1-12 世界とギルドと冒険者

 子ドラゴンにまた会えることが確定したことで、この森になんの未練も無くなった。いまの京の頭の中は、異世界の街でいっぱいである。


 ふと、ダンジョンのことを思い出して、歩きがてらホロに色々訪ねてみることにした。


「私、森の外ってよく知らないんですけど、ダンジョンってどこにあるものなんですか?」

「ダンジョンはいろんな場所にあるぜ。ほら、あそこに見える塔。あれがダンジョンだ」


 ホロが指をさした先には、京が眺めていた高い塔がある。


「ダンジョンには魔物がうじゃうじゃいて、たまに外に出てくるやつがいるんだ」


 ダンジョンには階層があり、下に行くにつれて強い魔物がでてくる。外に出てくるのは階層が浅い場所にいる魔物だとホロは言う。特に、この森にあるダンジョンに生息する魔物は、よく外に出てくるということも。


「そんな中で五体満足で生きてたのはすごいことなんだ。キョウは運がいいんだな!」

「そうかなぁ……」


 頭上に『幸運値-100』の表記が見えた気がして、白昼夢を手で払った。そもそも、運がよかったらこんなところには居ないはずなので、ホロの見解は京にとって間違いである。


「外に出てきた魔物って、やっぱり勇者が倒しに行くのかな」

「魔物の討伐はギルドの仕事だな。勇者もギルド所属だからギルドで依頼を受けるけど、基本は魔王関連の依頼優先なんだ」


 魔王関連の依頼と聞いて、なるほど魔王は勇者しか倒せない設定かと納得した。

 きっと魔王には四天王を名乗る部下みたいなのがいて、その四天王が勇者の優先依頼なのだと推測を立てる。ホロに話すと、案の定推測が当たっていた。


「魔法も見たことないなんていうから、てっきり魔王と勇者も知らないと思ってた。なんだ、なんにも知らない訳じゃなかったんだな!」

「あはは。まぁ、さすがに……」


 京はただ、異世界ものでよくある設定だから知ってただけだ。勇者が四天王を倒し、魔王を倒す。なんとありがちで使い古されたシナリオだろう。彼女は、自分が勇者じゃなくてよかったと心のそこから安堵していた。京は自分のステータスが誰よりも低いと思っている。それこそ、勇者には遠く及ばないほど。


 勇者と戦う魔王はさぞ強いのだろう。どちらも数値が1000を超えていて、スキルもたくさんあるに違いない。そう信じてやまない。彼女は魔王と勇者に夢を見ていた。そして、同時に恐れていた。きっと自分みたいな最底辺は、豆腐のようにさっくり簡単に切り捨ててしまえるだろうと。だから、魔王と戦う強制ルートを通る勇者にはぜったいにならない、確約された状況が素直にうれしかった。なにせ、勇者は世界にひとりがセオリーだから。もう既に勇者がいるなら、自分にはもう関係のないことだ。

 もし、自分が勇者になってしまえるなら、それは京にとって、とても恐ろしいことだった。


「なんか、怖い世界ですね。心臓にわるい」

「あ、魔王と配下には滅多に遭遇することは無いし、いまは勇者に関心が向いてるから当分は平和だぞ? 心配しなくていいぜ!」


 ホロは、うちの国のギルドはS級冒険者パーティーがいるからいちばん安全だと必死に訴えてみせる。


「S級……冒険者には階級があるんですね」

「そうだぜ! S級がいちばん上の階級で、世界に二つしかパーティーがいないんだ!」


 世界で二つしかないS級冒険者パーティーが、ホロの国のギルドにいるのは確かにすごい。おお、と声を上げて賞賛の拍手を贈った。そこで京はふと、勇者がいる国がいちばん安全なんじゃないのかと疑問に思った。その疑問を、ホロにぶつける。


「勇者のいる国がいちばんじゃないんですね?」

「あぁー……」


 ホロは目を逸らしていたが、やけに小さい声で告げた。


「勇者のいるところに、たまーに魔王や配下が来るんだ」


 いわく、出会った場所で戦闘がはじまることがあるらしい。京はなんじゃそらと開いた口が塞がらなかった。


「勇者パーティーはいまは中央の国にいるんだっけかな。勇者を抱えてるってのは国にとって、大きなステータスではあるんだけど、魔王がくるんじゃなぁ……」


 ホロは頭をガシガシかいて言葉を濁す。そりゃ勇者がいてもいちばん安全だと言われないわけだ。魔王自ら出向くとか、むしろ勇者の周りがいちばんの危険地帯である。


「魔王暇かよ……ドン引きっすわ」

「魔王も魔王なんだが、勇者もなぁ」


 含みのある言い方に、勇者自身にもなにかあるのかと勘ぐる。続きを待つが、ホロはへらりと笑うだけだった。話す気は無いらしい。


「言えないなら聞きませんよ。さっき見逃してもらったし」

「ごめんなぁ。オレ、こういう人の悪いところ話すの苦手なんだ」

「いえいえ」


 どうやら彼は根っからの善人気質らしい。こんな人間を暗殺だなんて、ホロの叔母の悪質さが際だってくるというもの。


「人間って、どの世界でも儘ならない生き物なんだなぁ」

「お、なんだか別の世界を知ってるみたいな言いかただな!」


 物知りって感じがしていいと思うぞ、と笑うホロが眩しく思えて、思わず空を見上げた。実際こことは別の世界から来ましたよとは、やはりまだ言えなかった。

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