#73 勝利の栄光を君に




 アリサ先輩は試合開始を静かに待っていた。

 その表情は、普段の俺と居る時の様な緩んだものとは違い、眉間に力を込めているような少し硬さが見受けられる。 緊張とは違う、気合なのか力みなのかは分からないが、いつもはスポーツや勝負事では余裕を見せるアリサ先輩でも、真剣勝負を前にして普段とは違う心境なのかもしれない。


 そんなアリサ先輩の様子を見つめる俺の脳内では、クイーンの「 We Will Rock You 」が流れていた。




「青コ~ナ~、段田~にし~こ~こ~料理部~じき~ぶちょ~、ムラタ~アク~ア~!」


 部長の選手紹介に合わせて中央の調理机の前に立つアクア先輩。

 その表情は、真剣そのものだ。

 前髪伸びて、良かったですね、アクア先輩。



「赤コ~ナ~、段田~にし~こ~こ~もと~せいと~かいちょ~、ユ~キ~アリ~サ~!」


 部長の選手紹介に合わせてイスから立ち上がり、ゆっくりと歩いて中央の調理机の前に立つアリサ先輩。

 肩に羽織っていたジャージの左肩を右手で掴んでからバサッ!と脱ぎ放ち、そのまま放り投げる寸前で思い直したかのように両手で持ち直して机の上で丁寧に畳み、アズサさんを呼んで「汚すんじゃないわよ」と大事そうに手渡した。



「えー、ココで最終決戦を前に、両者に意気込みを聞きたいと思います! まずは挑戦者!料理部代表村田アクア選手! 今の心境を言葉にするとどんな感じでしょーか?」


 部長はそう言ってからマイク代わりのお玉をアクア先輩に向けた。


「マゴイチちゃん!ママの闘う姿を見ててね!ママ、ガンバルからね!」


 え?俺?


 周りに居るギャラリーが一斉に超合体モードの俺に視線を向けてくる。

 いきなり注目されたことにビックリしたのか、それともアクア先輩の言葉に何かを感じたのか、俺の代わりにテンザンが「わん!」と返事をした。



「アクア選手!気合十分の様です! 続きまして~、西高創立以来最強の生徒会長と名高い絶対的王者、優木アリサ選手! 挑戦者のアクア選手に対して何かありますか?」


 部長がそう言ってからマイク代わりのお玉をアリサ先輩に向けると、アリサ先輩はマイク代わりのお玉を部長から奪い取り、マイクパフォーマンスを始めた。


「あのロンパースはアナタが作ったのよね?」と静かな口調で質問すると、アクア先輩の返事を待たずに「マゴイチにピンクは似合わないのヨ!!!そんなことも分からない女が元カノ名乗ってんじゃねーぞ!!!」と早口で怒鳴り、マイク代わりのお玉を頭上に掲げた後、床に叩きつけた。


 部長からお玉奪い取った時点で「床に叩きつけるだろうな」と思ってたら、案の定叩きつけた。


 そして、アリサ先輩に怒鳴られたアクア先輩は今にも沸騰しそうな程に顔を真っ赤にして、普段なら絶対に見せない様な怒りに打ち震えた表情を見せている。


 

 レフリーの部長に「どうどう」と宥められたアクア先輩がイスに座らされると、アリサ先輩もイスに座り、腕まくりした右腕の肘を机に付け、アクア先輩に向けて人差し指でちょいちょいと更に挑発した。


 もう我慢できない!とばかりに立ち上がろうとするアクア先輩を料理部の面々が慌てて押さえつけて「落ち着いて!」とか「挑発に乗ったらダメだよ!」とか声を掛けている。



 流石アリサ先輩だ。

 普段から小姑の様にアンナちゃんやアズサさんをイビリ倒す姿を何度も見て来たが、相手を怒らせるのが本当に上手い。 ファイターとしての身体能力や格闘術だけでなく、勝負師としての駆け引きも一級品だ。



「それでは両者、右手を組んで!」


 二人が右手で組むと、部長が両手でその組んだ手を包み込み、二人に対して「準備OK?」とアイコンタクトで確認する。



 二人が同時に頷くと、部長が声を張る。


「レディ・・・ゴー!」



「ママァァパワァァァァ!!!」

「・・・」



 アクア先輩はこれまでの試合と同じように全力スタートダッシュを掛けた。


 だが、アリサ先輩は腕をプルプルさせてはいるが押し負けることなく、そして眉1つ動かさずに澄ました表情だ。


「ぐぬぬぬぬぬぬ」

「・・・」


「ぐぬぬぬぬぬぬ」

「・・・」


 どれだけ力で押そうともビクともせず、全力が維持できなくなったアクア先輩は一瞬だけ息を吐いた。


 その瞬間を見逃さず、アリサ先輩は「ふんぬ!」と一振りでアクア先輩の右腕を一気に沈めた。



 カン!カン!カン!カン!カン!カン!

「勝者!優木アリサ!!!」


 レフリー兼司会者の部長が、お玉で中華鍋をカンカン叩きながら勝者を讃える宣言をすると、大勢のギャラリーから歓声が一斉に沸き上がる。

 

 アリサ先輩はゆっくりと立ち上がると、俺の方を向いた。

 休憩から戻ってきて初めてアリサ先輩と視線が合う。


 試合が終わった直後でも息一つ乱していないアリサ先輩は、ゆっくりとした動作で右手を上げると人差し指を俺に向けて真っすぐに指した。

 アリサ先輩は、この勝利を俺に・・・


 俺の脳内では、クイーンの「 We Are The Champions 」が流れていた。


 俺の代わりにテンザンが「わん!」と応えると、アリサ先輩の表情が柔らかな笑顔に崩れ、ゆっくりと口を動かした。

 歓声に紛れて声は聞こえなかったが、その口は「お・か・え・り」と動いていた。


 その瞬間、脳みそに電撃が直撃したかのような衝撃が走った。


 凛々しい、恰好いい、勇ましい、美しい、可愛い、愛おしい


 思いつく限りの言葉を思い浮かべたけど、どれにも当てはまらない様な全てが当てはまる様な、よく分からないけど、兎に角、息をするのも瞬きするのも忘れるほど、アリサ先輩から眼が離せなかった。

 

 アリサ先輩が俺と初めて会った時の事を『背筋がゾクゾクっとして息が止まるような感覚』と言ってたけど、こんな感じだったのだろうか。 今まで綺麗な人や可愛い子は沢山見て来たし、アリサ先輩とだって長い時間一緒に居たけど、こんな感覚は生れて初めての体験だった。




 俺とアリサ先輩が見つめ合ったままいると、アズサさんがアリサ先輩に駆け寄り俺のジャージを広げて肩に掛けた。 アリサ先輩はジャージの袖を通してからファスナーを首まで上げると、今度は他のギャラリーに向かって両手を上げて歓声に応えた。


 流石アリサ先輩、西高での人気は絶大だ。

 笑顔で手を振るだけでギャラリーが大盛り上がりだ。



 ようやく正気に戻れた俺が他のギャラリーと一緒に拍手でアリサ先輩の勝利を讃えていると、いつの間にか料理部1年の笹山さんと長山さんが俺を挟むように両脇に立っていて、「アクア先輩、おしかったね~」「優木先輩、凄かったね!」と俺に声を掛けて来た。


「ああ、アクア先輩の本気を初めて見たけど、アリサ先輩はそれよりも遥かに上だったね」


 3人で試合の感想を話し合っていると、部長が表彰式開始のアナウンスをした。


「え~、それでは表彰式に移りたいと思います! 勝者の優木さんは黒板の前へ! それと、プレゼンターのマゴイチくんは、コチラに来てください!」


 え?俺?


 突然呼ばれてビックリしていると、両脇に立つ笹山さんと長山さんが俺の左右の腕をホールドして、ギャラリーの人込みの中から強引に引っ張り出した。


 両脇を抱えられたまま部長の所まで連れていかれると、可愛らしくラッピングされた大きい袋を手渡されて、「優勝賞品ね。私が合図したら優木さんの前まで行って、手渡してくれる?」と言われ、「はぁ、分かりました」とよく分からないまま了承した。



「静粛に!みなさん静粛に! それでは表彰式を始めます!  料理部主催、西尾マゴイチ杯、初代王者に輝いたのは・・・段田西高校!優木アリサァァァ!!!」


「え?西尾マゴイチ杯???ナニそれ?」


 俺の戸惑いを他所にギャラリーからは大歓声が再び沸き上がり、アリサ先輩はサッカー選手がゴールを決めた後の様に着込んでいる俺のジャージの左胸の名札を左手で掴んで引っ張り名札に口づけをしてから、ギャラリーの声援に応える様に両手を上げて振った。


「それでは贈呈式に移ります! 優勝の副賞は料理部手作り焼き菓子詰め合わせセット!プレゼンターは勿論この人!段田西高校料理部所属!西尾マゴイチィィィ!!!」


 再びギャラリーの歓声が盛り上がる中、超合体モードのままアリサ先輩の前まで行き、向き合う様にして立つ。


「優勝、おめでとうございます。 すげぇ恰好良かったっす」

「わん!」


「ありがとう、マゴイチ。それとテンザンもね」うふふ

「わん!」


 短い言葉のやり取りをしながら賞品を手渡し、役目が終わったので下がろうとすると、「プレゼンターのマゴイチくんは、そのまま待機して下さい!」と部長が大声で言うので、まだ何かあるのか?と思いつつも、言われた通りにアリサ先輩と向き合ったまま待機した。



「それでは本日のメインイベント!!!」


 んん?

 腕相撲がメインイベントじゃないのか???


「元カノ決戦を勝ち抜いたNo1元カノを完膚なきまでに下した王者優木さんによる!こーくはーくタ~イム!!!」


 西尾マゴイチ杯っていうのはそういうコトだったのかよ!?


「おいチョット待て!聞いてないぞ!!!」

「マゴイチ!!!」


 事前に何も聞いていない俺が抗議しようと声を上げると、それに被せるようにアリサ先輩が俺の名前を叫んだ。


「あ、はい」


 余りの声の力強さに、抗議を忘れて条件反射で返事をする俺。

 アリサ先輩に向き直ると、最終決戦前よりも堅く緊張した面持ちで俺を真っすぐに見つめていた。


 アリサ先輩は、息を整える様に唾を飲み込む仕草をすると、「ふぅ」と一息吐いてから話し始めた。


「今年の4月に初めて出会った瞬間から、ずっとマゴイチのことを追いかけてきました。 マゴイチと過ごしてきたこれまでの沢山の時間は凄く楽しくて、幸せでした。どうか、これからもずっと私の傍に居て下さい。 1度フラれてるけど、もう1度告白します! 私の彼氏になって下さい!」



 こんな衆人環視の中で、なんてこった・・・

 いつも助けてくれたアリサ先輩のことは凄く感謝してるし、先輩として、そして女性として尊敬しているし憧れもある。

 今の俺にとって、もっとも信頼している人だと言っても過言でない程に、大切な人だ。

 特に最近は、アリサ先輩が高校を卒業してしまうことに寂しさや焦燥感を感じることも度々あったし、正直に言えば、絶対的真理に拘るのを止めて、アリサ先輩の好意を受け入れるべきじゃないかと悩むことも増えていた。


 だがしかし、その悩みには未だ結論は出ていないし、こんなに大勢の前で告白されてしまっては、気持ちが固まっていない俺には、もう断るしか選択肢が無いじゃないか・・・。


 初めて出会った入学式の時とは今の俺たち二人の関係は違う。

 こんな大勢の前で大切な人に残酷な言葉を告げるなんて、コレこそ本当に悪夢の様な仕打ちだ。

 どうしてこんなことに・・・やはり先ほど逃げ出して休憩に行ったのがまずかったのだろうか・・・。

 弱い自分が招いた結果だと言うのなら、俺はどんなに非難を浴びようとも、言うべきなんだろうか・・・。



「アリサ先輩・・・俺・・・」


「ちょっと待ったぁぁぁぁ!!!」


 俺が苦悶の表情で言葉を振り絞って吐き出そうとすると、ギャラリーの中から待ったを掛ける声が上がった。


 声の主は、いつの間にか姿を見なくなっていたアンナちゃんだった。




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