1-3 エキセントリックステータス

 あの、およそ人が落ちたら助からない、木っ端微塵になる高さから落ちて五体満足なのは、京にとって奇跡といっても過言ではない。そんな彼女には、さらなる問題が発生していた。


「エッこれからどうしたらいいの?」


 そう、できることがないのだ。とりあえず、生活の拠点の確保。次がここがどこで、どんな世界なのか知る。これがまずやることだろう。


 しかし、知ろうにも辺りは木しか生えていない。上から見た感じだと、近場に人の住んでいそうな場所は見当たらなかった。もちろん、こんな森の中心に人がいるわけないので、建造物もない。先述であげたタスクがなにも達成できないのである。


「とりま雨風しのげる場所が欲しい……いきなりこんな森にスポーンさせるとか鬼じゃん。住む場所とかどうしろと」


 ペラッ。


『近くに洞窟とかいっぱいあるよ』

「洞窟で暮らせと?」

『ごはんもね、魔物おにくがそこらじゅうにのさばってるから困んないよ』

「魔物を狩って解体しろと……?」


 つい最近まで平凡に暮らしていた女に、そんなことができると思っているなら、神さまの世界の常識は、きっと人間には理解の及ばない世界なのだと舌打つ。神さまから見れば、京はまったく平凡な暮らしをしてはいなかったのだが、残念ながら彼女にその自覚はない。


(というか、サラッと出たけど魔物って言ったか。出るのか魔物。近くにいるのか魔物)


 ペラッ。


 京が立ち尽くしていると、また紙が落ちてきた。神さまとやらは、下界との交信に紙を使うのが主流らしい。しかもノートの切れ端。適当すぎる。


『ステータス見れるよ』

「ステータス……ステータスって、異世界ものでよく見る、能力値がわかるあれ?」


 ペラッ。


『ステータスって言えば見れる』


 言うだけでいいのか。ステータスって空中に浮かんで見えるのか? ゲームじゃあるまいし、言葉にするだけで目視できるようになるってどんな仕組みだ。

 頭の中は文句と疑問でいっぱいだったのだが、京は純文学からラノベまで、幅広いジャンルに手を伸ばしていたオタクだったため、ステータスと聞いて多少のわくわくした気持ちもあった。


「ステータス」


 京は呪文を唱えた。

 しかしなにも起きない。


 ペラッ。


『アごめん。魔力無いと見れねんだったわ』

「エッ私魔力無いの!?」


 ペラッ。


『オレがステータス紙に書いてあげる〜』

「紙に手書き……一気に異世界感無くすじゃん」


 神さまのくせに随分とアナログだなといや、俗世に染まってないと思えば神さまっぽいのかもしれない。どちらにせよ、異世界に来てまず一番にワクワクするイベントが、急に陳腐になってしまったことに、京は肩を落とした。


 ペラッ。


『はい、ステータス』



 ※※※



 名前 : 天草京(アマクサ・キョウ)

 種族 : 人間

 職業 : エンターテイナー


 ・HP : 100 ・MP : 0

 ・敏捷 : 50 ・器用 : 34

 ・腕力 : 100 ・脚力 : 100

 ・防御 : 50 ・精神 : 50

 ・幸運値 : -100


 装備

 エクスカリバー(笑)

 神さまの加護

 呪い


 スキル

 ・慈悲

 悪いことが起きた数だけ幸福が訪れる。

 悪いことの度合いで幸福の大きさが変化。


 ・九死に一生

 窮地に立たされるほど能力値が上昇する。



 ※※※



「な、なにこのふざけまくったステータスは。ツッコミどころが多すぎて、最早どこからツッコんでいいのかわからないよ!」


 ペラッ。


『面白いでしょ』

「全っ然面白くない! 職業も装備も変!」

『変じゃねーし。そのデッキブラシ加護つきだよ? なんでもぶちのめせる』

「デッキブラシを武器代わりにするのがそもそも間違ってるよ!」


 京は思わず地面に膝をおった。

 小説で読んだ異世界転移ものとだいぶちがう。物語では、序盤から神さまが家を用意してくれ、食べ物を用意してくれ、主人公は便利で強いスキルがあって、魔力もスキルもふつうの人より多く持っていた。それが家無し、食べ物無し、魔力も無し。京にはハードが過ぎた。


 ペラッ。


『最初っからなんでも用意してもらってたら面白くないでしょ。オレが』

「いや、あんたがかよ。わたしにだって、異世界を楽しむ権利くらいあるじゃんッ……」

『職業エンターテイナーだから仕方ないね』

「それ! エンターテイナーってなに!?」


 京はエンターテイナーとかいうジョブをはじめて見た。マジシャンとかなら見たことあるけど、エンターテイナーって何なの? なにをする職業なんだこれは。彼女にはエンターテイナーがなにもわからない。


 ペラッ。


『エンターテイナーはね、ただその世界で生きてくれさえすればいい職業だよ』


 ペラッ。


『オレを楽しませる為の職業。それがエンターテイナー。小鳥ちゃんが、この世界で唯一のエンターテイナーだよ』

(この世界で唯一の……)

『勇者もたった一人にしか与えられない職業だから、勇者とほぼ同じだね』

「いやそれは全然ちがう。勇者とエンターテイナーとか、天と地ほどの違いだろ。いい加減にしろ」


 ペラッ。


『はい、ボーナス助言タイム終わり〜』

「エッ」


 ペラッ。


『ま、簡単に死なないようにね。オレは不幸な子が一生懸命、四苦八苦して生きてるのを眺めるのが好きだからさ。せいぜいおもしれー女でいてよ、不幸で幸福な小鳥ちゃん』

「ちょ、ちょっとまって、ぜんぜん助言してないし! せめて人間の街がどっち方面にあるかだけでも教えて!」


 京の絶叫は神さまに届かなかった。それ以降、紙がおちてくることがなくなってしまったのだ。

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