1-14 なんか喋るブタの妖精

「ぬわーーーーーーーー!!」


 京は突如姿をあらわした穴にゴロゴロ転がり落ち、地中にペッと吐き出された。


「いったた。もうなんなの。なんで何の変哲もない森の地面にスイッチがあるワケ? てかここ何処だよ」


 ジャージをはたきながら辺りを見まわす。高い天井に、一面レンガの壁。目の前には、大きな扉が鎮座していた。


「うわ、中途半端に人の手が入った空間、意味わからなすぎてきもちわり」


 はたして、いままで森の中にこんなあからさまな人工物があっただろうか。否、無いはずである。あったら洞窟でドラゴンと共生関係など結ばない。


「でも、こんなレンガでできた建造物に見覚えがあるような」


 彼女にはひとつ、思い当たる節があった。脳裏によぎったものに顔が引きつる。


(まさか……まさかまさか、まさか)


 自身のおかれた状況に気づいたそのとき、背後から京を呼ぶ声が聞こえた。地上に置いてきたホロの声だった。


「キョーーーーー!!!」

「オブッ」


 京と同じく穴から吐き出されたホロが京の背中に直撃する。彼女は大きな扉のほうへ勢いよく吹っ飛んだ。

 

「いってぇ」

「すまん、止まれなかった!」


 大丈夫か、頭は打ってないかと心配され、身体にウォッシュがかけられる。あまりの善人っぷりに京のほうが彼を心配した。


「ホロくんも落ちちゃったんですか?」

「いや、付いてきた!」

「はぁ? あんなのあからさまな罠だったじゃん。なんで来ちゃうかな」

「だって、キョウが心配だったから」

「アー、そりゃどうも」


 心配だったからって得体のしれない穴に飛び込むのか。金持ちの坊っちゃんという自覚は無いのだろうか。言いたいことや嫌味は沢山あったが、危険を承知の上で優先されたことは今までになかったため、素直に嬉しかったりする。京は礼を言った。


「ところであのあの、確認というかなんというか。あのいやね。事実だけ簡潔に言ってほしいんですけど。そう、そうじゃないで答えてもろて……」

「なんだ? なんでも答えるぞ!」

「ごほん。ここってダンジョンですか?」

「そう!」

「ツァッ」


 喉をシめて息を吸ったみたいな声がでた。なぜだ神さま。なぜこのような試練を与える。訴えてみるものの、(笑)の面をつけた神様がおピースかました姿が浮かんできて、思わず表情が無になる。


「もうだめだ。しんぢゃうんだ、私たち。地中で死んでダイレクト土葬決めちゃうんだ。ダンジョンがそのままお墓になっちゃうんだ。私なんか、この世界に親族いないから葬儀も弔いもされないし、そもそも弔われる価値ないし。瓶底の乾いた牛乳みたいな人間にはお似合いの末路じゃん。草生えるわー」


 京はなるべくはやく土に溶けるように全身をくまなく地べたにくっ付ける。


「微生物、はやく私を分解してくれ〜」

「キョウ、諦めるのははやいぞ。オレは戦いは苦手だけど、魔法が使えるからダンジョンから出る手伝いはできるし、囮くらいにはなれるからさ。がんばろう? な?」

「お金持ちの家の子が簡単に囮になるとか言うの闇が深すぎるからやめて!!」


 短い時間ながらも一緒に旅した人間を、簡単に囮にするような鬼畜だと思われているのだろうか。京は地味にショックをうけた。それに、ホロを囮にしたらしたで、後でことがバレて彼の親族に引っ捕らえられる未来しか浮かばない。異世界の処刑はだいたい斬首と相場が決まっている。京はネット小説などのサブカルチャーを嗜むオタクだったため、巷で流行りの悪役令嬢もののジャンルにも手を出していた。悪役令嬢の死因はだいたい斬首だったので、きっと自分も処刑になったら斬首刑に処されるのだ。首と体が泣き別れするに違いない。そう思い込んでいた。


「ダンジョンにいても地獄、外に出ても地獄……駄目だ。希望が、希望が見えない」


 仰向けの状態から横向きの状態になり、全身で虚無を感じていると、ふと地面が揺れているように感じた。勘違いかもとも思ったが、どうやらホロも臨戦態勢をとっている様子。京は空気を読んで、サッと立ち上がった。


「ククク、ようやく骨のあるやつが現れたか」


 それは、低くしゃがれた、聞いただけで寒気のするような声で言った。地面の振動はズシン、ズシンという音が近づくにつれて大きくなり、またそれは、子ドラゴンを狙ったオークのものよりも重量感のある音だった。


「森の中に放った部下が帰ってこない故、強者が来るかと期待していた。だのに、一向に我の前に姿を現さないではないか。よもや逃げたかと思っていたが……身の程知らずにも挑みに来たこと、褒めてやろう」


 暗闇から姿を表した魔物は喋るオーク。大きな身体に立派な鎧。手には星球武器モーニングスターを持っている。


(こいつは、オークキング……!!)


 ホロは額に汗を浮かべた。オークキングはオークの王であり、ダンジョンの最奥に出現するボスである。知能が高く、耐久値も桁違い。S級冒険者でも作戦をたてなければ、倒すのに時間と労力を費やす相手である。


「人間がたったの二匹か。この階層に来るまで、いったい何人散ったのだろうな。我が相手するのには足りないが……まあ、すぐに殺すより、じわじわ甚振いたぶるとしよう」


 強敵を目の前に固まるホロは、服の裾を引っ張られる感覚に、ハッと我にかえった。隣にはオークキングに怖じ気もしない京がいる。さきほどまで、オークキングの存在にぴるぴる震えていたのに、いまではピンピンしているように見える。少し驚いた。てっきり彼女は後ろの方で縮こまっていると思っていたのだ。


「どうしたんだ、キョウ」

「あの人……人? 私たちが正規の方法でここまで来たと思ってるんですかね」

「ダンジョンっていうのは、上がるにしろ下るにしろ、ふつうは階層を順番に進んで行くんだ。ここが何回層かはわからないけど、アイツのあの反応は当然のことなんだぜ」

「ふーん。じゃあ私たち、ズルしてここに来ちゃったってコト?」

「そうなるな」

「ハァーそう。そりゃ楽してダンジョン進めたい人にとってはHPもMPも節約できて嬉しいかもしれないけど? こっちはいい迷惑なんですわ。来たくてきたわけじゃないのに」

「ええい、我が目の前にいるというのに、コソコソと作戦会議のつもりか? 舐められたものだ!!」


 オークキングは堪え性がなかったため、人間に無視されるのが我慢ならなかった。甚振ると言ったそばから、予備動作もせずいきなり武器を二人に投げつける。


「うぉッ、危な」


 京は咄嗟にデッキブラシの柄でオークキングの武器を弾いた。ほとんど反射で、飛んできた虫を軽く払うような動作だった。

 スコンと弾かれた星球武器モーニングスターは、オークキングの元へとんぼ返りしていく。ピンポン玉が跳ね返るような軽い動きで打ち返された鉄の塊を、ホロも、オークキングも、ただただ唖然と見ている。迫りくる凶器は、オークキングにはやけに遅く飛んでいるように見えた。


 パンッ!!


 辺りに強烈な音が響く。京にとっては聞き慣れてしまった音。首が爆発四散する音である。体液シャワーのぬくみも忘れない。ザーザーと降り注ぐ血しぶきの雨の中、彼女は呟いた。


「やっぱり、このデッキブラシこえー」


 血生臭さに鼻をつまみながら「うわ臭さっ」と文句を垂れる。まるで道端で馬糞を踏んだ時みたいな、至ってふつうな様子の京。彼女にはいままでとなんら変わらない、日常の風景とかしている血潮噴水。なにか思うにしても「また血まみれになっちゃったな」くらいの感覚だ。しかし、常人にとってそれは、決して日常的ではない。


(いま目の前でなにが起きたんだ。オークキング死んだ? 早くない? あれーッ!?)


 ホロは、この状況に脳の処理が追いついていなかった。無理もない。ダンジョンの主は簡単に倒せるものではないし、その認識が一般的なのだ。それを、あんな間抜けな方法で攻略するなんて、誰が想像できよう。もっとレベル上げして、ポーション揃えて、装備も準備して、何日もかけてダンジョンに潜り、やっとボスにたどり着く。そんなプロセスが一切なかった。歩いてたら謎の穴に落ちて、落ちた先が主の階層で、主の投げた武器で主を倒す。こんなダンジョンの攻略のしかたは初めて見た。


「もしかしたらオークキングかもって思ったけど、違ったみたいですね」

「えっ」


 京の言葉に、またしてもホロは目を剥いた。彼女はオークキングをオークキングだと認識しないまま倒してしまったらしい。彼女がオークキングに対峙して怯えていなかったのは、目の前の魔物がなにかわからないからだったのだ。現に、京はいましがた倒した魔物を「中ボスのまえの、ちょっと他より強い魔物」程度に思っていた。


「あっさり倒れたし、オークも引き連れてなかったし、強いって感じもしなかった。あれはなんか喋るブタの妖精。絶対そう」

「なんか喋るブタの妖精」

「オークキングはきっともっと強くて、私なんか一瞬でジュッとされるような酸をかけてきたり、手下を使って押さえつけて、指を一本ずつ引きちぎって来るような奴に決まってます。よって、あれはオークキングじゃないし、外にいたのははぐれオーク。いま行こうとしている国に、オーク軍団は押し寄せてこない。QED」


 あんなに簡単に倒されるやつがオークキングなわけ無い。京に早口で力説されて、ホロの思考はぐるぐるまわった。

 たしかにあれはあっさりやられた。ホロ自身は戦いに身を投じたことがないため、オークキングの実物を見たのは、今日が初めてだった。はなしに聞くオークキングの特徴が一致していたから、ホロはあれをオークキングだと断定したのだ。しかし、本当にオークキングだったのか? だって、ここがボスのいる階層という保証はどこにも無いし、正直言って弱かった。いやでも、京はトゲのついた鉄の塊をいとも容易く返してみせた。並の冒険者は、鉄の塊の勢いにふっ飛ばされるんじゃないかしら。これって京が強すぎただけなんじゃないのか? そうしたらやっぱりあれはオークキングだったんじゃ……。


 ちらっと京の様子をうかがう。彼女の瞳はきらきらと純粋な輝きを放っている。あれはオークキングではない。なんか喋るブタの妖精さんだと信じる目。まるで、将来は勇者様のお嫁さんになるんだと信じている幼子のような、そんな目だった。


「うん、そうだな。あれはオークキングじゃなくて、なんか喋るブタの妖精!」

「ですよね!」


 ホロは、京がそう信じているのならばと放っておく選択をした。そのことでまた、京の中に間違った認識がうまれたのだが、訂正する者はこの場にはいない。きっと、天上の神様は笑い転げているだろう。


 二人は血みどろのままキャッキャとはしゃぐ。背景には、なんか喋るブタの妖精と命名された、あわれな魔物の首なし死体に、肉片の飛び散った壁。床も一面血だらけだ。そんなフロアにほかの冒険者が立ち寄ることがあったなら、卒倒間違い無しの光景だろう。しかし、誰かがくるかもという心配は無用。なにせ、彼女たちのいる場所は正しくボスのいる階層であり、第一〇〇層目なのだから。

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