#72 元カノたちの負けられない闘い



「レディ・・・ゴー!」



「ママァァパワァァァァ!!!」

「ぐぬぬぬぬ」


 レフリーである料理部部長の掛け声でアンナちゃんとアクア先輩が同時に右腕に全力を込めるが、アクア先輩は一瞬でアンナちゃんの右手を沈め、アンナちゃんは瞬殺された。

 それにしてもアクア先輩の掛け声。覚醒でもしたと言うのだろうか。


「勝者!村田アクア!」


 直ぐに立ち上がり余裕の表情で下がるアクア先輩とは対照的に、右腕が痛むのか左手で右上腕を押さえながら悔しさを滲ませるアンナちゃん。

 レフリーである部長に促されてゆっくり立ち上がりのろのろと歩いて下がったアンナちゃんに、アリサ先輩が肩に手を置き小声で何かを囁いた。

 何か労いの言葉でも掛けたのだろうか。アンナちゃんもアリサ先輩に対して頷きながら小声で何かを囁いている。


 普段は仲の良くない二人のシリアスな表情でのやり取りに気を取られてしまったが、一体何がどうしてこんな状況になったのか?が分からず、状況把握しようと家庭科室内をキョロキョロ見渡すと、黒板にはトーナメント戦による対戦表が白いチョークで書かれており、料理部の3年の先輩がアクア先輩の名前の上の線を赤いチョークでなぞっていた。


 対戦表には、今対戦したアンナちゃんとアクア先輩の名前の他に、アズサさんとアカネさんの組み合わせも書かれており、次の試合がこの二人の様だ。 そして、アリサ先輩はシード枠の様で、4人の中で勝ち残った勝者と対戦するらしい。



 レフリーを務めている料理部3年の部長は司会者も兼任しているらしく、お玉をマイクの様に持って、次の試合の選手紹介を始めた。


「青コ~ナ~、段田~にし~こ~こ~1ね~ん3くみ~、カシワギ~アカ~ネ~!」


 部長の選手紹介に合わせて、アカネさんが中央の調理机の前に立つ。

 笑顔でギャラリーに手を振るその表情からは余裕が伺える。



「赤コ~ナ~、段田~女子~がくえ~ん1ね~ん4くみ~、トダ~アズ~サ~!」


 同じく部長の選手紹介に合わせて、アズサさんが中央の調理机の前に立つ。

 その表情は今にも泣き出しそうで、勝負を前にして既に負けている様に見える。


「アズサ!気合入れろ!負けたらスクワット500だからね!」


 鬼軍曹のアリサ先輩から激が飛ぶも、アズサさんの表情は変わらない。




 両者、机を挟んで向かい合って座り、右腕を組む。

 レフリーの部長が両手でその組んだ手を包み込み、二人に対して「準備OK?」とアイコンタクトで確認する。


「レディ・・・ゴー!」


「おりゃ!」

「ひぃぃぃ」


 部長の掛け声でアズサさんとアカネさんが同時に右腕に力を込める。

 両者のパワーが拮抗しており、組んだ手が中央から動かない。

 二人の表情が徐々に赤くなり、目つきも血走り始める。


 緊迫する勝負の最中、アンナちゃんが叫んだ。


「戸田っち!負けたらチビデブブサイク呼んでくるよ!」


 するとアズサさんは発狂したかの様に泣き叫んだ。


「チビデブはもういやぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 そして一気にアカネさんの右腕を沈める。



「勝者!戸田アズサ!」


 アズサさん不利の下馬評を覆しての勝利に、ギャラリーがどよめく。


 勝利したアズサさんは泣き顔のまま立ち上がりアリサ先輩の元へ下がると、アリサ先輩から「よくやったアズサ!」と褒められるが、相変わらず「ウデいだいでずぅ。もうやりだぐないでずぅ」とグズっていた。



 負けた方のアカネさんは、歪ませた表情でスタっと立ち上がると誰とも目を合わせずに家庭科室から出て行った。




「続きまして~!元カノ枠決勝戦~!」


 ここに来てテンションが上がりまくりでノリノリの部長が次の試合を宣言。



「青コ~ナ~、段田~にし~こ~こ~2ね~ん6くみ~、ムラタ~アク~ア~!」


 部長の選手紹介に合わせて中央の調理机の前に立つアクア先輩。

 以前の女神の様な優しい表情とは違い、気合の入った表情で鼻息も「フンガフンガ」と聞こえてきそうな程に荒い。

 その表情を見ていると、夏休み明けに見たオモシロ金太郎ヘアを何故だか思い出す。



「赤コ~ナ~、段田~女子~がくえ~ん1ね~ん4くみ~、トダ~アズ~サ~!」


 同じく部長の選手紹介に合わせて、アズサさんが中央の調理机の前に立つが、相変わらず泣きべそかいててグズっている。


 そもそも、そんなに嫌なら何故ココに来たのか謎であるが、恐らくはポンコツが故に巻き込まれたのだろう。

 アフロみたいにサッサと逃げれば良い物を。




 両者、机を挟んで向かい合って座り、右腕を組む。

 レフリーの部長が両手でその組んだ手を包み込み、二人に対して「準備OK?」とアイコンタクトで確認する。



「レディ・・・ゴー!」


「ママァァパワァァァァ!!!」

「ムリデスゥゥゥ」


 部長の掛け声でアクア先輩とアズサさんが同時に右腕に全力を込める。


 勝負は一瞬だった。

 アクア先輩がアズサさんの腕を光の速さで沈め、アズサさんは瞬殺された。


「勝者!村田アクア!」


 最初から泣き虫モードだったアズサさんを瞬殺するとは、やはりアクア先輩の驚異的パワーは本物だ。『母は強し』と言ったところか。貫禄すら感じる。

「野性のクマでも絞め殺すのではないか?」という俺の見解も、あながち的外れでは無いのではなかろうか。


 一方、退席してアリサ先輩の元に戻ったアズサさんは「いまのででっだいほねおれまぢだぁ」と鼻水垂らしてマジ泣きしながら負傷を訴えているが、鬼軍曹のアリサ先輩からは「ビィビィ泣くんじゃないの!帰ったら腕立て100よ!」と、血も涙もないことを言われている。



「えー、ココで最終決戦を始める前に、5分間の休憩になります。 勝ち残った選手はそのまま待機でお願いしまーす。 ギャラリーの方は、料理部の焼き菓子でもどうぞ~♪ 各種クッキー1袋200円になりまーす」


 部長のアナウンスでおおよその状況が見えて来たぞ。

 俺とアフロが出て行った後、残ったみんなで色々揉めて収拾が付かなくなったのだろう。そこで部外者のハズの銭ゲバ部長が「腕相撲で勝負つけたら?」とか提案して、客集めに利用したに違いない。


 テンザンとの超合体モードのまま大勢のギャラリーに紛れて観戦していた俺がジロリと部長に視線を向けると、俺の視線に気づいた部長は両手を頭の後ろで組んで下手くそな口笛を吹く真似をして惚けている。 他の部員も止めなかったのかよ、と料理部のみんなにもジロリと視線を向けると、部長と同じようにみんな一斉に両手を頭の後ろで組んで下手くそな口笛吹く真似で惚けやがった。

 

 なんで息ピッタシなんだよ。ドコかで練習でもしてたのかよ。


 俺と料理部の面々とで無言のせめぎ合いをしていると、いつの間にか休憩の5分間が終わり、お玉をマイクの様に持った部長が中央の調理机の前に立って最終決戦の宣言をした。



「それでは最終決戦を始めます!」


 最終決戦開始の宣言を聞き、家庭科室の隅に居るアリサ先輩を見ると、いつの間にか髪型をポニーテールに括っており、アズサさんを相手に柔軟体操の真っ最中だった。


 アリサ先輩は柔軟体操を終えるとイスに座り真っ赤なタオルで額の汗を拭い、セーラー服の上から西高ジャージを袖を通さずに肩に羽織った。


 よく見たら左胸の部分に「西尾」と名札が縫い付けられているそのジャージは、先週から貸したままになっていた俺のジャージだった。


 

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