#74 叶えたい想い
ギャラリーの人込みを掻き分けながら姿を見せたアンナちゃんは、家庭科室から出て行ったはずのアカネさんの腕を掴んで連れてきており、まるでココまで走って来たかの様に息を切らしていた。
「アンナ!今大事な時なの!邪魔しないで!」
「アリサは黙ってて! お願いだから・・・お願いだから、アリサもマゴイチくんも、アンナの話を聞いて・・・」
アリサ先輩に怒鳴り返した後、アンナちゃんは悲痛な表情で俺とアリサ先輩へ頭を下げた。
アリサ先輩はいつもと違う様子のアンナちゃんに戸惑った表情をしながらも「分かったわ。話を聞くわ」と返事をした。
アンナちゃんが何を始めようとしているか分からなかったが、俺も「ちゃんと聞くよ」と返事をした。
アリサ先輩と俺の返事を聞くとアンナちゃんは頭を上げて、「戸田っちもコッチ来て」とアズサさんを呼んだ。
アリサ先輩と俺が並んで立ち、俺たちと向かい合う様にアンナちゃんを真ん中に左右にアズサさんとアカネさんが並んでいる。
アズサさんも今から何が始まるのか分からないのか、不安の表情だ。
アカネさんは、無理矢理ここまで連れてこられたのか不満そうな表情で、俺たちとは目を合わせないように横を向いている。
そして、真剣な表情のアンナちゃんは俺を真っすぐに見つめながら、ゆっくりと話し始めた。
「マゴイチくん、アリサのこと、また振ろうとしてるでしょ?」
「いや・・・それは」
虚を突く様に自分の考えていたことを指摘され、思いっきり動揺を見せてしまう。
「アンナだってアリサに負けないくらいマゴイチくんのこと、傍でずっと見て来たから分かるよ。 本当はマゴイチくんだってアリサのこと、好きなんでしょ? でも、過去のことで踏み出せなくなってるんでしょ? また浮気されると思って怖いんでしょ?」
アンナちゃんの言葉を聞いたアリサ先輩や料理部の面々とギャラリーみんなが、俺の顔を見ている。
アンナちゃんに言われた言葉に動揺してしまった上に、みんなの視線が痛くて、俺は返事が出来ずに下を向いてしまった。
「アンナ、マゴイチくんと仲直り出来て凄く嬉しかった。 昔、酷い事して傷つけたのに、許して貰えて付き合ってた頃よりも仲良くなれて、悩み事とか相談とかいつもアンナを頼ってくれるのが本当に嬉しかった。 でもアンナ、バカだから大事なことに全然気づけてなかったよ。 マゴイチくん、アンナのこと許してくれててもマゴイチくん自身のキズはずっと残ってたんだよね? キズついたまま、アンナや戸田っちと仲良くしてくれてたんだよね?」
俺は下を向いたまま、アンナちゃんの問いかけに何も答えられない。
視線の先では、テンザンが振り向いて俺を心配そうに見つめていた。
「いっぱい我慢してアンナたちを許してくれてたんだよね? アンナは、そんな優しいマゴイチくんのことが、大好き。 本当に大好き・・・でも、アンナじゃマゴイチくんのキズを癒すことが出来ないのも分かってるの。 戸田っちだって同じ。勿論、柏木アカネだって。アンナたちはそれくらい酷いことしてマゴイチくんのことをいっぱいキズつけたんだって、本当の意味で、最近ようやく気付くことが出来たの。 先週、マゴイチくんちで二人で沢山お喋りしたでしょ? あの時、アリサと付き合わない理由聞いたらはぐらかされて、それでようやく気付けたの。 アンナや他の元カノみんなのせいで、マゴイチくんは今でもキズついてて、アリサに対して一歩が踏み出せなくなってるんじゃないかって」
「それは違うよ・・・」
俺が顔を上げて否定しようとすると、アンナちゃんはすぐさま言葉を続けた。
「違わないよ! マゴイチくん、またそうやってアンナに優しくして自分は我慢しようとしてるじゃん!アンナも戸田っちも柏木アカネもアクア先輩って人も、みんなマゴイチくんを傷つけた酷い人間なの!それはアンナたちが心が弱くて甘ったれててバカだからなの! でも、女の子みんながそうじゃないの! ちゃんとマゴイチくんだけを見て、マゴイチくんの信頼を裏切らない女の子だって居るの! アリサはマゴイチくんを裏切らないよ!アリサとならマゴイチくんは幸せになれるよ! こんなにもマゴイチくんのコトしか頭にない女、他に居ないよ!?」
必死に訴えるアンナちゃんの迫力に押され、何も言い返すことができない。
アリサ先輩も同じ様に目を見開いて、口を開くが言葉が出てこない様だ。
「マゴイチくんに一番ふさわしいのはアリサだよ。マゴイチくんだって、分かってるでしょ?マゴイチくんだってアリサのこと、好きなんでしょ? アリサのこと見惚れてる時のマゴイチくん、間抜けなくらいだらしなくて緩んだ顔してるんだよ?好きなのバレバレなんだよ?」
アンナちゃんの指摘を聞いて、アリサ先輩がゆっくりと俺の方を向いて、目が合い見つめ合う。
先ほどの試合の後にアリサ先輩を見て感じた衝撃。今思えば、アレは『俺はこの人のことが本当に好きなんだ』と今更気が付いた衝撃だったんだ。
つまり、俺は既にアリサ先輩に『恋』していたんだ。
きっと、コレが俺にとっての本当の『初恋』なんだと思う。
「それ!その表情!めっちゃ二人だけの世界に入っちゃってるじゃん!もう二人の間に誰も入ること出来ないじゃん! そんだけ惹かれ合ってるなら付き合いなよ! もし、まだアリサのことが信用出来ないってゆーなら、アンナがアリサのこと見張ってるから!アリサがマゴイチくんのこと不安にさせるようなことしたら、アンナがアリサをぶっ飛ばすから! だから、アンナたちバカな元カノのこと切り離して、アリサのこと考えてよ、お願いだから!」
アンナちゃんはそう言ってから、「ほら戸田っちも!柏木アカネ!アンタも頭下げて! 本当だったら二人ともとっくに付き合ってても可笑しくないくらいなのに、私たちのせいでごめん」と言って、二人の首根っこ捕まえて3人揃って俺とアリサ先輩に向かって頭を下げた。
大勢の生徒達が集まっている家庭科室が静寂に包まれる。
みんな、アンナちゃんの言葉に耳を傾け、そして俺の反応を待っているのだろう。
過去にアンナちゃんを始め、何人もの可愛い子、魅力的な子と付き合ったが、アクセサリー感覚だったり、浮気しそうにない人を条件で選んだりで、恋とは言えない付き合いだったと思う。
そうなんだ、『可愛い子は浮気する』と言って、可愛くない子を選ぶというのは、彼女を作ることは出来ても、それが恋にはならないんだ。
目の前で俺を見つめるアリサ先輩。
俺はまだ裏切られることを恐れているのか?
いや、それだけじゃない。
初めての恋だと自覚して、ビビってるんだ。
アリサ先輩のことを、好きだと自覚してしまったからこそ、怖いんだ。
「俺は・・・アリサ先輩のことが・・・」
アンナちゃんがココまで必死に頑張ってくれたのに、俺はまだ一歩が踏み出せず、言葉が出てこない。 自分の不甲斐なさが心底嫌になる。
しかし、情けない俺を嘲笑うかのように、アリサ先輩はポニーテールにしてたヘアゴムを取って髪を降ろすと、高らかに宣言した。
「決めた! マゴイチ!私のこの先の人生、全部アナタにあげるわ!結婚しましょう!」
『ええええええ!!!???』
アリサ先輩の突然の宣言に、家庭科室に居た俺以外の全員が一斉に驚きと戸惑いの声をあげた。 きっとみんなは「突然なに言い出してんだこの人は?」と思ってるのだろう。
だけど、俺にはアリサ先輩の考えてることが分かってしまった。
アリサ先輩は、頭良いくせにいつも言葉が少し足りない。
頭の中で沢山考えてても過程をぶっ飛ばして直情的に結論だけを端的に言うから、相手には本当に言いたかったことが伝わらないことが多い。
アリサ先輩の宣言は、今のアリサ先輩が俺に対して出来る最大級の誠意なんだ。
俺の信頼を勝ち取るのに、残りの人生を全て俺に捧げるだけの覚悟があると言いたいんだ。
コレ程の誠意と覚悟を見せられては、不甲斐ない俺にだって覚悟が決まる。
もう、俺の答えは1つしかない。
「アリサ先輩・・・いや、アリサちゃん、ありがとうございます。 いつでも格好いいアリサちゃんは俺の憧れのヒーローでした。俺もずっと傍に居たいです。俺と結婚してください」
俺は生れて初めて、自分から告白をした。
「勿論喜んでOKよ!」
「いや、マゴイチまだ15じゃん。結婚無理じゃね?」
ようやく決心した俺の初告白に、アリサ先輩は迷わず即答でOKしてくれたが、空気読まずにちゃちゃを入れたのは、アフロだった。
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