1-21 レッドドッグは結局逃げられなかった!
「挑戦者、ななななーんと!! 力技で冒険者のトライを屈服させてしまったぞぉ!!」
──わあああああああ!!!
今日いちばんの盛り上がりと熱気がその場を支配する。京は地面にもはやこすりつけていた額を上げ、すっかり暗くなった空を見ていた。
「終わった。勝った」
(──勝ったんだッ)
彼女は右手を握りしめ、涙を流した。勝った。勝ったのだ。己は安泰な生活を手に入れた。北京原人を完全に卒業できるのだ!
京は立ち上がる。見てるか神さま、もう森で生活する面白人間じゃなくなった。これからは職をもらい、
「キョーーーーー!!!」
「うわっ」
後ろからホロが駆け寄ってきて、そのまま抱きつかれる。ほぼぶら下がっている状況なのだが、相変わらず発泡スチロールみたいに軽くて、京はレッドドッグと同じように心配になった。
「二戦勝おめでとう!」
「ありがとうございます」
「ずっと思ってたけど、キョウは強いな!」
「いやいや、私自身は強くないっすよ。強いのはこのデッキブラシ」
なにせ、地面を割っても無傷なのだ。もしかしたらこのデッキブラシ、デッキブラシに見えてるだけで、中身はオリハルコンかヒヒイロカネなのではなかろうか。神が存在するのだから、幻の鉄が存在していても不思議ではないのかもしれない。京の脳内はサブカルチャーに毒されていた。有り体に言えばゲーム脳。
「そうなのか? キョウ自身も十分強いと思うんだけどなー、オレ」
「私なんかかよわい弱々な人間ちゃんです」
ホロはこれを謙遜ととってニコリと笑った。人間に怯えていたくらいだし、きっと少し気弱なところがあるのだ。これからは京に仲間ができるまで、オレがサポートしてやろう。そんな決意を胸に、彼女の手を握って天に向けた。
「今日のコロシアムはこれで終いだ! コイツはオレの恩人で、礼に城で雇うために、コロシアムで実力を見せてもらった。そして、見事勝利してみせた! 今日からキョウは、ソルジオラ城で働くぞ! 城下町にいたら仲良くしてやってくれな!」
「ひぇ、陽キャのお膳立てッ」
あんまり目立ちたくなかった京は片手で頭を隠す。いまさら遅いが、街なかで声をかけられたら絶対にどもるため、顔を覚えられたくなかった。
「よし、さっそく城に行くぞ!」
「え、ちょ、展開はや。国王さまとかに挨拶しに行ったりしないと駄目な感じ?」
「ううん、キョウのことはオレに任せるって。コロシアムが無事終わったらあとは好きにしろって言われた!」
「それでいいのか国王……」
ホロにも言えたことだが、危険な森に住み着いていた、出自もわからぬ人間を簡単に城に招き入れるのは如何なるものか。
この国で生活するとは、すなわち、ソルジオラが自分の出身国になるということ。同時に、ホロが自分の国の王子でありら時期国王になることを指す。こういった苦言は彼らの家来や位の高い従者がするべきであり、自分のような下っ端のバイトがしていいものではない。京はホロへの接し方を考えなければいけないなと一人頷いた。
「まずは国民登録して、ギルド加入申請もしような。さ、行くぞ!」
ホロは京の手をグイグイ引っ張っていく。その場の勢いに流されそうになった京だが、聞き捨てならない言葉を聞いた気がして、慌てて聞き返した。
「ちょちょちょ、ギルド加入申請ってなんですか? 私、冒険者になりたい訳じゃないんですけど」
「ギルドに加入して冒険者になれば色々と便利なんだ。詳しくは後日改めて説明するぜ! とりあえず今日は必要な手続きを踏んで、食事を摂って休もう。キョウの為に部屋を用意してあるんだ!」
食事と聞いて、京はそういえば彼と出会ってから食事を取ってないことに気がついた。腹もガッツリに減っている。自覚した途端、彼女の腹はぐうの音をあげた。京の試合中に食事を摂る時間はいくらでもあっただろうに、ホロの腹も尋常ではない音を奏でていた。
(もしかして、私が終わるまで待っててくれたのかな)
森での道中ではたしか、ホロは空腹を訴えていたはず。その時から空腹感はあっただろうに、京と食事を摂るために、いままで我慢してくれていた。京は人の温かみを感じ、照れたように鼻の下を人差し指で擦った。
(これがヌクモリティってやつなんだね)
「あ、そうだ。優勝賞品があるんだった」
「え、私は途中参加なうえに二勝しかしてないのに、優勝賞品がもらえるんですか?」
「試合が後になっていくにつれて、挑戦者たちの強さもあがってくるんだ。今日の試合はレッドドッグとあの冒険者の戦いが最後で、キョウはどっちにも勝ったから、優勝賞品はキョウのもの!」
京はなるほどと呟いて、優勝賞品に思いを馳せた。コロシアムの優勝賞品で思い浮かべるのはまず賞金。つぎに装備品である。冒険者を目指しているわけではない京にとって、装備品を使う機会は無いに等しい。しかし、売ればお金になりそうである。お金はいくらあっても困らない。すぐ受け取れるということなので、京はルンルン気分で優勝賞品を受け取ることにした。
「……」
「ククククゥ〜ン」
「今回のコロシアムの優勝賞品は〜、レッドドッグだな!!」
本当はレッドドッグを倒した際に手に入る魔石と、毛皮や骨が贈与される予定だったとホロは語る。
「キョウがレッドドッグを気絶させただけで試合が終わったし、コイツも目覚めてからずっと大人しいからさ、殺すのも可哀想だし、生きたまま譲ろうってはなしになったらしいぜ!」
京はレッドドッグを見下ろす。レッドドッグはつぶらな瞳をうるんうるんにしながら京を見つめていた。口の端が引きつるのを感じる。
「こんなのって……」
彼女はレッドドッグの前にしゃがみ込み、顎と頭に挟むように手を置いた。
「こんなのって、あんまりだぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
置かれた手は高速で前後する。ちょっと硬い毛を感じながら、レッドドッグを思う存分撫でくりまわした。手続きや食事の準備ができたと使用人が呼びにくるまで、京は泣き、ホロは「泣くほど嬉しんだな」とほっこり。レッドドッグはただただ、ふつうの犬になりきっていた。
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