ホロは、京が怯えているのはもちろん分かっていたが、彼は「彼女は人間にも怯えている。まずはウチのペットと仲良くさせて、つぎに人間とも仲良くさせよう!」などとお節介なことを考えていた。なので、京がペットとたくさん触れ合いさせられるのも、今後人間と触れ合いをさせられるのも確定された未来である。しかし、京はエスパーじゃないから、ホロの考えがちっともわからない。この世界の王族は、いきなり猛獣の前に一般人を突き出す鬼畜なんだと泣いた。


「この檻の中にいるやつがな、飼ってるペットの中でいちばん強いんだ」

「イヤッ、イヤッ」

「京なら大丈夫。ぜったい仲良くなれる!」

「根拠ないもん! 根拠ないもん!」


 いちばん強いペットがいるという檻には、白い毛皮の虎のような生き物が入っていた。見た目は目の色がスカイブルーな、でかいホワイトタイガーである。彼、あるいは彼女は、京を見て唾液を滴らせていた。


(こんなの、すぐに辞めるわけだ。だって飼育するペットに餌として見られてるもん!)


 きっと餌をやるとき、飼育係ごとパクッとやる機会を伺ってるに違いない。京の思うことは正解で、じつは数人、身体の一部を齧られた飼育係が存在する。


「う〜ん、そんなに嫌?」

「嫌どす」

「そこをなんとか! ここにいる奴らはみんな、コイツをボスとして見てるんだ。だから、コイツに認められれば、ほかのヤツらもみんな言うこと聞いてくれるはずだ!」


 ホロは頑張ろう、と必死に励ましてくる。京はだんだんと自分のなかに、罪悪感が溜まっていくような感じがした。


 これは、ホロから与えられた立派な仕事である。衣食住を提供され、それとは別に報酬が支払われるという。そも、職が欲しいと言ったのは京自身。善意で何もしなくても城に置いてくれると言われたのに、京はそれを蹴ったのだ。それなのに、魔物が怖いからと仕事を選り好みをするのは、恥知らずが過ぎないだろうか。


(そう、だよね。駄々こねなんて、いい歳して恥ずかしいよね。私はいわば、王族に寄生する生ゴミ。善人にぶら下がるヒモ。穀潰し。そもそも、文句を言える立場じゃない)


 京は決心した。必ずやこの魔物に認められ、ちゃんとした飼育係になろうと。


(ま、まずは歩み寄りからだ……)


 京は立ち上がり、デッキブラシを胸の前でにぎって、檻ににじり寄った。


(つぎは何も危害を加えない事をアピール)


 持っていたデッキブラシを天に掲げ、何も危害を加えないアピールをする。


(あと、動物って目を反らしちゃいけないんだったか?)


 うろ覚えの知識に基づき、京は魔物の目をじぃっと見つめる。


「ぎぅ」

「おお?」


 魔物が怖気づいたのを感じ、ホロは思わず声をあげた。京は構わず、魔物を注視しつづける。


 魔物は、京がデッキブラシを掲げた時点では、レッサーパンダの威嚇程度にしか思っていなかった。しかし、顔をじぃっと見つめてくる人間に、命の危機を感じとった。

 それは、まだ生まれて間もない、足元の覚束ない頃。周りの大きな魔物に食われないよう、怯えながら草むらに隠れていた時のような感覚。人間に捕まる前の、野生の厳しさ。


 天敵のいない人間の領域に長らくいたからか、忘れてしまっていた。自身の命を脅かされる恐怖を。


 魔物は思った。

 この人間はいままでの人間とは違う。

 ──逆らえば、確実に殺される!!


 魔物は、全神経をフル稼働して慎重に動た。いちど横に寝転がり、腹を上にして、爪を仕舞う。精いっぱいの服従ポーズだ。


「これって服従のポーズじゃないか? ボスって認められたんだな! やるなキョウ!」

「な、なんかしらんけど懐かれたってこと!? よっしゃやった!!」


 こうして京は魔物を無意識に恐怖で支配し、飼育係の仕事を受けたのだった。

 現在は国民登録を済ませ、城での生活に馴れるための期間を設けてもらっている。飼育係を始めてから日数にして、一週間である。


「あ〜、最高だぁ」


 京は戯れていたレッドドッグをどけ、一緒に外に出していたシープエレファントの上にダイブした。シープエレファントは日向ぼっこを定期的にする習性があり、その真っ最中。綿雲のような体毛から香る、干し草のような匂いがこうばしい。


「おーい、キョーーー!!」


 京が日光とシープエレファントの温もりでウトウトしていると、ホロが呼ぶ声がした。


「ホロ様、こんにちは」

「他人行儀だから公式の場じゃない限りは様付けしないでくれよ〜」

「えぇ……」


 語尾に様をつけないと、彼を慕う騎士やら使用人やらに目をつけられそうで怖かった。なので、さっさと話題を変えるべく、訪ねてきた理由を聞き出すことにした。


「えーと、ここにきた理由とは? シープエレファントの日向ぼっこ見に来たんですか?」


 ホロにも、シープエレファントの体毛は、埋もれると気持ちがいいと話したことがある。だから、京は彼も埋もれにきたのかと思っていた。しかし、ホロは首を振る。


「日向ぼっこは魅力的だけど、違うな」

「なんだ、埋もれにきたんじゃないんだ」

「おう! ギルド加入申請しにいこうと思って、呼びに来たんだ。いまから行くぞ!」

「えっ」

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