1-5 神さまは自由神

 モヤモヤと目の前が光っている。そのモヤが、だんだんとハッキリしたシルエットになっていく。――人だ。人が胡座をかいて、口だけにっこり笑っていた。顔には『神』と書かれた布面をしている。



『―――』

(なんだろう……なにか言ってる……)


 ペラッ。


 頭上から、見覚えのある紙が降ってきた。

 見たくない。見たくないけれど、なんとなく、見ないと夢が終わらない気がして、京はイヤイヤ紙を見た。


『おお、死んでしまうとはなさけない』

「いや、死んでないから!!」


 ハッとして目がさめる。辺りは見慣れた自室ではなく苔むした洞窟。そういえば、異世界で遭難生活を強いられていたんだったと頭を抱えた。


「なんか、変な夢みたな……」


 あの笑っていた物理的に眩しい人。あれは、もしかして神さまかと思案する。


「姿なんか見たことないのに、夢にしてはやけに鮮明だった」


 ――カサッ。


「ん?」


 手に軽いものがあたる。この感じは紙だ。まさかね、と顔を引きつらせながら見てみると、やっぱり紙だった。しかも、『おお。死んでしまうとはなさけない』と書いてある。


「ちょっと、人の夢で遊ばないでよ!」


 勝手に夢に入ってくるな。そして勝手に殺すな。京がきゃんきゃん吠えてみても、紙は降ってこなかった。神さまとは思ったより自由人だ。


「もう完全におもちゃにされてる……くそぉ」


 京は、神さまが夢の中で見たポーズのまま、自分を笑っている姿を想像した。

 昨日なんか、さぞ爆笑したことだろう。自分のおもちゃが、与えたエクスカリバー(笑)デッキブラシで敵の首をうっかり取ったのだから。


「この紙、ムカつくから燃やしちゃおっかな」


 いままでの紙も数枚ポケットに突っ込んだままだ。ゴミはさっさと捨てちまえと、全ての紙を取り出す。


「あ、ステータスの紙だ。……これは一応残しておいたほうがいいんだろうか」


 京はステータスが書かれた紙を改めてみて、しょっぱい気持ちになった。


「この世界での私の能力値って、見れば見るほど極端な数字。なんでどれも0と50と100なんだよ。極端すぎでしょ。器用だけなんか中途半端だし」


 いままで読んできた巷で流行りの異世界物語は、主人公のステータスの数値がとんでもない桁数からはじまっていた気がする。


「この数値、きっとほかの人と比べたら低いんだろうな。そいえば勇者がいるんだっけ。勇者なんて余裕で数値1000超えとかして──ん?」


 最初に紙が降ってきたときはよく見ていなかった京だが、ひとつだけ、あからさまに数値がおかしいところを発見した。


「これ、よく見たら幸運値マイナスなんですけどぉ!?」


 ペラッ。


『幸運値だけは人が生まれたときから決まってるもの。どの世界でもそう。だからその数値は素』


 久しぶりに紙が落ちてきたと思ったら許しがたい情報がかいてあった。

 京のこの数値、神さまが弄ったからではなく、彼女がつるふわの赤ちゃんの時からもう既に決まっていた数値だったのだ。この事実に、京は心が折れそうになる。


「理不尽がすぎる! 人権はないのか!?」


 ペラッ。


『リアルラックがごみだから、そのぶん武器で調整してるじゃん?』

「か、神さまにまでごみっていわれた!」


 京は余りにもショックがでかすぎて項垂れた。十九歳までに死に直結しそうな事故には沢山あってきたが、まさかその理由が幸運値がマイナスだったからなんて思いもしなかったのだ。


「あーツラ。自分の運の無さを目視できるのって精神にくる」


 これ以上は精神衛生上よろしくない。そう判断して、話題を無理くり変える。


「うん、よし、幸運値のことは忘れて、スキルのことでも考えよう。スキル、スキル――スキルも碌なのねぇ……ッ!」


 前者のスキルは不幸が起きないと意味がないし、後者のスキルは窮地に立たされないと意味がない。不幸ありきのスキルに、京は不貞寝しそうになった。


 ペラッ。


『小鳥ちゃんに特化したスキルじゃん』

「不幸が降りかかる前提なのがどうしても解せない。せめて任意のタイミングに発動するとかはできなかったの!?」


 ペラッ。


『常時発動型だから無理。じっさい常時不運で不幸なんだし、むしろスキル使い放題じゃん。よかったね、タイミングとかそもそもいらなくて』

「じじじ、常時ちゃうわ!!」


 流石に寝てるときぐらいは何もないと思いたい。が、朝起きたら自室の窓ガラスが割れていた時があったせいで、何も無いとは断言できなかった。寝てる間だけは幸福でありたいと願うばかりの京だった。


 ペラッ。


『ま、エクスカリバーさえあれば万事解決だから。一振りすれば人間も魔獣も服従させられるから。頑張って☆』

「それ、脅す気まんまんですよね。私に恐怖政治させたいの?」


 当たっただけで生き物の首が破裂するデッキブラシだ。そんなもので殴られたらひとたまりもない。


 ペラッ。


『知ってる? 暴力は全てを解決するんだよ』

「あんたほんとに神さまなの!?」


 思考が危ない人のそれなんだよ。どうしてそんなに荒ぶってるんだ。少しは鎮まれ。そう思うも、タライが降ってきそうで声に出すのはやめた。


 ペラッ。


『エクスカリバーには何しても壊れない加護と〜、魔法を跳ね返す加護と〜、あと捨てても必ず帰ってくるようにしてるから、投げても帰ってくるよ。投擲にも使えるね!』

「神さまの加護ってそれかよ!」


 神さまの加護と大仰な名前のわりに、デッキブラシにしか加護がついていない。自分自身にチートな加護がついていると信じていた京はまた落胆した。これデッキブラシだけがチートなやつじゃん、と。


「どうせ、この"呪い"ってやつも、当てただけで相手を破裂させて死にいたらしめるやつなんでしょ? 敵を抹殺する呪いとかやばすぎるんだけど……」



 ――ペラッ。


『あはっ、おもしろいね』

「いや面白くないし。ドン引きなんだよ……」


 握ったデッキブラシを改めて見る。ぬらっと伸びた柄は黒に近い茶色をしている。それが血を浴びて、さらに黒に近づいていた。その様相はもはや呪物。


「とりあえず洗いたい」


 危険うんぬんよりもまず、見た目をどうにかしなければなるまい。デッキブラシも自分も、昨日からずっと血塗れのままだった。京は溜息をついて川を探しに洞窟を後にする。





 ……ペラッ。


『捨てても必ず帰ってくるのが呪いで、首が破裂したのは純粋なばか力ってだけだったんだけど……おもしろいから黙ってよ〜』


 京のいた場所に静かに落ちた紙は、誰にも気づかれることなく、風に煽られ飛んでいった。


 この世界のステータスの数値は、どの種族も100が上限であり、現時点の勇者でさえ、殆どのステータスが50で行き詰まっていた。

 天草京のステータスはじゅうぶん異常チートであると判明したのは、かなり後になってからである。


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