#69 大事な何かを失ったイケメン




 アカネさんに対して俺の持ってるイメージは、中身は別として見た目では、自分と同じ年齢だとは思えない程落ち着いた雰囲気があって、清楚で理知的でストレートロングの黒髪が似合う美人であり、容姿に似合わぬ豊満な胸の持ち主。

 そして今の俺には中学の頃のイメージしか無く、最近アカネさんの噂を聞いてもあの頃の姿を思い浮かべていた。


 しかし、今しがた偶然遭遇した現在のアカネさんは、確かにおっぱいは大きいままだったが、髪は明るめなブラウンのボブヘアで、スカートは短くしてたし、言葉使いもスカしてどこか生意気そうな態度で、以前の清楚で理知的な雰囲気は微塵も感じられなかった。


 だから直ぐに気付けなかった。

 清楚系ビッチが開き直って、ただのビッチにでもなったというのだろうか。

 あ、でも、近藤君情報では、西高入ってからは彼氏作ってないらしいから、今はビッチという訳では無いのだろうか。


 そんなことを思案していると、視線を感じ無意識にその方向へ視線を向けた。


 視線の先には、アカネさんが先ほどと同じ位置にたたずんでいて、俺の方をじっと見つめ返していた。


「やば、目が思いっきりあっちゃった」と内心焦るが、アカネさんは俺と目があったと分ると、笑顔になって俺に向かって小さく手を振り、先ほど一緒に居たグループの連中を追い駆けて行った。



 なんだ!?今の反応は!?

 どういうことだ???

 俺に向かって笑顔で手を振るって、山倉アヤの情報は本当だったってことなのか?

 いや、今会ったのは偶然だし、俺との復縁を望んでいるということには繋がらないはずだ。

 だが、俺に嫌われているの分かっててあの態度には違和感しかないぞ。

 二股されて裏切られ嫌っている俺に対して、なんであんなに余裕があるんだ???



 アカネさんの変貌ぶりと意味あり気な笑顔に、情けなくも俺は激しく動揺した。


 ダメだ・・・

 このままだとチラシ配りに集中出来ない・・・


 ココは一度帰宅して、テンザンの散歩にでも出かけて心を落ち着かせよう。

 うん、それがいい。

 今の俺にはテンザンのつぶらな眼差しに勝る精神安定剤は無いしな。


 よし、帰ろう。




 全てを投げ出してテンザンに会う為に帰ろうと校門に向かうも、校門に辿り着く前にタイミング悪くやってきたアリサ先輩率いる女子軍団(アリサ先輩、アフロ、アンナちゃん、アズサさん)に捕まり、テンザンとの数時間ぶりの再会を果たすことは叶わなかった。


 因みに4人とも制服姿で、アフロたちダンジョン三馬鹿トリオの3人はダンジョンの制服だ。

 いつも中学ジャージのアフロの制服姿、初めて見たかも。



「さっきから何度もマゴイチに電話してるのに、どうして出ないのよ!」


「いや、一応校内ですからね、スマホはリュックに仕舞って家庭科室に置いたままっすよ」


「そういうことだったのね! またどっかの小娘に粉でも掛けられてるんじゃないかって心配してたんだから」


 アリサ先輩はそう言って俺の右腕に自分の腕を絡ませると「じゃあ行くわよ」と言って俺を連れて行こうとした。


「いやいやいや、俺、料理部の仕事の最中ですって! 周るなら4人で回って下さいよ」


「いやいやいや、マゴイチくん、今普通に帰ろーとしてたじゃん!どー見ても仕事してないじゃん!」


 そう言ってアンナちゃんも俺の空いた反対の左腕に自分の腕を絡ませてきた。


 チッ

 流石幼馴染宣言したばかりのアンナちゃんだぜ。

 目ざといな。



 アリサ先輩とアンナちゃんの厄介な二人が敵に回ってしまったので、ココで見逃して貰うには他に仲間が必要だと思い、アフロは役立たずなのは分かり切っていたので、残っているアズサさんに助けを求めるように視線を向けるも、アズサさんは「先週はゆっくり見れなかったんですけど、今日は西高の中じっくり見れますね!」と目をキラキラさせて憧れの西高にテンション上がってて、俺の気持ちには1ミリも気づいてくれなかった。

 何となく感じてはいたが、アズサさんはポンコツだった。


「ほら!行くわよ! 料理部で何か言われたら私の名前出せば良いのよ」


「だったら一度料理部に寄らせて下さいよ。お昼休憩ってことにするんで許可貰ってきますから」


「仕方ないわね。じゃあこのまま料理部に行って買い物してから周ろっか」


「おっけー」



 先ほどアカネさんとの思わぬ再会で動揺していたが、アリサ先輩たちと偶然遭遇したことで、いつの間にか落ち着きを取り戻した俺は、アリサ先輩たちに引き摺られる様にして家庭科室へ向かった。





 家庭科室へ戻ると沢山のお客さんで賑わってて、「休憩行ってきます」とはとても言える様な状況では無く、アリサ先輩たちには「やっぱり無理そうです。 落ち着いたら連絡するんで、それまでほか周ってて下さい」と断り、販売の手伝いをすることにした。


 アリサ先輩率いる愉快な仲間達が家庭科室から去り、家庭科室前でお客さんの整理の仕事をしていると、しばらくして客足も落ち着き店番を交代で休憩を取ることになった。 午前中はチラシ配りであまり疲れていなかった俺は、一番最後で良いからと断ると、お客さんからの注文を受ける担当に入るように指示を受けた。


 慣れない販売員の仕事にアタフタしながらも何とか接客をしていると、「エプロン似合いますね!」とか「写メ良いですか?」と何度も声を掛けられ、あまりにも続いて毎回断るのに困った俺が部長に助けを求めるように視線を向けると、部長はお客さんに向かって「クッキー購入された方で希望の方は、西尾くんと写メどうぞ~♪」と速攻で俺を売り飛ばしやがった。


 無言で部長に不満を訴えるも、「これも宣伝課課長の仕事だよ!」と言って肩を叩かれ、俺は失意のまま赤ちゃんバンダになりきることにした。



 家庭科室の黒板には『料理部の焼き菓子販売中♪』と大きく書かれていたのだが、そこに『1年8組 西尾マゴイチくんの手作り♡』と追記され、その前に立たされて、希望するお客さんとのツーショット撮影会が始まった。


 俺は調理にはほぼノータッチだというのに、なんて酷い詐欺商法なんだろうか。

 精々ラッピング手伝ってたくらいだぞ。

 これは日本広告審査機構JAROに通報しなくては。


 と、金に目が眩んだ部長たちの暴走に辟易へきえきするも、ツーショット撮影の希望者は途切れる事が無く、次から次へと撮影して行き、その度に俺のHPがジワジワと減って行った。

 しかもツーショット撮影をすると、どの人も何故か握手を求めて来て、俺は死んだ魚の目でそれにも全て応じた。


 いったいどれ程の数の女子と撮影して握手しただろうか。軽く30名は超えているだろう。下手な地下アイドルよりも多いのでは無いのだろうか。地下アイドルだと握手券の為にCDとか買わないといけないし、料理部のクッキーとは比較にならないだろうが、それにしてもだ。 


 西中の狂犬マゴイチと呼ばれた俺が、何故こんなことをしているのだろうか・・・


 ココは一度帰宅して、テンザンの散歩にでも出かけて心を落ち着かせよう。

 うん、それがいい。

 今の俺にはテンザンのつぶらな眼差しに勝る精神安定剤は無いしな。


 よし、帰ろう。



 そう思い、エプロン姿のままゾンビの様にフラフラと家庭科室から出ようとすると、入口で出会い頭に女子生徒とぶつかった。


「あ、すんません」と力の無い声で謝ると、「私こそごめん!ってマゴイチくんだし」と返事が帰って来た。



 その女子生徒は、アカネさんだった。



 俺は家に帰ってテンザンに会いたいだけなのに、どうして次から次へと邪魔ばかり!


 俺が悲痛な思いを心の中で訴えていると、一人で来ているらしいアカネさんは「マゴイチくんが買いに来てって言うから、買いに来たよ?」と笑顔で話を続けた。


「あ・・・はい、ありがとう、ございます?」


「何で敬語なの?ウケる」


 ナニこの状況・・・

 家庭科室ではツーショット撮影会を強要され、家庭科室前の廊下では元カノであるアカネさんが立ちはだかっている。

 正に、前門の虎、後門の狼。

 万事休す。


「ねね!マゴイチくんのオススメはどのクッキーなの?」


 まるで過去の二股事件など無かったかのようなフレンドリーな態度のアカネさんは、俺の制服の袖を掴んでそう言いながら家庭科室内へ入って行き、袖を掴んだまま陳列された商品を物色し始めた。


 幸いなことに今アクア先輩は休憩中でココには居ない。

 既にアクア先輩もアカネさんも俺の彼女では無いので顔を合わせたところで俺には後ろめたいことは何もないし気に病む必要など無いハズなのだが、今朝のアクア先輩の様子や今のアカネさんの態度を見てしまうと、この二人が顔を会わせると良からぬことが起きるのでは無いかと俺の危険が危ないセンサーがビンビンだ。


 兎に角、アカネさんにいつまでもこの場に留まられるのは宜しくない。

 さっさと用を済ませて貰ってお引き取り願おう。


 そう考えた俺は、謎にフレンドリーなアカネさんの態度に合わせるように「このチョコチップクッキーが一番人気だよ! あとマドレーヌが残り在庫が少ないから買うなら今のうちだね!」と積極的にフレンドリーな態度に切り替えた。


「うんうん!だよネ!チョコチップ、私も好きだヨ! じゃあじゃあチョコチップとマドレーヌ2つづつ下さ~い!」


「毎度あり~! ハイ!次のお客さん、どうぞー!」


 さっさと追い返いしたいので他のお客さんを呼び込もうとすると、アカネさんは掴んだままの俺の袖をグイグイ引っ張って、「クッキー買ったらマゴイチくんとツーショット撮影出来るんでしょ~?私も撮りたい!」と言い出し、甘えるような視線を俺に向けてウインクした。


 こ、この女、マジなんなの!?

 二股バレて俺が暴れたこと、もう忘れてんのか!?

 なんで俺がこの女と仲良くツーショットせにゃならんのだ!


 流石に我慢の限界寸前で怒りに打ち震えて固まっていると、アカネさんは俺の腕に手を回して黒板前に引っ張っていき、自分のスマホを料理部の店員に渡すと「マゴイチくんもポーズ取って取って!こんな風に!」と言って、横ピースサインでニカっと笑顔からのウィンクを決めた。


 ヤバイ。

 正に狂気の女、マジでウゼェェ!

 過去どんなに酷い目に遭っても女性には一度も手を上げたことのない俺だが、この女だけはマジで蹴り飛ばしたくなってきたぞ。


 だがしかし、今は学校祭の真っ最中で、ココは料理部が焼き菓子販売をしている家庭科室だ。

 今この場で俺が女子に暴力を振ったら沢山の人に迷惑をかけてしまう。 感情に任せて暴れるのが許されるのは、中学までだ・・・・中学の時でも俺は怒られたけど。

 ちくしょう・・・どうしてこんなことになっちまったんだよ・・・これが大人になるってコトかよ・・・



 狂気の元カノに翻弄され、やり場のない怒りとそれをどうすることも出来ない悔しさに心の中で涙を流しながら、俺は貼り付けた笑顔に横ピースを決めて、アカネさんとのツーショット撮影に応じた。



 撮影後、アカネさんは「見て見てマゴイチく~ん!ちょー仲良さげに撮れてるヨ!まじイケテない!?」と馴れ馴れしく俺の腕を掴んで揺すって写メを見せようとしてきたが、見たく無かった俺はアカネさんに背を向けるようにして黒板に左手を付き、俯きながら「少し放っておいてくれ・・・」と零して、右腕の袖で滲んだ涙をぬぐった。



 西尾マゴイチとして生を受け、もうすぐ16年。

 これまで積み上げて来た大事な何かを失ってしまった俺の脳内では、尾崎の『シェリー』が流れていた。








_______________


 7部、終わり。

 次回8部スタート。






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