8部 女の闘いスターット!
#70 地獄の家庭科室
段田西高校の学校祭1日目。
料理部の本拠地である家庭科室では、料理部による手作りの焼き菓子の販売をしていた。
俺も料理部の一員として一生懸命に宣伝活動に精を出し、そして今は店頭販売のお手伝いをしていたはずなのだが・・・
元カノである柏木アカネに絡まれ、翻弄され、そして心が闇に捕らわれようとしていた。
アンナちゃんやアズサさんと再会した時は、俺に対して低姿勢で反省している態度だったし、実際に話を聞いてみても反省と後悔の気持ちが伝わって来た。
そんな二人の姿を見てきたからなのか、アカネさんに対しても心のどこかで「きっと後悔と反省で苦しんでいるのだろう」と決めつけていたのかもしれない。
だから、アカネさんの態度には「なぜ俺に対してそんなにも平然としてられるんだ?」と戸惑いと怒りを感じずにはいられない。
そもそも、付き合ってた当時はもっと落ち着いてて、そんなに自分から慣れ慣れしく喋るキャラじゃなかっただろ。
ウインクされたり甘えられたことなんて1度も無かったぞ?
「マジで誰なの?この子」って言いたくなる程にキャラ変わってるぞ?
いや、考えてもみれば、あの当時は俺と付き合いながらも二股してた訳だし、俺の前ではネコ被ってたのか。
つまりは、今のこの態度からして、二股してたことに罪悪感など無く平然として居られる神経の持ち主であり、それが素のアカネさんということなのだろう。
こんな女の考えなど理解出来ないし、一生分かりあえることなど俺には無理だ。
やはり接触するべきでは無かった。
偶然とは言え、気付かずにチラシを渡してココへ来るように声を掛けてしまったのは、一生の不覚、痛恨の極み。
「ねね?どしたのマゴイチく~ん?お腹でも痛くなっちゃったの?」
「いや、放っておいてくれ・・・」
「えーそんな冷たいこと言わなくてもいーじゃん。あ、そだ、一緒にクッキー食べよ?マゴイチくんと一緒に「あーん♡」して食べようと思って2個づつ買ってるし、いーでしょ?いーでしょ?」
「いや、いい・・・」
「いーじゃんいーじゃん、ね?「あーん♡」しよ?」
しつこいアカネさんと目を合わせない様に俯いて右腕で目元を覆ったままあしらっていると、「マゴイチちゃんにナニしてるんですか!!!」と叫び声が聞こえて、驚異的なパワーでドスンとキツク抱きしめられた。
恐れていた母性のモンスターの帰還だ。
だが、恐れてはいたが、既に大事な何かを失ってしまっている俺には母性のモンスターと狂気の元カノとの遭遇によるトラブルを止める気力は1ミリも残っておらず、二人がいがみ合い始めても俺は黒板に向かって一人落ち込んだスタイルを崩さなかった。
「マゴイチちゃん怖かったよね? ママが来たからもう大丈夫だからね?」
「何もしてないし、怖かったとか失礼過ぎじゃね? っていうか、アンタだれ?」
「私は!マゴイチちゃんのママです!」
「いやママって、2年の先輩でしょ? まじウケるんですけど?」
「あ、あああアナタこそダレなんですか!」
「私?私はマゴイチくんの、元カノ?」
「私だってマゴイチちゃんの元カノです!」
「いやママじゃないのかよ。ママ設定ドコいったん?ウケる」
「いーんです!元カノでママなんです!アナタみたいなチャラチャラした子はマゴイチちゃんの教育に良くありません!近寄らないで下さい!」
っていうか、この二人は「元カノ」の定義を正しく理解しているのだろうか?元カノって既に赤の他人だろ?俺とは赤の他人の二人が衆人の中で俺のことで堂々とモメるとか、オカシイだろ。 まぁ、二人ともぶっ飛んだ思考の持ち主だから、俺の認識など通用しないのも分かるが。
学校祭のまっ最中の家庭科室。
本来ならお祭り騒ぎで賑わっているハズだったのに、何故か元カノ同士の修羅場騒ぎで賑わっていた。 そんな中でも既に大事な何かを失ってしまっている俺は、一人落ち込んだスタイルを決め込み、内心では開き直ってこの二人が潰し合う様を被害者の仮面を被って伺っていた。
だがしかし、俺の腹黒い思惑を
そう、自主性モンスター率いる愉快な仲間たちの再登場だ。
「助けに来たわよ!マゴイチ!」
「柏木アカネに絡まれてるって聞いて急いで来たよマゴイチくん!」
「に、西尾くん助けて下さい!優木先輩も安藤さんも凄く怖いんです!」
「クッキーの試食って無いの?」
アリサ先輩達の再登場に、流石に一人落ち込んだスタイルのままでは居られなくなった俺は、静かに顔を上げて振り返る。
そこには、左から順番に、
ポンコツ泣き虫の4代目元カノ
自称幼馴染の初代元カノ
自主性モンスターの元会長
母性のモンスターの5代目元カノ
狂気の2代目元カノ
セクシーブスの幼馴染
と6人の女子が
正に修羅場の中の修羅場、否、地獄。
特筆すべき点は、この中に現在進行形でお付き合いしている彼女など一人も居ないと言うのに、何故だか修羅場となっていることだろう。
まるで元カノ見本市の様な様相に、俺は改めて思う。「俺って色んな子と付き合ってたんだな」と。
客観的に見て今の家庭科室で最重要人物であるハズの俺は、どこか他人事のようで現実味が感じられずに居たが、それは単に目の前で起きていることを脳が受入拒否して、現実逃避しているだけだろう。
料理部の店員に「試食させろ」と絡んでいるアフロ以外の5人の女子が今にも掴み合いの殴り合いでも始めそうな雰囲気に恐怖したシャイでピュアで心清らかな少年の様な心の持ち主である俺は、1つの決断を下した。
ココは一度帰宅して、テンザンの散歩にでも出かけて心を落ち着かせよう。
うん、それがいい。
今の俺にはテンザンのつぶらな眼差しに勝る精神安定剤は無いしな。
よし、帰ろう。
俺はそう決断すると、気配を消す様にモブキャラ男子生徒Aに成りきりヘコヘコ頭を下げながら家庭科室の入り口に向かった。
もう少しで廊下に出られる!
あと3メートル!
2メートル!
1メートル!
自由への扉が今開かれるぞ!
正にそう思った瞬間、背後から右肩を掴まれた。
死ぬほどビクッっとして「ひぃ!ごめんなさい!」と思わず叫ぶと、俺の肩を掴んでいたのはアリサ先輩だった。
逃亡しようとした俺をアリサ先輩は怒ることなく穏やかな表情で「後のことは私とアンナに任せなさい。マゴイチお昼まだなんでしょ?一緒に行ってあげられないけど、ゆっくり休んでおいで」と言って、俺を休憩に送り出そうとしてくれた。
そうだ、アリサ先輩はいつだってそうだった。
野性的な嗅覚で俺のピンチには毎回駆けつけてくれて、そして凹んでいる俺を慰めて傷を癒してくれる。
アリサ先輩の優しさに、既に大事な何かを失っている俺の目頭が熱くなる。
「早く行きなさい。落ち着いたら連絡するからね」
アリサ先輩の言葉を聞き、もう一度みんなの方へ視線を向けると、アンナちゃんと視線が合い、アンナちゃんも無言で頷いてニコリと笑顔を見せてくれた。
既に大事な何かを失ってしまっている俺は、この家庭科室では最重要人物であるにも関わらず、『ココで逃げ出したら男が
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