1-22 中央と西は仲が悪い

 中央の国、アリアクレス。

 どの国からも平等な距離に位置する、大陸の中心に座する大国家。多くの国民を抱え、商売の流通も盛んである。そんなアリアクレスには、どの国も喉から手が出るほどに欲する、勇者という存在がいた。


「国王、プルトーニャからまた、勇者に関する書簡が送られて来ております」

「またか……」


 アリアクレスの王はため息をついた。


 西の国、プルトーニャは魔術師が大半を占める、学問の聖地である。アリアクレスの王は、頭のキレる者が多くいるプルトーニャが好きではなかった。送られてきたという書簡を適当に眺め、地面に放る。


「フンッ、小難しい言葉をつらつらと並べてはいるが、結局また"勇者を返せ"と言っているだけではないか。負け犬はよく吠えるな」


 勇者は、もとは西の国が作成した、召喚魔法により召喚された異邦人であった。魔王の動きが活発化してきた今、勇者を抱えた国はどの国よりも優れた国とされる。


「魔王は勇者にしか倒せない。ゆえに、西も相当焦っているようだな」


 どんなに強い冒険者がいようと、魔王やその配下は勇者でなければ倒せない。それが世界の決まりだ。そのため、勇者が国にいれば、魔王被害にあっている他国に恩を売れるのである。


「いけ好かん澄まし顔をしていたプルトーニャの王が悔しがる顔が浮かんでくるようだ。勇者を取り込むために娘との婚約を結び、北のルーナクリムトから聖女を派遣させ、勇者のパーティーに組み込む。まこと面倒であったが、ここまでしたかいがあったというものよ」


 アリアクレスの王は玉座でふんぞり返り、思いきり高笑いした。自身の国が更なる権威を手にし、やがて大陸だけではなく、世界中で富と名声を築く妄想をしながら。


 一方、プルトーニャでは、勇者を奪還できる策が見つからず、国王が頭を抱えていた。


「クソッ、中央め。勇者を色欲で釣るなど、なんと浅ましく下品な……ッ!!」


 勇者が中央の国から帰ってこなくなり、王女と婚約したから中央の国に移住すると宣言してから、それなりに経った。なんどプルトーニャに帰ってこいと言っても、勇者は聞く耳を持たなかった。もともとパーティーを組ませていたプルトーニャの魔術師は解雇され、いまでは北の国の聖女がパーティーに加わっているという。


「学長殿」

「城では学長ではなく国王と呼べと何度も言っているだろう。何の用だ」

「はっ。勇者が中央の国王に綾され、魔王関連の討伐依頼をしなくなったどころか、金貨を積まなければ依頼を受け付けなくなったという知らせがきております」


 学長もとい、プルトーニャの国王は、資料まみれの机のうえに額を打ち付けた。


「プルトーニャから勇者を奪い、色欲で惑わせて討伐をサボり、あまつさえ金貨がなければ人々を救わない……だと? おのれ、どこまで堕ちれば気が済むのだ!」


 勇者にコンタクトを取ることには成功していた。しかし、勇者は中央の国が居心地がいいようで、帰ってくる気配はない。勇者自身が西に帰りたくないと望んでいるため、いくら中央の国に返せといったところで、彼が帰ってくることはゼロに等しい。それどころか、西の国は頭でっかちの巣窟だのなんだのと悪口を言いふらし、西の国からの手紙を読まずに捨てているのだとか。


(いっその事、もう一人、召喚するか……)


 召喚魔法陣による勇者の選別は、異世界の十七歳から十八歳の若者がランダムに引っ張られる。この年頃の若者がいちばん能力が上がりやすいためだ。しかし、難点もあった。今回の勇者のように、ハズレを引いてしまうことである。過去にも、いわゆる男漁りや女漁りに夢中になり、魔王討伐をサボったり、勇者という地位についたがために、民に非道を強いた者もいた。

 若いというのは、精神が幼く弱い。欲に溺れやすいのだ。勇者が欲や恐怖に支配され、責務をまっとうできないと判断された時は、二人めの勇者を呼び寄せたという例がいくつもあるほど。


「魔法陣は、勇者の行きと帰りの魔力分が充填されていた。召喚に半分。帰すのにもう半分だ。……やはり、二人目の勇者を喚ぶしかないのか」

「!! ……しかし、それでは帰すことができません。魔力が魔法陣を満たすのには十年かかります。良いのですか?」

「なに、五年なんぞ、ほんのひと時だ。魔王を倒したものを先に帰し、倒せなかったものにもう五年待たせれば良い」


 プルトーニャの王は険しい顔で机上を睨む。手は力み過ぎて震えていた。


「はぁ……プルトーニャは、二人目の勇者召喚の儀をする事を決定した。準備を急げ!」

「はっ!」

「中央め……いまに見ていろ」


 勇者で富など築かせない。名声など奪ってやる。権威なぞ、握らせてなるものか。

 二人目はどうか、善良で勤勉な、欲に溺れぬ勇者を。プルトーニャの王は、儀式が始まるまでが精いっぱい祈った。

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