#86 馬鹿正直なのも考え物




 騒いでいても宿題は片付かないので、俺は無言で立ち上がって窓を開け放ち、部屋の換気を始めた。



 ヒンヤリとした新鮮な空気が室内に流れ込んでくると、3人の女の子たち(動揺してるアリサ先輩、怒ってるアンナちゃん、トリップしてるアズサさん)に冷静になって貰う為に、苦言を呈した。



「みんな、騒いでばかりいないで、勉強しようぜ」


「っていうか!オナラの犯人、マゴイチくんしか居ないじゃん!」


「やっぱりそうですよね!そうじゃないかって思いました!私!マゴイチくんのオナラ、嗅ぎ分ける自信ありますから!」


「そ、そうよね。私じゃないわよ。ええ、私じゃ」


 アンナちゃんとアズサさんの反応はいつも通りだが、アリサ先輩は何故かまだ動揺している・・・まさかアナタもか!?



 アンナちゃんとアズサさんは気づいていないが、俺の中で疑惑を残したまま、勉強が再開された。


 俺とアンナちゃんとアズサさんの1年生3人は黙々と宿題に取り組み、アリサ先輩は3年生で受験も終わっているので宿題は無く、珍しくメガネを掛けて何やらスマホで調べものをしながら、たまに俺たちの勉強も見てくれていた。


 各自、ちょこちょこ自由に休憩を挟みながら勉強を続け、お昼になったので「昼飯作ってくるよ。みんなスパゲティでいい?」と俺が立ち上がると、アリサ先輩も「私も手伝うわ。出来たら呼ぶから二人は休んでて頂戴」と言ってアリサ先輩も手伝ってくれることになった。



 台所で二人になってから、俺はアリサ先輩に確かめることにした。


「アリサちゃん。さっきのオナラ騒ぎだけど・・・」


 俺は過去の失敗から、恋人には自分の気持ちを隠さず正直に伝える必要性を学んだ。

 だから、疑問を感じた時は、確認するべきだと判断した。


「うん・・・私、生理の初日はお腹の調子崩しやすいの」


「そうでしたか。 でも大丈夫です。あの二人は俺が犯人だと思ってますから」


「ごめんね、マゴイチ。私のせいで犯人にしちゃって」


「いえ、大丈夫ですよ。アリサちゃんの為だったら、俺、いくらでもドロ被りますから」


「マゴイチ・・・ありがとう。大好きよ」


 アリサ先輩は俺に抱き着き、静かにそう囁いた。


 そんなアリサ先輩を抱きしめ返し、頭を撫でながら俺は話を続けた。


「因みにですが、あの時、俺、マジでオナラしてますから。 むしろ、意図的且つ計画的にコタツの中のアンナちゃんに向けてオナラしたんですよ。 だから、アリサちゃんが気に病むことなんて何1つ無いんです」


「ん?ちょっと待って頂戴。 本当にマゴイチが犯人だっていうの?」


「ええ、俺がオナラしました」



 過去の失敗から学んでいる俺は、恋人には隠し事もしない。

 だから自分の犯行であることも正直にアリサ先輩に伝えた。


 しかし、アリサ先輩の反応は俺が考えていたものとは違い、俺の言葉を聞いた途端、抱き着いていた俺の体からサッと離れると、俺の首に右腕を回して引っ掛ける様に下げ、頭を脇に抱えヘッドロックを決めて、「道理でオカシイと思ったのよ!確かにお腹の調子は悪かったけどガス漏れはしてなかったハズなのに!もう少しで無実の罪を自供するところだったじゃないの!」と怒られた。




 ◇




 お昼ご飯を食べて、午後も勉強を続けたが、アンナちゃんの集中が切れて、「疲れた。もう勉強したくない」と言い出すと、俺たちも集中が切れてしまい、今日の勉強は終了することになった。


「んじゃ、飲み物のお代わり用意して来るよ」と言って、台所の冷蔵庫からファンタオレンジのペットボトルを取り出して部屋に戻ると、コタツが撤去されてて、アリサ先輩とアズサさんが掛け声を出しながらスクワットを繰り返していた。



「こんな日でもトレーニングするんです?」


「ええ!昨日お風呂でひっくり返っちゃったでしょ! 体幹をもっと鍛えようと思っててね! アズサ!遅れてるわよ!もっとペース上げて!」


「ハイ!」


 生理でお腹の調子悪いとか言ってたのに、元気だな。



 二人とは別に、アンナちゃんはベッドに寝転がって漫画を読んでいたので、俺もベッドに腰掛けて声を掛けてみた。


「アンナちゃんもやったら?アリサ先輩みたいに下半身引き締まるよ?」


「いーのいーの、アンナはこれくらいがちょーどいーの」


 確かに、アンナちゃんのプニプニしている生足は、結構好きだ。



「んじゃ、俺もゴロゴロしてよっと」


 俺がそう言うと、アンナちゃんが俺も寝転がれるようにスペースを空けてくれたので、そこに寝転んでスマホを取り出し、『前戯』と入力して検索を開始した。


 アフロのアドバイスの中で指摘があったのを思い出し、年明け誕生日のデートでの童貞卒業チャレンジに向けて、事前に勉強をしておこうと考えていた。


 ネット情報では『性交に先立って、互いの興奮を高めるために行われる行為全般を指す』と書かれていた。

 つまり、手や口を使って相手の敏感な箇所に刺激を与えて、セックスを始める前に心と体を準備させる為のもので、昨日アリサ先輩にして貰ったヌルヌルプレイも前戯と言えるだろう。


 更にどんなプレイがあるのかを確認していく。


 ほほー、コレは聞いたことあるな。

 コレは是非試してみたいな。

 こんなことしたら、アリサ先輩、怒ったりしないかな。

 なるほどなるほど。


 と一人でブツブツ言いながらスマホと睨めっこしていると、横で漫画を読んでいたはずのアンナちゃんがいつの間にか俺のスマホを覗き込んでいた。


「何見てるの?」


「えーっと、前戯?」


「ゼンギってなに?」


「セックスする前にやる準備運動みたいなもの? 手とか口でお互い気持ち良くしてあげるプレイ」


「へー、アンナにも見せて」


「え? アンナちゃんも興味あるの?」


「そりゃーあるよ、年頃の女の子だもん」


「そうなんだ。じゃあ一緒に見ようか」


「うんうん」



 で、ひたすらトレーニングを続けるアリサ先輩とアズサさんを他所に、俺とアンナちゃんは二人で色々な動画を漁って見始める。



 俺は真面目に勉強する目的で見ているので、邪な気持ちなど無く「へー」とか「なるほどー」とか言いながらピュアな気持ちで勉強していたのだが、アンナちゃんは先ほどから黙り込んでいるのでチラリと見ると、両手で鼻と口を押えながら眼をギンギンにさせて動画を凝視していた。


 さてはこの女、オナネタにするつもりだな?と思ったけど、集中しているのを邪魔しちゃ悪いと思い、黙っておくことにした。


 しばらく、アレもコレもと色々な動画を見ていると、男女がディープキスを延々に続けているシーンになった。


 俺はアリサ先輩とのキスを思い浮かべ、「確かにデロデログチョグチョのキスをしているとすげぇ興奮するよな」と感心していると、視界の端で横に居るアンナちゃんが動いているのが気になり、アンナちゃんに視線を向けた。


 アンナちゃんは、動画のディープキスを見つめながら、自分の舌を動画の中の男女と同じようにレロレログチュグチュと動かしていた。 多分、無意識に動いているのだろう。


 そういえば、アンナちゃんって処女だけどキスの経験はあるんだよな。


 俺が把握しているだけでも、小6の時の間男と今年にアリサ先輩と。アリサ先輩とは通算2回してるし。


 ちょっと待てよ?

 ってことは、アリサ先輩とキスしてる俺は、アンナちゃんと間接的にキスしてると言うことになるのか。


 アニメやラノベでは、缶ジュースとかコップなどの関節キスでドキドキするシーンが定番として描かれているが、俺たちの場合は、西高イチの美人で元生徒会長のアリサ先輩が間接キスの媒介と言うことになる。


 缶ジュースに比べたら、なんて贅沢な話なんだろう。

 っていうか、むしろ俺の場合は、本命がアリサ先輩で、アンナちゃんは勝手に付いてきた付録みたいなものだな。


 そう思うと、ちょっと可笑しくて、アンナちゃんにその話をしたくなった。



「そういえば、アンナちゃんてアリサ先輩とキスしたことがあるから、俺とも関節キスしたことになるね。 そう考えると、ちょっと笑える」


「ひゃ!? 関節キス???え?アンナとマゴイチくんが???」


「うん。アンナちゃんとアリサ先輩、そこの公園でアフロに後ろから押されて2回もキスしてたじゃん。 だから、アリサ先輩とキスしまくってる俺は、間接的にアンナちゃんともキスしたことになるんじゃない?」


「そういえば・・・って、それって関節キスって言わなくない?」


「そう?アリサ先輩を缶ジュースだと思えば」


 俺とアンナちゃんが、アリサ先輩が間接キスの媒介として成り立つかどうかを話し合っていると、トレーニングしていたアリサ先輩とアズサさんが話に割って入って来た。



「ちょっと待ちなさい!あれはカウントに入らないわよ!」


「私だけ除け者じゃないですか! アリサ先輩、私とキスして下さい!」


「あ・・・今更気づいたけど、アリサ先輩のファーストキスって、俺じゃなくてアンナちゃんってことになるのか・・・」


「戸田っち!なんか間違ってるよ! なんで直接マゴイチくんじゃなくてアリサで関節キスしたがるの!」







 本日の教訓。


 正直な気持ちや考えなど、何でもかんでも馬鹿正直に相手に伝えるのは時として不幸を呼ぶ。

 ホドホドにしておかないと、意図せずお互いにキズが残る。

 正直なのは大切なことだとは思うが、時と場合を選ぶ必要があるのだろう。

 その時と場合を読み取る感覚が、俺の場合はどうもズレてしまっている気もするが。



 


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