1-15 ステータスバグった

 京とホロはひとしきりはしゃいだ後、死体から魔石を取り出す作業をはじめた。でかい魔物からは、それ相応の大きさの魔石が手に入るという。


「うーん、無いなぁ」


 京は首の断面からデッキブラシの柄を突っ込み、魔石の存在を探る。かき混ぜるたびネチャグチャと生々しい音が響く。


「ひゃ〜、キョウは大胆だな」

「ホロくん、手で目隠しなんかしちゃってますけど、こういうの苦手なんですか?」


 生き物の首が弾け飛ぶ姿を間近で見たうえ、どちらも血濡れのままでいる。モザイクがかかってそうなグロい光景など、目隠ししても今更だろうに。京は呆れながら柄を奥に突っ込んだ。


「お、おぉ……?」


 柄の先に、カチンと硬いものが当たるような感覚がした。京は柄を少し上に持ち上げ、もう片方の手を肉の海に突き刺す。片手では掴めなかったため、こんどは上半身ごと中に入った。ホロがいる方からは「ひわ〜〜〜」と関心するような、ドン引きしているような声が聞こえたが、聞こえなかったフリをする。京とて、他人が死体のなかに入ったら彼のような反応をするだろう。


「っと、取れた!!」


 ずろりと取り出したそれは、ダチョウの卵くらいある、真っ赤な石だった。


「これが魔石……つるつるですね」

「これ、かなり質がいい魔石だ」


 いわく、魔石は質が高ければ高いほど、整った形をしているのだという。京の持っている魔石は楕円形で、表面がつるつるしていた。


「大きくて綺麗な形をしてるし、ギルドで売れば高く買い取ってくれると思う」

「ほんとうですか!? やったぁ!!」


 高く売れると聞いて、京は魔石を抱きしめた。これがあれば服が買えるし、ちゃんとしたご飯も食べられるし、ベッドで寝ることだってできる。どんなに野宿に慣れてきても、決してその生活を続けたいとは考えていなかった。むしろ常に文化的な暮らしを求めていた。それが、魔石を売れば手に入るのだ。彼女の喜びようは計り知れない。京は感極まって涙を流しはじめた。


「な、泣くほど嬉しいのか」

「はい。はい。嬉しいです。私、この森に来たときから、生活がもはや野生の魔物と一緒だったので。やっと人らしい生活ができると思うと……ウゥッ!!」


 森を駆けずり回り、魔物と縄張り争いをしながら食料を奪い合う。いったいどこの狩猟民族か。なぜ、華の女子大生がこんな限界サバイバルに興じなければならない。洞窟の中で子ドラゴンを抱きしめながら、ずっと理不尽を噛み締めて耐えていた。彼女のなかには常に人の作った飯を食い、湯を浴びて、屋根のある部屋で布団に包まりたい。そんな切実な願いがあった。それがやっと叶うのだから、泣きもする。


(キョウ、よっぽど切羽詰まってたんだな)


 ホロは京に本気で同情した。もともと、京のことを"危険な森に住むひとりぼっちの捨て子"だと思っていたので、彼女を哀れに思う気持ちはひと押しだった。


「なぁ、キョウはもし国についたらどうするんだ? 行く宛はあるのか?」

「全然ないです。とりあえずこれ売ったらそのお金で宿をとろうかと……ハッ!!」


 京はある可能性に気づいて固まった。

 いまのこれは、もしかして、パーティーを組んでダンジョンを攻略した扱いになっているのではないだろうか。そうすると、この手に持った魔石はドロップアイテムか。はたまたダンジョン報酬か。この場合、魔石はどちらの物になるのだろう。


「……」

「キョ、キョウ?」

「かち割るしか……」

「ワーーーッ!!」


 魔石を地面に叩きつけようとする京を、ホロは慌てて羽交い締めにした。


「なんで急に割ろうとするんだ!?」

「だって、報酬は平等に分けないと」

「分けるなら換金してからで大丈夫だから! というか、オレは金に困ってないし、魔石もたくさん持ってるから、全部キョウにやるって」

「まじで!?」


 ホロの全部やる発言に、背後に後光が見えた気がした。この人、仏かなんかの遣いか。本物の神さまより慈悲深い。あれ、自分をこちらに連れてきた男ってほんとうに神さま……?


「あいたぁ!?」


 神さまの存在を疑った瞬間、頭上からタライが降ってきた。


「いま、何もないところから鉄っぽいものが落ちてこなかったか?」

「あーッいや、気のせいじゃないかな!?」


 京はあわてて落ちてきたタライを後ろ手に隠した。神さまのことを説明するのは、必然的に元の世界の話をすることと同義である。ホロとはまだ信頼関係を十分に築けてないため、それは早計だ。

 それに、タライを落としてくる神さまの存在など、狂人扱いされそうで嫌だった。あと、あの神さまの信者扱いされそうなのもシンプルに嫌。


 ペラッ。


『おい、思考が透けてんぞ小鳥コラ』

「やっぱり何もないところから……」

「あーーッなぁんかもよおしてきちゃったかも〜。ちょっとあっちで用足してきます!」


 京は紙を素早く回収し、岩陰に隠れる。


「ちょっと、人がいる状態で色んなもの落としてこないでくださいよ!」

『は、なにその態度。マジ生意気〜。神さまだぞ。喜べ?』

「いや無理だから。喜べないから」

『そんな冷たくしていーの? せっかく人里で暮らすための注意事項教えよって思ってたのに』

「注意事項?」


 京はムッとした。よもや、神さまは京が森で野生化して人間の生活を忘れてしまったと思っているのか。確かにしばらく森で生活していたせいで、心も身体も野生に馴染んでしまった。それでも、人間みは流石になくしていない。


「私、人間界に降りてもやっていけます。まだ華の女子大生です」

『いや別に人の生活忘れちゃったとは思ってねーよ?』


 どうやら、京が思っていたような内容とは違ったようだ。


『この世界にはね、他人のステータスが見れるスキル持ちがいるんだよね』

「へぇ」

『小鳥ちゃんの職業ってエンターテイナーじゃん?』

「そうですね。すっごく不服ですけど」


 京は思った。エンターテイナーって、まじで何をする職業なんだろうと。


『でさー、オレは面白いよかれと思って世界で唯一の職業にしたんだけど』

「あの、このルビわざとですよね。神さまが自分で書いてますよねこの"よかれ"って」

『よく考えたら制限つけちゃうなって気づいたんだよねー』

「ルビは無視?」


 ルビはさておき、制限とはなんだろう。他人のステータスが見れて、職業がエンターテイナーで、それが何だというのか。


 ペラッ。


『前にほら、エンターテイナーって勇者と一緒でたった一人にしか与えられない職業だっつったじゃん?』


 ペラッ。


『だからぁ、他人にもしバレたら自動的に勇者に祭り上げられちゃうかも〜』


 ぐしゃっ。

 手に力が入り、紙が音を立てた。


 あの文字の羅列はなんだ。幻覚でも見たのだろうか。すごく嫌な情報……そう、勇者に祭り上げられちゃうかもとか書いていた気がする。京はグシャグシャに丸まった紙を開き、もう一度文字を追う。


「おかしいな。何回読んでもおんなじことが書いてある」

『そりゃそうでしょ。ただのノートの切れ端だし』

「ファーーーーーーーーーッ!!!!」


 あまりの事に京は叫んだ。遠くからホロの「どうした!?」と声がかかったが、かまってる余裕はない。


「え、え、なんで? 勇者なんで?」

『この世界はいま魔王のせいで各地で魔物が活発化しててさ〜。正直人手不足てきな?』


 だから、勇者とある意味同じ、特殊な職業持ちが駆り出されるというのか。京は認めたくなくて必死に抵抗する。


「でもこれ勇者じゃないよ。エンターテイナーだよ。エンターテイナーってなんだよ?」

『神さまを楽しませる職業だよ』

「それまえにも聞いたわ!!」


 一瞬正気に戻ったが、それも続かない。冗談じゃ済ませなかった。せっかく文字通り、人並みの生活が送れるところだったのに、勇者に祭り上げられるだと? 京は頭上に、民衆に胴上げされながら、魔王城の真ん前にポイ捨てされる幻覚を生み出した。自分の周りが人で溢れ、みんながにこにこ自分を囲み、魔王を倒せと圧をかける。それを中央で震えながら眺める自分。同調圧力に負けて、泣く泣く魔王を倒しにいく。嗚咽した。無理である。


『小鳥ちゃんが勇者みたいに扱われて右往左往する姿を眺めるのも、オレとしては十分に面白いんだけど〜』

「オェッ、なんも面白くない」


 勇者なんて、魔王に勝てたら名誉な役だが、その勝つまでの過程では勇者は勇者ではなく、世界のために命をすり減らす『生贄』だと京は考えている。勝利を手にしてはじめて勇者になるのだ。そんな死とともにあるエリート街道、京はまっぴらごめんだった。


『うん。これもだからね。オレが勇者ルートを回避できるようにステータス弄ってあげる〜』


 ふと『約束』という部分に目をとめる。そんなものしただろうかと首を傾げた。が、その思考もすぐに霧散した。


『あ』


 はらり。一文字しか書かれていない紙が降ってきたのだ。予想外のことが起きて、焦って声が出ちゃったような、なにかミスをして「アやべ」となったような、そんな感じ。すごく、嫌な予感がした。


 ペラッ。


『ごめーん。なんかしくったわ』

「はい?」


 ペラッ。

 降ってきた紙。それは、最初に渡されたステータスの書かれた紙──のはずだった。



 ※※※



 名前 : 天草京(アマクサ・キョウ)

 種族 : 人?

 職業 : ??■?■■??


 ・H■ : 1?0 ・MP : 0

 ・敏捷 : 50 ・器■ : 34

 ・腕力 : ??0 ・脚力 : 1??

 ・■御 : 50 ・精神 : 50

 ・幸運値 : -100


 装■

 エ???リ?ー?

 神??の??

 呪い


 スキル

 ・慈悲

 悪いこと?起き???????訪れ?。

 悪いこと????で??の大き?が変化。


 ・■死■一生

 窮地に立たされるほど????????。



 ※※※



「な、なんかバグってる!!」


 ステータスは所々穴開きのようになってしまっていた。幸運値の「-100」や「呪い」の文字などがしっかり残っている所も質が悪い。


「えちょ、これ他人にスキルでステータス覗かれたら、まんまコレにみえるってコト?」

『そうだよ』

「そうだよ!? そうだよじゃないよ悪化してんじゃないですかこれ!!」


 なにをどうしたらステータスがバグるのか。京はこの世界のシステムがわからなくなってしまった。


『最近ステータス弄るとか全然してなかったから操作忘れちゃったんだよね。メンゴ』

「メンゴで済む問題じゃないでしょこれ。負の部分だけしっかり残ってるよこれ。隠したい部分だけしっかり丸見えだよこれ」


 できればMPの数値や呪いの部分も壊れていて欲しかった京は、どうにかならないか粘った。が、神さまは『めんどーだからもうこれで行ってみよー』と聞く耳を持たない。あまりの無茶振りに膝を折った。


「これじゃあ悪いとこばっか目立つじゃん。もしギルドとかに入ってパーティー組もうとしたら、余りにも雑魚と不穏のステータスすぎて仲間入れてくれないやつじゃん!」

『いや、逆に興味持ってくれるかもよ。クロスワードパズルみたいだし』

「こんな最低なクロスワードパズルヤダァ!」


 クロスワードパズルの概念があるかどうかも怪しい世界に、バグりまくったステータスを読み解こうとしてくれる人間がはたしているだろうか。自分だったたら読み解かない。


『んま、これで勇者として祭り上げられることはないっしょ。解決解決〜』

「えぇ……」


 こうなったら神さまはテコでも動いてくれない。もう一度、ステータスに目を落とす。見れば見るほどひどい有様である。


(……勇者と一緒に魔王を倒しにいくよりマシか)


 要は、人にステータスを見られなければいい。神さまの話から推測するに、自身のステータスは見れても、他人のステータスはそれ用のスキルがなければ見れない。ならば、他人のステータスを見ることのできる人物を、徹底的に避ければいいのだ。


「決めました。私、ステータスバレしないことを目標にして生きていきます」


 瞳につよい闘志をもやす京。理由が「魔王怖い。戦いたくない」というのが残念である。これ以上はホロに変に思われると、彼女は岩陰から飛び出していった。


 ペラッ。


『勇者に祭り上げられることはないだろーけど、ねぇ』


 京は祭り上げられることに対してのみ注視していたが、そこはあまり問題ではない。


『ステータスなんて普通バグんねーし、人の許可無くステータス覗くやつなんて、いーっぱいいんのにね』


 彼女の個人情報ステータスが漏れたとしたら、いったい周りはどうなるのだろう。京が平平凡凡な暮らしを送ることは、まず無いだろう。どう逃げたって、必ず物語の中心に引きずり込まれる。神と関わりがあるのだから、勇者と関わるのはもはや確定事項だ。


『約束だもん。オレのこと、退屈させないで』


 最後に落ちた紙は、まるで誰にも見られたくないというように地面で燃え、塵とかした。

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