1-18 ギルマスは誤解している
ギルドマスター・オレガノは、捜索していた第一王子がひょっこり帰ってきたと報告を受け、また王子が星の森で人間を拾い、城で雇おうとしていると聞き、コロシアムに足を運んでいた。
「ったく、暗殺者に殺されそうになったばっかだっつのに、得体の知れない奴を雇おうなんて甘すぎんだろ。面倒ごと増やさないでくれ〜」
「ギルマス、そんなこと言っちゃっていいんですかぁ? 誰かに聞かれちゃいますよ〜」
不敬罪で処刑されるかも、と懸念を口にするギルドのサブマスターは、のほほんとしていて、とても処刑を気にしているようには見えない。オレガノはため息をついた。
第一王子になにかあれば、様々な形で依頼が舞い込んでくる。第一王子関連の依頼は王命と同義。断れないうえ、失敗も許されない。そのため、いつも胃を痛めていた。
「星の森にいたっつー奴はあいつか。なんか細っこいな。ほんとに森にいたのか?」
「そうみたいですぅ。王子サマいわく、遠くの国から両親に捨てられて、以降星の森に住んでたとかなんとか」
「それ本当のはなしか?」
「さぁ? 王子サマが国王サマに話した内容ですし、真偽はわからないですねぇ。──ただ、オークキングを一人で仕留めたみたいですよぉ」
「……なに?」
第一王子がいなくなったと同時に報告された、オークキングの存在。オレガノは近々、S級冒険者をダンジョンに向かわせ、調査させようとしていた。
「予想じゃ一〇〇階層にいるって話だっただろ。しかも相手はただのオークじゃない。オーク"キング"だ。それをあのヒョロヒョロが? 冗談だろ」
「でもぉ、王子サマが直接見たってゆってたんですって〜。魔石とオークキングの装備品も持ち帰ってきたらしいですぅ」
「はぁ?」
もしそれが本当の話ならば、魔石と装備品はギルドに持ち込まれる。そうなれば、コロシアムの中心で、なにやら膝をついて叫んでいる人物が、オークキングを倒せるほどの実力者ということになる。
「あの子がねぇ」
オレガノはいまいち信じられなかった。顔色は真っ青だし、なんだか頼りなさげに見える。吹けば飛びそうな細さだった。しかも、小刻みに震えているように見える。武器も持っていない様子に、だんだん心配になってきた。
「なぁ、持ってるあれって何だと思う」
「デッキブラシですねぇ」
「だよなぁ」
デッキブラシでいったい、何ができるというのだろう。職業が剣士ならばまだマシだが、とても剣士には見えない。
「なぁ、あの子なんでデッキブラシ持ってるんだ?」
「知らねぇけど、武器もなにも持ってないのにコロシアムに来るなんて、馬鹿にしてんのかな」
「いや、職業が魔法使いで、デッキブラシを杖にしてるのかもしれないよ」
周りの観衆たちも、職業や武器に対して口々に言及している。一般人から見ても、とてもコロシアムで戦闘できるようには見えてないらしい。
「おい、あの子が闘う相手はなんだ」
「一回戦は今朝捕まえてきた魔物で、二回戦は最近人気の冒険者ですって〜」
「うっそだろおい……魔物は星の森の魔物じゃねぇだろうな。冒険者だって、たしかB級だったはずだ」
「まあ、彼女オークキング倒したみたいですし、それがマジなら大丈夫なんじゃないですかねぇ」
サブマスターがこともなげに言うと、観衆たちがまた騒ぎはじめた。コロシアムに目を移すと、ちょうど魔物が解き放たれたときだった。
「おいおいおい、まじかよ。あれは星の森のレッドドッグじゃねーか!」
レッドドッグとは、群れで獲物を追い詰め喰らう魔物である。頭がよく、一個体ずつが強いため、B級以下の冒険者は戦うことを推奨さていない。そんな魔物を、ギルドにも入っていない小娘と闘わせるなど、正気の沙汰ではない。
「なんでも、国王サマの指示らしいですよぅ。レッドドッグと闘わせよって」
「国王様はあのちんちくりんを殺す気なのか?」
レッドドッグは唾液を垂らし、気が立っているように見える。きっと空腹のままコロシアムにつれて来られたのだろう。通常ならば、魔物をコロシアムに出す前に餌を与え、挑戦者に過度に食いつかないよう配慮する。それさえされていないとなると、もうあの挑戦者を殺そうとしているようにしか見えなかった。
「国王様は何を考えていらっしゃるんだ……」
哀れな細っこい挑戦者は、レッドドッグを前に固まっていた。その様子は、まるで追い詰められたうさぎだった。
「魔物前にして固まってら。こりゃさっさとリタイアさせちまった方がいいんじゃねーのか? 下手したら死ぬぞこれ」
コロシアムには、リタイアできる制度がある。挑戦者がリタイアしますと宣言すれば、転移魔法によって即座に場外へ出れるのだ。オレガノは弱い者いじめを見ている気分になってしまい、もし危なくなれば、己が飛び入り参加する形で助けようとすら考えていた。
「うーん……ギルマス、挑戦者のほうじゃなくって、レッドドッグを見てください〜。なんか様子が変じゃないですかぁ?」
「あ?」
オレガノはサブマスターの言うとおり、挑戦者の方ではなく、レッドドッグの方を見た。そして驚愕する。レッドドッグが耳を畳み、尻尾を股に挟んで震えているのだ。
「まさか、怯えてるのか……?」
唾液は収まり、挑戦者のほうを向きながら動こうともしない。あれは完全に目の前の人間に怯えている仕草だった。
「あ、挑戦者サン、動きましたねぇ」
挑戦者はデッキブラシを抱えながら、じりじりとレッドドッグに近づいていく。レッドドッグはというと、挑戦者が近づいたぶんだけ後ろに遠のいていた。
(……なんじゃありゃ)
挑戦者が攻撃することも、レッドドッグが襲いかかる事もない。オレガノには、小動物が威嚇しあっている幻覚がみえた。
両者の攻防は、レッドドッグが壁際まで追い詰められるまで続く。逃げ場をなくしたレッドドッグは壁にからだを極限までくっつけ、また挑戦者はからだを極限まで反らせてデッキブラシを伸ばした。なんとも間抜けな光景である。伸ばされたデッキブラシはプルプルと震えており、観衆たちは息を呑む。時が止まった気さえした。
デッキブラシは、やがてレッドドッグにこつりと当たる。その瞬間、レッドドッグはパタリ、と静かに地面に倒れ、うごかなくなった。
「お、」
「おお?」
「おぉ〜!!」
「なぁ〜んとッ!! 闘わずして勝ってしまったぞこの挑戦者ぁ〜〜〜!!」
観衆から困惑と歓声の半々があがる。司会者が興奮気味に騒ぎはじめたところで、やっと挑戦者が勝利したことを理解した。
「なんだ、あれ……デッキブラシを当てただけで倒しちまったぞ」
あんな倒し方、オレガノは見たことがない。いや、あんな怯えたレッドドッグを見たことがなかった。そういえば、レッドドッグはあの挑戦者をはじめて見たときから怯えていた。まさか、魔物にしかわからない殺気を放っていたのか。最初に震えていたのは、周りに弱く見せるための演技だったのか。レッドドッグに、なにか特別な魔法や毒を、観客たちにもわからない速さで仕込んだのではないか。様々な考えがオレガノを支配する。
「なあ、あいつは星の森にいたところを第一王子が偶然見つけたんだったな?」
「そうですよぉ」
「遠いとこからわざわざ星の森に捨てられ、たまたま暗殺者に転移させられた第一王子と偶然出逢う、か……」
「ギルマス、もしかして他国のスパイの可能性を疑ってます〜?」
「断定はできない。だが、はなしが出来過ぎだと思わないか? まるで、誰かに仕組まれたかのようだ」
コロシアムの中心では、倒れたレッドドッグを持ち上げ、次回戦への意気込みを聞こうと近づいてきた司会者に渡そうとしている挑戦者が見えた。
「これは色々と調べる必要があるな……」
京は神さまによって意図的に森へつれて来られたので、オレガノの言う"誰かに仕組まれた"というのはけっして間違いではない。
しかし、そのせいで、彼女はオレガノの中で「他国から送り込まれたスパイ」になってしまった。京はそんな事とはつゆ知らず、レッドドッグを持って、ただオロオロしていた。
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