#63 4代目元カノの自白



 約束の公園までアリサ先輩と自転車で向かう。


 10月も下旬に入り、日中は暖かかったが夕方ともなると自転車では肌寒い。

 俺は愛車に跨ると、カバーオールのフードを装着してアリサ先輩に「準備OK」のアイコンタクトを送る。

 因みに、ジャージ姿のアリサ先輩は、マフラー代わりのつもりなのか真っ赤なタオルを首に巻いている。


「それじゃ行こっか。 どっちが先に着くか競争よ!」


 そう言って、アリサ先輩はスタートの合図もせずにスタートした。

 心なしかアリサ先輩がノリノリに見えて一抹の不安を覚えるが、とにかく俺も愛車のペダルをこぎ始める。




 結局、一度もアリサ先輩に追いつく事が出来ないまま、公園に到着。


 公園には既にアンナちゃんとアズサさんが来ていたが、二人は同じベンチに座っては居るが、アズサさんは文庫本を読んでてアンナちゃんはスマホをいじってた様で、どうも二人は会話せずに黙って待っていた様だが、アズサさんはお昼と違って一応は落ち着いてはいる様に見えた。


「お待たせ」


 俺が声を掛けると二人は顔を上げるが、唖然とした表情のアズサさんと、呆れ顔のアンナちゃん。

 対照的な表情を見せる二人に、「アリサ先輩の命令だから」と言い訳をすると、「カチコミ衣装よ。プロレスの入場コスみたいなものね。アンナの時もそうだったでしょ?」と自信満々にアリサ先輩は二人に説明した。

 つまり、アリサ先輩のジャージ姿に首にタオル巻いていたのは、セコンドのつもりだってことにようやく気が付いた。



「で、どうしよっか。 また感情的になるとアレだから、落ち着いて話聞きたいんだけど」


 さっさと終わらせたいという気持ちが強くあるが、お昼の様に泣かれるのも滅茶苦茶面倒なので、「とっとと用件済ませようぜ」と言いたい気持ちを分厚いオブラートでグルグル巻きにして伝えた。



「マゴイチくんココ座って戸田さんと二人で話して。 私とアリサはあっち行ってよ」とアンナちゃんがベンチから立ち上がり、アリサ先輩の腕を掴んで連れて行こうとするが、アリサ先輩は「元北中の先輩として私も聞くわよ。立会人だと思って頂戴」と言って、アンナちゃんには従わず、俺の腕を取ってアズサさんの隣に俺を座らせると、自分も座った。


 結局アンナちゃんも「なんか私だけハブられてるみたいで面白くないんだけど」と言って、空いている方のアズサさんの隣に座った。 座り順は、向かって左から、アンナちゃん、アズサさん、俺、アリサ先輩。


 因みに3人掛けのベンチなので4人で座るとギチギチに狭くて、お互いのヒザが当たる程の距離である。 更には、アリサ先輩はベンチに座った時から俺の腕にしがみ付く様にピッタリ身を寄せててグイグイ押してくるから、どうしても俺がアズサさんの方へ押される形となっていた。



「最初に約束して欲しいんだけど、お昼みたいに取り乱して泣きわめくのだけは止めてね? 泣いたらまた顔面オナラの刑だから」


「うう・・・それはそれで・・・気を付けます」


「マゴイチ、この密集状態でおならしたら、殺すから」


「・・・。 それで、話したいのは去年のことだよね。 もう怒ったりしないから聞かせてよ」


「う、うん・・・マサノリくんのことをちゃんと説明したくて・・・」


「マサノリっていうヤツは、あのチビでデブで歯並びバラバラのブサイクな男?」


「はい、そのブサイクな人のコトです。 あの人のことは好きでも何でも無くて一方的に迫られて、でも怖くて拒絶できなくて、恋人でも無いのにあんな風になっちゃってたんです」


「へー、でもぶっちゃけそうは見えなかったけど? だって普通学校でみんなの前で手を繋ぐとかありえないでしょ?」


「はい・・・もうあの時は自分でも追い詰められてて、されるがままだったんです・・・」


「じゃあ無理矢理だったっていうの?」


「私としてはそう思ってます。 何度も拒否してたし、最初はあそこまで迫ってくることもなかったし・・・」


「じゃあ聞かせてよ。 なんでそんなことになってたのか」


「はい、信じて貰えないかもしれませんが、全部話します。 マサノリくんは、近所に住んでる同じ年の男の子で、小学校まで特に仲良しって訳では無かったし遊んだことも無くて、本当にただのご近所さんっていうだけで、なのに中学に入ってから急に馴れ馴れしくなり始めたんです。 どうも本人の認識では私は幼馴染ってことらしくて、私は全然そんな風に思ったこと無くて、でも周りには私のことをそういう風に言いふらしたりしてたんです」


「あー・・・何となくイメージ湧いてきた。 アニメやラノベのラブコメとかの影響で幼馴染の存在にあこがれちゃった痛い子なのかな」


「多分そうだと思います。 凄く嫌で、でも私は小学校の頃から男の子が苦手で、怖くて自分でハッキリ言えなくて、だからいつも逃げるように避けてたのに凄くしつこくて。 クラス違うのに私の教室にしょっちゅう来て話しかけて来るし、登下校でも待ち伏せされてるし、休みの日とかも家の近所でウロウロしてて、私がどこかに出かけるのを見つけると話しかけて来たりして、友達とかママに相談しても、その頃は直接何かをされてたわけじゃ無くて、呼び捨てで呼ばれて馴れ馴れしく話しかけてくるくらいだったから、誰も本気で心配してくれなくて」


 アンナちゃんの時の間男と少し似てる様に思えるけど、ストーカー気質がこっちのが上っぽいな。


「それで、あの人は私が嫌がって避けてるの分かってるハズなのに、それでも止めてくれなくて、周りも何も言わないからドンドン調子に乗って、自分でどうにかするしかないと思って勇気出して何度も「呼び捨て止めてほしい」とか「男の人は苦手だから、あまり話しかけないで欲しい」って伝えたけど、全然聞いてくれなくて、その内に学校だと周りのみんなが、あの人と私が幼馴染なのが当たり前みたいな空気になってて、私の味方は誰も居なくなっちゃってたんです」


「要は、完全に外堀埋められちゃってた訳か」


「はい。 勿論、私にもお喋りしたりする友達とかは居たんですけど、あの人のことを私が嫌がってても、本気で取り合ってくれないんです。みんな面白がったりするんです。 それに、あの人が私の事をまるで恋人みたいな扱いしてくる様になってからは、「学校でイチャついてウザイ」とか言う人も出てきて、私1度だってあの人に心許したこと無いのにですよ?」


「でも図々しいとは言え、それだけ好き好きアピールしてるのなら告白とかされたんじゃないの?」


「今思えば、あの人にそんな勇気はなかったと思います。 気が小さくてビビりで、でも内弁慶で、私に対してはいつも態度が大きくて、強く言えば私が怖がって拒絶できないこと分かってて、まるで周りにアピールするかのように私のことを彼女扱いしてて、告白しても私が受け入れないこと分かってるから、そうやって周りを巻き込んで私が逃げられないようにしようとしたんだと思います」


「それで2年の2学期からは怖くて学校に行けなくなって、友達とかはもう信用出来なくなってたし、当時の担任の先生が心配して家に来た時に相談したけど、言葉では言わないけど「そんなことくらいで」っていう顔してまともに取り合って貰えなくて、ママは一応は心配してくれるようになったけど、結局ママもご近所同士のトラブルになるのが怖かったみたいで、話は聞いてくれるけど、あの人の家に抗議したりすることも無くて」


 なんか思ってた以上に重い話になってんだけど、これ、二股の話だよな?


「学校に行っても保健室で自習する様にさせてもらって、なんとか3年に進級出来て、それで3年になったのを切っ掛けに高校受験もあるし授業の遅れ取り戻すために塾に通い始めたんですけど、学校と違ってあの人が居ないと思うと凄く気が休まるというか勉強に集中できるようになって、志望校も西高に行きたいって考える様になりはじめて、目標が出来たおかげでなんとか学校も普通に通う様に頑張れて、教室だと相変わらずだったんですけど、勉強に集中することでなんとか過ごすことが出来るようにはなってたんです」


「そんな時なんです、西尾くんと出会ったのが。 夏休みの途中から西尾くんが塾に通い始めたじゃないですか。西尾くん凄く格好良いし、学校が違う私にも気を使って沢山話しかけてくれて、勉強も色々教えてくれるし、私なんかの話もちゃんと聞いてくれて、いつも優しくてフレンドリーで、ほとんど一目惚れみたいな感じて好きになって、勇気振り絞って告白したんです」


「彼女が居るかも?とか断られたらどうしよう、とかそんなこと全然考えて無くて、後で思えばなんて無謀で身の程知らずなんだろうって思ったけど、その頃は勉強のことしか考えない様にしてた時期で、そんな時に西尾くんが目の前に現れて気持ちを鷲掴みにされちゃって、西尾くんのことしか考えられない様になってて、それくらい西尾くんのことが好きで、信じて貰えないと思いますが、本当に大好き大好きで、同じ西高を目指す西尾くんと過ごす短い時間が私の全てで、学校での時間なんて私にとってはどうでも良いとすら思ってたんです」


「じゃあどうしてあんなことに? そこまで俺のこと思ってくれてたのなら、拒絶出来たんじゃないの? 俺は実際に自分の目で目撃してるから、今の話聞いても、どうしても不信感があるんだけど」


「はい、わかってます・・・西尾くんと交際出来て、毎日が楽しくなってて、それで調子に乗って油断してたせいもあるんです。 塾の帰りに毎回家まで送って貰ってたので、直ぐにあの人には西尾くんの存在が知られました。 西尾くんほどのイケメンで背も高くて体格も良い人が相手なら、内弁慶で気の弱いあの人は直ぐに諦めてくれるだろうと甘く考えてたんです。 だけど、実際は思ってた通りにはならなくて、あの人の行動が更に過激になったんです。 今まで体に触れてくることは無かったのに、腰に手を回して来たり、肩を抱く様にして来たりして、勿論嫌がって止めるように訴えたけど、殴る真似して脅してくる様になって、怖くて怖くて、でも誰にも助けて貰えないと思って、だから学校だけの我慢だって自分に言い聞かせて、従う様にしたんです」


「そいつ、そんなことまでして言うこと聞かせようとしてたの?」


「はい。 西尾くんが北中まで来て知られた時のほんの数日前からでしたけど、あの日だって塾があるから早く帰ろうとしたのに、無理矢理「一緒に帰るぞ」って脅されて手を繋がされて、でも早く帰って塾に行きたいから、言うこと聞いて家に着けば解放して貰えると思って、でも結局その日、学校出た所で西尾くんに目撃されて、西尾くんを怒らせて、でも西尾くんがあの人を退治してくれたんです」


「うーん、ぶっちゃけドコまで本当の話なのか、判断つかないな。 因みに、そいつは今はどうしてんの?」


「引き籠ってるそうです。 詳しくは知りませんが、あの時から学校に来なくなってずっと家に引き籠りになって、高校受験もせずにずっとそのまま家から出てこないそうです」


「じゃあ、アズサさんはそいつからは解放されたってことなんだ」


「はい! あの時、西尾くんを傷つけてしまった私が言えることじゃないですけど、私を救ってくれた西尾くんは私にとって今でも憧れの人で、ヒーローなんです! 本当なら私も西高に入って、一緒に高校生活を過ごしたかったんです・・・」


「じゃあなんで塾辞めちゃったの? 西高行きたい気持ちあったのなら、塾は続けるべきだったんじゃ?」


「親に、辞めさせられたんです。 学校から西尾くんのことが親に伝わって、「暴力沙汰起こすような問題児がいる塾には通わせられない」って言われて、無理矢理に。 それでも西高行きたくて受験はしたんですが落ちてしまったから、あの頃の私にはもう諦めるしかなくて・・・」


「なるほど・・・俺、問題児だもんね・・・。 色々思う所はあるけど、概ね分かったよ。 実際のところ、中学生の女の子が孤立してたら、なかなか抗うことが難しい状況ってきっとあるだろうし。 アリサ先輩とアンナちゃんは、今の話聞いてどう思った?」


「まぁ、信用できるかどうかで言えば、私にもそこまで酷くないけど似たような経験は少しはあるし、あり得なくは無いかな?とは思うわね。 但し同じ北中だし、それなりに調べさせては貰うつもりよ。ウチのタカシも居ることだし、調べる手はいくらでもあるから」


「なるほど。 確かにアリサ先輩程の美人なら、ストーカーとか過去に居そうですね。 全部自分一人で撃退しちゃいそうだけど。 アンナちゃんはどう思った?」


「アンナは、そんなもんだよね、っていうのが感想かな。 アンナだって強引な男に付きまとわれてやらかしちゃった経験あるし、今の戸田さんの話聞いて、ウソだ!信じられるか!とは言えないよ」


「で、マゴイチは今の話聞いて、これからどうするつもり? その男に鉄拳制裁でもしに行く?」


「行かないですよ。 今の話が本当なら、すでにそいつ再起不能じゃないですか。 まぁ、話の内容に関しては一応は信じますよ。 だからと言ってヨリ戻そうとかは思わないっすけど」


「うう、やっぱりダメですか・・・?」


「ダメよ。マゴイチは既に私の婚約者なんだから」


「それって、アリサが一人で勝手に言ってるだけじゃん。マゴイチくんは認めてないじゃん」


「私一人だけじゃないわよ? マゴイチのお父様とお母様も了承してるわよ」


「そんなん言ったら何でもありじゃん! アンナだってマゴイチのお母さんと仲良くして貰ってるし、アンナがマゴイチくんと付き合ってるとか言えば、喜んで認めてくれるし?」


「過去に終わった女が今更なに言ってるの?バカなの?っていうか、そんな事言うなら今後はマゴイチに一切近づけさせないわよ」


「まぁまぁ二人とも落ち着いて。 二人とは友達だからね、婚約者でも恋人でもないからね」


「でた、マゴイチくんの悪いクセ。 そうやって女の子に甘い態度取るからいつまで経っても女性絡みのトラブルが絶えないんだし。 アンナが言えた義理じゃないけど」


「そうね!アンナには全く言えた義理無いわね!」


「はぁ?アリサだって言えた義理ないし!」


「わ、わた私は!友達でも良いです! もう一度マゴイチくんの傍に居られるのなら、友達でも奴隷でも!好きなだけおならも・・・」


「なんだよ奴隷って。そんなこと言うから俺の変な噂ばっか流れるんだよ」


「戸田さん、マゴイチの友達になりたかったら、まずはその卑屈根性と泣き虫根性を叩き直す必要があるわね。 決めたわ!アナタ、明日から私がその根性叩き直してあげる!闘魂注入よ!」


「えええ・・・」



 翌日から、アリサ先輩改めアリサ鬼軍曹によるアズサさんへのスパルタがマジで始まった。









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