1-11 餞別
森から離れることになったのなら一つ、やらなければいけないことがある。
「ちょっと、お友だちにお別れを言いに行っていいですか?」
お友だち。共生関係。ライフハック。
どれも京が一方的に思っているだけだけだが、一ヶ月もともに過ごした仲だ。魔物とはいえ、挨拶はしっかりするのが筋だというのが京の持論だった。
「お友だち? 人がまだいるのか?」
「ちがいますよ。私のお友だちは魔物です」
先ほどいっしょに洞窟から出てきた子ドラゴンは、京以外の人間が来たことで洞窟に戻っていってしまった。いつもは巣周辺で日光浴をしに出てくる子ドラゴンたちも、いっぴきも外に出てきていない。初めて見るホロのことを警戒しているのだ。
「ちょっと待っててください」
京はデッキブラシを手に洞窟の入り口立つ。
「なにするんだ?」
「召集をかけます」
デッキブラシを三回地面につける。
コツ、コツ、コツと音は反響し、洞窟内に響き渡る。これは火をつけてほしいときや、お肉を持ってきたときにしていた
「これをやるとみんな来てくれるんです」
ほら、と指をさす。子ドラゴンが洞窟からぞろぞろと集まってきた。
「これは……琥珀竜のヒナか?」
「そんな名前なんですね」
琥珀竜。なるほど琥珀いろの目からとったのかと感心した。それっぽい名前である。京は手を出し、近寄ってきた子ドラゴンの一匹を抱き上げる。
「私はここを離れるよ。巣に置いてくれてありがとうね」
子ドラゴンは京をじっと見る。言葉が通じているかは謎だが、なんとなく目が潤んでいるように見えるのは、ただの京の願望か。はたまた名残惜しんでいるのか。
「ギュイ」
「あ」
子ドラゴンは京の指を小さな手で握った。その手には見覚えのある傷。そうだ、この子はオークに掴まれていた子だと思い出す。
「……一匹、つれてってもいいかなぁ」
「琥珀竜は親がときどき様子を見に来るから、一匹でも減ってたら怒るんじゃないか?」
「ですよねー」
京は大きく肩を落とした。これがペットロス。正直、こんなに別れが名残惜しくなるとは思っていなかったために、ダメージ大きかった。
「はぁ〜〜〜、ツラみの極み……」
「だ、大丈夫か? 森から出たら動物贈ろうか? シープエレファントとかどうだ?」
「アッ、結構でーす」
シープエレファントがどんな動物かは知らないが、それがゾウ並にでかいことだけはわかった。そんなの無一文家無しのやつが飼えるわけがない。これだから金持ちはと悪態つきそうになる京だった。
「もう私はお肉を持ってきてあげられないけど、ちゃんとご飯食べるんだよ。元気でね」
子ドラゴンを地面に下ろすと巣に走っていく。それを見送り、京は立ち上がった。
「じゃ、行きましょっか」
「お、待ってくれ。なんか戻ってきたぞ?」
ホロの言うとおり、去っていったと思っていた子ドラゴンが戻ってきていた。
「なんか運んできてますね」
「運んできてるな」
子ドラゴンはなにかが乗った葉っぱを頭に載せて、再び足元にやってくる。
「なぁに、くれるの?」
「ギュイ」
頭をずいと差し出してくるので、それを手にとって眺めた。金色を帯びた、小さな三角形の欠片。表面にはピラミッドの壁に書かれていそうな繊細な絵が描かれている。とてもきれいな餞別品だった。
「うーん、三ヶ所に穴が開いてる。なんだろ。なにに使うんだこれは」
「ちょっと見せてくれ。おお、すごいな!」
「これがなにか知ってるんですか?」
「うん。本でしか見たことないけど、これは"空の呼び笛"だな。ドラゴンを呼び出せるアイテムらしいぞ。よかったな!」
「ドラゴンを呼び出せる!?」
なんだそのやばいアイテムはと目を剥いた。
「ダンジョン最下層でも手に入れづらいレアアイテムだ」
「ダンジョンって言った? ダンジョンって言ったよねいま」
子ドラゴンがダンジョンで滅多に手に入らないレアアイテムを、京に授けた。それは、凄いことなんじゃないかと震えた。異世界初心者でも、この笛は相当価値がある物だと直感でわかる。これがあれば京はいつでもドラゴンを呼び出せるのだ。価値がない方がどうかしている。
「天空の呼び笛をわざわざ渡してくるってことは、こいつはキョウがよほど気に入ったんだなぁ」
「……そっか、懐いてくれてたんだね」
ふいに、子ドラゴンといっしょに過ごした一ヶ月が頭をよぎり、それがとてもむかしの事のように思えた。
(私はちゃんと好かれる要素のある人間だった。決して魔物にまで避けられる虚しい人間じゃなかったんだ!)
京は、魔物に避けられたことをまだ気にしていた。
「キョウ、なんで泣いてるんだ?」
「私、ちゃんと生きものに好かれる資格、あったんだなぁって思って」
「キョウ……オレもキョウのこと好きだぞ!」
「え、うん、ありがとう……?」
このとき、ホロの頭のなかでは『親に虐げられ、家を追い出され、さらに親からも近隣に住む人々からも無視されているキョウ』の図が勝手に出来上がっていたのだが、それは京の知らぬこと。
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