#64 新たな教訓と例外




 公園から移動して萬福軒で夕飯を食べることになった。


 赤い暖簾を潜り、横引き扉をガラガラと開けて入るアリサ先輩の後に続いて店内に入ると、相変わらず元気なマキさんに「アリサちゃん、いらしゃ~い!って、マゴイチくんまたその服!?今時の高校生に流行ってるの???」と応対される。


「いえ、アリサ先輩の命令っす」


「そうなの・・・イヤな時はイヤって言わないと、ダメだよ? 後で後悔することになったら大変だからね?」



 珍しく心配してくれるマキさんの気遣いが心に染みるのは、先ほどアズサさんの話を聞いたばかりだからだろうか。 それはアズサさんも同じだったらしく、また泣きそうな顔でウルウルしてる。



 テーブル席が空いていたから4人で座る。

 いつもなら俺の横にはアリサ先輩が座るが、今日はアズサさんの首根っこ捕まえて「アナタは私の横に座りなさい」と早速先輩ヅラして従わせていた。


 アリサ先輩が「ラーメン、唐揚げ、あと餃子、全部4人分!」とまとめて注文し、マキさんがテーブルから離れると、俺は今日聞いた話について頭の中で考え始めた。


 話の真偽に関しては、みんなに話したように信じて良いだろうとは思ってる。


 だがしかし、俺が一番知りたかった『俺の何が不満だったのか』『俺はどうすれば、浮気されず、別れずに済むことが出来たのか』と言った疑問には明確な答えを得ることは出来なかった。


 だから聞いてみた。


「アズサさん、俺と付き合ってた頃、俺に対して何が不満だった?」


「に、西尾くんに不満ですか!?不満なんてあるわけないです!むしろ自分自身の不甲斐なさに後悔ばかりで・・・」


 アズサさんから見て、当時の俺は問題なく恋人としての役目を果せていたと考えて良さそうだ。


 じゃあ、どうすれば別れずにすんだのか?


 コレに関しては、正解は無かったんだと思う。結局は絶対的真理に辿り着いてしまう。

『可愛い子は、浮気する』

 つまりは、可愛い子は他の男性が放っておかないから、アプローチされることが多く、アズサさんの様に真面目で気の弱い女性であれば、そういった他の男からのアプローチを跳ねのけるのが猶更困難になってしまったのだろう。


 その時に恋人としての俺に何が出来たというのだろうか。

 学校は違うし家もソコソコ遠い。

 アズサさんの変化を読み取り、周りで何が起きているのか察するには付き合いが短すぎる。

 本人がハッキリとSOSを出してくれていればいくらでも対応出来たが、それも無かった。


 例えば、家が遠くても毎日の登下校も送り迎えするとか無茶をすれば出来たこともあるかもしれないが、そもそも当時は俺も受験生だ。四六時中他校の恋人を監視してるなんて無理な話だった。

 それに根本的な問題は、アズサさんがその様な状況に陥っていたことを受け入れていたことだと思うし、それを俺に相談してくれなかったことだ。


 だから本音は、『今更になって話してくれるなら、もっと早く、その時に言ってくれよ』ってことだな。




 この件から無理矢理教訓を導き出すとすれば、


『可愛い子はやっぱり浮気するし、目の届かない様な相手は特に危険だ。 例えば遠距離恋愛とか絶対ダメだろう』と言ったところだろうか。 この件を浮気と定義するべきでは無いかもしれないが、嫌々でも従ってたのは事実だし、今更「アレは浮気じゃありません」としたとしても、気持ちが一度ガッツリ離れてしまっているしな。


 正直言って、俺としては消化不良だ。

「自分の力じゃどうすることも出来なかった」という結果は、やり切れない気持ちしか残らない。「仕方がなかった」の一言で片付けるには、俺にとってもアズサさんにとっても失った物が大きかったと思う。


 唯一、良かったと思えるのは、事情を知らないままでも怒りに任せて元凶であるチビデブブサイクに思う存分鉄拳制裁を加えることが出来ていたことと、その結果、アズサさんは救われ、ソイツが再起不能になっていることだろう。





 向かいの席でお喋りしているアリサ先輩とアズサさんへ視線を向ける。


 この二人は対照的な性格だと思う。

 何事にもストレートで、気が強くて、怖いもの知らずで、そして変人のアリサ先輩。

 大人しくて、気が弱くて、泣き虫で、そして真面目なアズサさん。



 ふと、アリサ先輩がアズサさんの立場だったら、どうなっていただろうか?と考える。


 アリサ先輩なら、自称幼馴染の男が近寄って来たら、即払いのけるだろう。

 勘違い男による「俺の恋人」とかウソ情報を流されても、アリサ先輩が一笑に伏して一言否定すれば、周りはみんなアリサ先輩の言うことを信じるだろう。

 馴れ馴れしくボディタッチとかする様な輩が現れたら、ガチで泣くまで関節技決めて二度とそのような気を起こさせないほど追い詰めるだろう。


 うむ。

 俺の出番、無いな。


 そして、それは・・・他の男性からのアプローチを寄せ付けないということでもあり、つまりは・・・俺の絶対的真理を否定していることになるのでは・・・?

 いや、この場合は、否定では無く、例外か。


 アリサ先輩には絶対的真理が、当てはまらない、だと・・・?



 再びアリサ先輩へ視線を向ける。


 今、俺以外の3人は、今後の呼び方について楽しそうにモメていた。


 アズサさんが「『アズにゃん』って呼んで欲しいです・・・」とビクビクしながら要望を述べると、それがアリサ先輩の逆鱗に触れたらしく、「図々しいわね!根性叩き直るまで『おならジャンキー』って呼ぶわよ!」と怒られていた。

 因みにアンナちゃんは、「アンナとかアリサとかアズサとかややこしくなってきたから、『戸田っち』にしとく」と冷静に無難なことを言っていた。


 ここに居る3人はみんな美少女だ。

 その中でもアリサ先輩は抜きんでている。

 他の二人がかすむ程の美貌の持ち主と断言出来る。

 そして、精神的にも戦闘能力的にも、俺なんかよりも強い。

 その様な女傑を、俺の凝り固まった価値観に当てはめて良いのだろうか。


 あと半年も無いアリサ先輩と過ごせる短い高校生活を、このまま絶対的真理に拘ったまま過ごすことに不安を感じ始めている。

 言い換えれば、それだけ俺にとってアリサ先輩の存在が大きくなっているということなんだろうな。


 


「ところで、アリサ先輩がアズサさんの面倒見るってことは、アズサさんもこれからはウチに来るってこと?」


「そうね、そういうことになるわね」


「うーん、なんだかなし崩し的に仲直りした既成事実を作り上げられてる感じが」


「いつものことじゃん。 マゴイチくん、前の彼女とだって爆乳に無し崩されてたじゃん。 私が言えた義理じゃないけど」


「じゃあ、またみそぎでもしたら? 服の交換」


「それだけは勘弁して」


 なにせ、アズサさんの今の服装は、ダンジョンの制服だからな。ベビー服は慣れたから平気だが、流石にブレザーにスカートは未知の世界過ぎるし、俺にそんな趣味は無い。





 食事を終えると、外は暗くなり始めていたので、お店を出て解散となった。


 アリサ先輩とアズサさんとは、お店の前で別れて、俺は帰るついでにアンナちゃんを家まで送って行くことにした。



 愛車を走らせていると10月下旬の夜の風は冷たくて、モコモコ地のベビー服の下はボクサーパンツ1枚の俺には、全身が凍えるように寒い。

 来るときはもう少しマシだったのに、日が落ちて寒くなると震える程の体感温度だ。


 そもそも、この服って外出用じゃないんだよな。

 室内での赤ちゃんプレイ用なんだよな。

 なんでこの季節に俺はこんなの着て、こんな所まで来たんだろ。


 そうだ、アリサ先輩だ。

 あの人のせいだ。

 アリサ先輩って、俺のこと好きだと言いながら、俺に可笑しなことばかりさせようとするよな。 俺のこと、オモチャにして遊んでるのだろうか。


 俺が寒さに身震いさせながらアリサ先輩のことを考えていると、俺と並走して無言でペダルを漕いでいたアンナちゃんが、なんの前触れも無く俺にむかって一言つぶやいた。



「今日マゴイチくんちに泊まってもいい?」







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