1-9 人との遭遇

 モヤモヤと目の前が光っている。そのモヤが、だんだんとハッキリしたシルエットになっていく。京はその既視感に眉をひそめた。――デジャヴだ。これ絶対神さまだ。相変わらず背後が発光している。


『―――』

(またなんか言ってるよ……)


 ペラッ。


 頭上からおなじみの紙が降ってきた。


「……お告げ?」


 紙にはお告げと書いてある。視線を神さまに戻すと、神さまは片手をチロチロ動かしていた。どうやら紙をひっくり返してほしいらしい。京は紙をうらっ返してみた。


『大吉――になることは一生ない』

「うるさいよ!!」


 ハッとして目がさめる。辺りは苔むした洞窟。もう随分と見慣れてしまった。


「くっそ、寝覚め最悪だ」


 京は大吉を引いたことがないのに地味に傷ついていたので、神さまに傷を抉られた気分だった。イライラしながら地面に手を付けたら、手に軽いものがあたる。この感じは紙。


「やっぱりね」


 どうせお告げだ。裏に夢で書いてあったことと同じことが書いてあるんだと紙を裏返す。


「……あれ? 書いてあることが違う」


 お告げの裏には、珍しく真面目なお告げらしいことが書いてあった。京はそれをゆっくり読み上げる。


「"森のなか、流星が訪れるだろう。かの国の焼ける星、外にて受け止めん"」


 流星が訪れるだろう……。

 この台詞が、この場所に人が来るということの示唆に思えてならなかった。この世界にきておよそ一ヶ月。森での生活に慣れすぎて、人と会えることになんだか不思議な心地がする。思考が野生に染まりつつあるのかもしれないとカラ笑いした。


「食べれる果物、魔物、汚れを落とせる木……。この森のこと、やっとわかってきた頃だったんだけどな」


 じつは、京はこの場所にうっかり愛着心を持ってしまっていた。場所だけだったら愛着はわかなかった。子ドラゴンが可愛くて情が湧いちゃったのだ。それでも、そろそろ森の外に繰り出すときなのかもしれない。


「"焼ける星"はちょっとなに言ってるかわからんけど、"外にて受け止めん"はたぶん、外に出ろってことかな」


 洞窟の中から、日のさす外へ出る。

 今日も晴天。雲一つない。


「水浴び日和だね」


 一緒に外に出てきた子ドラゴンに話しかけながら空を眺める。空のいろは青。どの世界も空のいろは同じらしい。元の世界とちがうところをあげると、魔物が空を飛んでいるところと、高い塔のようなものが所々に立っているところだろうか。


「あの塔、なんの為に立ってんのかなぁ――んんん?」


 塔のてっぺんを眺めていると、空になにか黒い点が見えた。


「なんだあれ」


 鳥じゃない。魔物でもない。

 あれは、紛れもない人だった。


「なんだ人かぁ――人!?」


 綺麗な二度見を決める。落下している人物はすぐそこまで迫ってきていた。

 京は咄嗟に手を伸ばして、やっちまったとちょっと後悔した。高いところから落ちてきた人間なんて受け止められるわけ無い。いい加減にしろと自分で自分を責めた。


「エッ、ちょま、軽!!」


 受け止めた人間はめちゃめちゃ軽かった。発泡スチロールみたいな軽さだった。


「――っは、」

「あ、えと、どーも……?」


 大きなエメラルドの瞳が、驚きで見開かれている。お姫様だっこ状態だから、超至近距離で見つめ合った状態だ。京はちょっと顔を仰け反らせた。


「おまえが受け止めてくれたのか?」

「いちおう……あの、近いっす」

「ああ! すまない、いま降りるから!」


 青年は慌てて腕から飛び降りる。

 褐色の肌。白くてくるくるな髪。ひらひらな服は金の装飾でじゃらじゃらのキラキラ。でも、いちばん目につくのは、頭の両サイドに生えたツノ。渦を巻くそのツノは、まるで羊のツノだった。


「ひつじ?」

「お、よくわかったな!」


 口から漏れてしまった独り言に明るく返されて、目を瞬かせた。びっくりしたのだ。ツノが生えた人間に初めてあったから。


「ん、どうしたんだ?」


 ツノを見て固まった京に、青年はおーい、と不思議そうに話しかけた。不躾だったかと反省して、正直にツノを初めて見たと告白する。


「ツノを初めて見たなんて変わってるなぁ!」

「(変わってるんだ……)あの、あなたはどちらさまですか?」


 目の前の青年が、京が問うた瞬間に先ほどの受け止めたとき同様、目を見開いた。なんだ、なにかまずいことを聞いたのかと京は焦りだす。


「えと、あの、なにかまずいことでも?」

「オレのこと、ほんとに知らないの?」

「え、知らないです。有名人ですか?」

「ううーん? 有名人っていえば、有名人?」

「いや、なんであんたも疑問形なんですか」


 青年は未だにうんうん唸っている。服だけ見たら成金のお坊っちゃんという印象だ。京は、知る人ぞ知る富豪なのかもしれないと適当にアタリをつけた。


「あの、有名人かどうかはもういいんで、名前教えてください。私は京と申します」

「お、そうだな! オレはホロ・ソルジオラ。ホロって呼んでくれ!」


 元気よく差し出された手につられて、服の装飾がきらきらと光を反射した。それに目を細めながら、差し出された手を握る。


「よろしくな!」

「はい、よろしく」


 久しぶりに見た人間は空から落ちてきて、しかもツノが生えている。京はもう、なにが起きても驚かないぞと心の中で呟いた。

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