1-10 誤解勘違い

「わ、わ、すごい!!」


 フラグ回収。

 呟いた言葉はあっさりひっくり返った。


「あはは! キョウはいい反応するな!」

「だって全身が一瞬で綺麗になったんですよ!? そりゃはしゃぎますよ!」


 ここでお決まりの台詞を吐く。

 魔法の力ってすげー!!!!




 京と同じく空から落ちてきたホロという青年は、とある国の魔法使いである。


 星を読み、占いや予言をする古い一族の末裔の長男。それが彼であり、近々その一族の長になるのだが、長の座を自分の息子にと狙う叔母に暗殺者を仕向けられ、魔法陣で森まで飛ばされてきた。それが、ホロが京に話した内容だった。


「あ、暗殺者……」

「精力的で困るよなぁ」

「困るで済ませる問題じゃないでしょうよ」


 京は、自分と同じトンチキな方法で森に来たホロに親近感を持ったが、その親近感を早々に手放した。暗殺にドン引きしたのだ。


(――まてよ、暗殺のためにこの森に飛ばされてきたって、この森にくる=死の方程式が成り立つんじゃ……)


 京は顔を引き攣らせながら、この森のことを聞いてみることにした。


「ホロさん」

「ホロでいいぞ!」

「えぇ……じゃあホロくん。この森って、もしかして入ったら死ぬよ〜とか言われてませんでした?」

「んー、うん! 死体も帰ってこないって言われてるな! 立入禁止になってるんだ」

(立入禁止で死体も帰ってこない……神さまのルナティックの意味ってこれか?)


 まさかの情報に腕をさすった。死体が帰ってこないのは森から迷って出られなくなるのか、はたまた魔物に食い殺されるか。どちらにせよ身の毛のよだつはなしだ。


「それって、魔物がすごく強いから、そいつらにやられて帰ってこれないってこと?」

「んー……(魔物のレベルが魔王の手下の次に高いって、本当のこと言ったら怖がらせちまうよな。よし、黙っておこう!)強いけどなんていうか、中くらいだ!」


 ホロは優しさゆえに嘘をついた。

 彼は、小さい頃から森に入ると戻ってこれなくなると言い聞かせられて育ってきた。幼いころから言われ続けた森のはなしは恐ろしく、京におなじ恐怖を与えないように配慮した結果、中くらいだと嘘の情報を教えたのだ。


 しかし、そうした気遣いが、京のなかで誤解を生んだ。


「中くらい……(なるほど。つまりだ。私はロールプレイングゲームでいうとこのはじめの村ではなく、ある程度ストーリーが進んだ森にいきなりスポーンしたと。そういうことか。そらルナティックっすわ〜。出てくる魔物がスライムなわけないっすわ〜)オッケー理解した」


 実際はある程度進んだどころか、魔王城一歩手前の森である。


 ホロ視点だと、京は魔王の手下の次に強い魔物をいちげきで仕留めたことになるのだが、彼女はそのことに気づかない。また、ホロもまさか京が魔物をいちげきで仕留めたなんてことは知らないので、認識はズレたままはなしは進む。


「そんな森に飛ばされるなんて、金持ちの一族の長男って大変ですね」

「あれ、うちが金持ちって言ったか?」

「そんな装飾じゃらじゃらつけてたら誰だって金持ちだと思いますよ」

「そっかなぁ。オレのこれはまだ少ない方だと思うんだけどなぁ」


 黄金の装飾。それも純金っぽいそれを大量につけていてなお、少ないとのたまうホロに、そういうところだぞ金持ちとツッコミを入れる。


「はは、まあこれは一種の"顕示"だからな」

(顕示……?)


 いったい何の顕示なのか。引っかかりを覚えたものの、それを聞く前にホロがはなしはじめて、聞くことは叶わなかった。


「そういえば、キョウは変な恰好してるな」

「へ、変……?」

「うん。心なしか血の匂いもするような……もしかして怪我してるのか!?」


 ホロは京の肩を掴んでいっきに詰め寄る。その後ぐるぐるうろうろ周囲を見て回り、矢継ぎ早に質問した。


「魔物に怪我させられたのか? 血は今もでてる? 痛いところは? 止血したか?」

「いや落ち着いて。匂いの原因は返り血だから。私はどこも怪我してないから」

「ほんとうに?」

「ほんとほんと」


 なんども確認してなお、「ほんとうのほんとうに平気か?」と不安そうにするので、京はなんども首を縦にふってみせた。それを見て、ホロはようやく安心したように笑う。


「川で洗ったりしてたんですけどね。やっぱり水だけじゃ血って取れづらいみたいです」

「そっかそっか。水だけじゃ確かに血は取れないよなぁ。そうだ!」


 ホロはなにか思いついたように声を上げ、自身の両手をぱんっと勢いよく合わせた。

 彼が両手をはなすと、そこには宝石をあしらった杖が出現して、京は目を剥く。


「ファッ、錬金術!」

「? これは錬金術じゃなくて魔法だぞ」

「これが魔法かぁ!!」

「魔法、見たことないのか?」


 ぶんぶん上下に首をふって肯定する。


「自分で魔法使ったこと無いのか?」

「私、魔力が無くて魔法が使えないんです」

「……っ、そっか。ごめん」

「? べつに謝ることじゃないでしょう?」

「うん。そうだな!」


 ホロは笑って「じゃあ、次はもっと驚くぞ」と言った。


「ウォッシュ!」

「おお〜!」


 彼がウォッシュと口にした瞬間、杖の先端に水が集まってきた。


「え、わ、魔法陣だ!」


 ホロが杖の先を京に向けると、足元に魔法陣が現れる。杖の先端にあつまった水は一度地面に落ち、魔法陣から飛び出した。水は京の周りに纏わりつき、少ししたら消える。

 全身を見ると、服に染み付いた血の汚れはすっかりなくなっていた。心なしか髪や肌もきれいになった気がして、京は心躍った。


 ここで冒頭に戻るのである。


「魔法の力ってすげー!!!!」

「街に行けば、小瓶のフタを折るだけで洗浄できる便利な魔道具がたくさんあるぞ! 魔力がなくても使えるんだ」

「ほんと!?」

「ほんと!」


 敵を倒すといつも返り血塗れ。いちいち洗いに行かないといけない所に不便さを感じていた京は、人里に降りたらすぐ買いにいこうと心に決めた。


 まだ見ぬ街に思いを馳せている京。一方、そんな彼女をじっと見ていたホロは、魔法にはしゃぎ、魔導具に関心を示す京を不思議に思っていた。


「なぁ、キョウはなんで星の森にいるんだ?」

「エ"ッ」


 突然の質問に、京はどう答えたものかと困ってしまった。


 京は神さまとかいう存在に別世界から転移させられて来た。でも、そんなトンチキなはなしをどう説明すればいいのか。

 正直に「私、じつは異世界から神さまに強制転移させられてここに来たんです〜」なんて言えるわけない。しかもここは星の森とかいう激ヤバ立入禁止スポット。そんなとこにいた血の匂いのする人間が前述の台詞を言ったら、怪しいどころじゃ済まない。私だったら即逃げるだろうなと、京は苦い顔をした。


「えーっとぉ、」

「……なにか、言えない事情があるのか?」


 言い淀んでいると、ホロは気遣わしげに京の様子をうかがう。


「い、言えない訳じゃないよ?」

「そうなのか?」

「うん。でも言いづらいというか……」


 いちばん最初に出逢った現地民に狂人扱いはされたくない。京は人里に降りる気満々なので、ここで怪しまれたくなかった。怪しまれたら、なんか現地の自警団的な存在に突き出されるかもしれない。


「(豚箱エンドは嫌だ!)ごめんなさい。いまは、ちょっと言えない」

「そっか……うん、わかった。言いづらいことなら無理に聞かないぞ! 言えるようになったら言ってくれ!」


 ホロが思ったよりあっさり引き下がってくれたので、京は心底ホッとした。本気で心配そうにしていたから罪悪感をおぼえたが、お互いに信頼関係が生まれてからはなすのでも遅くないはずだと言い訳をする。


「辛くなったら言ってくれよ!」

「? うん」


 このとき、ホロは京に対して盛大な勘違いをしていた。


 この世界では、ほぼ全ての人間が魔力を持っている。そのため、一部では魔力のない人間は差別の対象にされていた。魔力の無い我が子を捨てる親も存在しているくらいだ。


 さて、ここでホロ視点の京の様相を提示してみよう。ボロボロな服。傷だらけの手足。ボサボサの髪。おまけに身体からは血の匂いがする。


 そんな人間が、立入禁止の森にひとりでいるのは、はたしてどんなふうに映るのか。


(キョウは、最初から血まみれでボロボロだった。ここにいる理由も言いづらいみたいだし……きっと、遠い国から連れてこられて、魔力が無いからってここに捨てられたに違いない。それで、行くところがなくてここで隠れ住んでたんだ)


 実際はそんなシリアスではないのだが、ホロのなかで京は『危険な森に住むひとりぼっちの捨て子』に確定していた。


 自分が憐れまれているのもつゆ知らず、京は異世界の街にまだ期待感を膨らませている。


「ホロくんは自分の家に帰るんですよね」

「おう、そうだぜ!」

「私もついて行っていいですか?」

「いいぜ! キョウなら大歓迎だ! いまからでも行こうな」


 こうしてお互いすれ違ったまま、森を離れることになったのだった。

 

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