#62 4代目元カノの慟哭



 仕方ないので立ち上がり、泣いているアズサさんの目の前まで行き、しゃがんで声を掛けた。



「話ならさっき聞いたけど、まだ何かあるの?」


「ひっぐ、に、にぢお、ぐん、ひっぐ、わだぢ、ひっぐ」


 元々は美形なのに涙と鼻水でぐちゃぐちゃなブサイク顔のアズサさんは、何を言っているのか全然聞き取れなかった。


 そういえば、去年俺が北中で暴れたあとの取り調べでも、泣き過ぎてて取り調べが進まなくて北中の職員が困ってたな。

 それにしても高校生でこんなに泣くヤツ、初めて見たぞ。


「あだ、あだまっでる、のに、ひっぐ、ぢゃんど、ひっぐ、あだまっでる、のに」


「え?なに?なんて言ってんのか聞き取れないんだけど?」


「にぢお、ぐん、ひっぐ、ゆるぢで、ひっぐ、ゆるぢで、もだいだぐで、ひっぐ」


 アリサ先輩なら謎のアズサ語を解読出来てるかも?と思い、立ち上がって隣に視線を向けると、アリサ先輩も同じことを考えていた様で、眉毛をハの字にして困った表情で俺に視線を向けていた。


「なが、ながなおい、ひっぐ、ぢだぐで、ひっぐ、にぢおぐんと、ながなおい、ひっぐ」


 お互い困った顔のまま数秒見つめ合うと、後ろの方で傍観者を決め込んでいるアンナちゃんへ二人同時に振り返り視線を向けた。


「二人して、なによ?」


「アンナちゃん、同じクラスなんでしょ?どうにかしてよ」


「はぁ!?なんでアンナが!!!イヤに決まってるじゃん!」


「にぢおぐん、ひっぐ、わずれ、られなひの、ひっぐ、まだわだぢ、ひっぐ、わずれだれないの」


「そんなこと言っても、他にどうすんの?コレ」


「いっぢょに、ひっぐ、にぢごーいぎだがっだ、ひっぐ、いぎだがったのに、ひっぐ」


「アリサが泣かしたんだから、アリサが何とかしてよ」


「無理ね!」


「なんでよ!北中の後輩なんでしょ?」


「ぜっがぐ、ひっぐ、あえだのに、ひっぐ、むぢじないで、ひっぐ」


「ウジウジしてる女とか見てるとビンタで闘魂注入してやりたくなるのよ。他校でソレやったら流石に不味いでしょ?」


 そういえば、副会長にもソレやったんだっけ。副会長は西高生だからOKなのかよ。



「おでがい!ひっぐ、まごいぢぐん、はなぢぎいで!ひっぐ」


「うお!?」


 アリサ先輩やアンナちゃんに視線を向けて気を取られてた為、アズサさんが背後から近づいていた事に気付けず腰に抱き着く様にしがみ付かれてしまった。


「おでがい!おでがいだがら、はなぢぎいでぐだだいぃぃぃ」


「おいコラ!しがみ付くな!って、うぎゃぁ!?鼻水付いたじゃん!」


 振り解こうと腰を振ったりするが、驚異的なパワーで抱き着いてて全く振り解けそうにない。

 アリサ先輩も引き剥がそうとアズサさんの腕を掴んで引っ張るが、更に必死の抵抗を見せ、剥がされまいと顔を俺のお尻に埋めるようにして「ううううううー!」とうめき声を出している。


「コラ!ケツで呻くな!離れろ!」


「コラ!マゴイチから離れなさい!」


「うううううう!!!」


 学生服のズボンにベッタリ涙と鼻水を付けられ、更にはズボンやパンツを通して肛門に生暖かい息を吐きつけられて、気持ち悪いことこの上ない。



 もうこうなったら仕方ない。最終手段だ。

 他所の高校の学園祭の最中に校内で女生徒に暴力で排除する訳にもいかないしな。


 俺は一旦動きを止めて、目をつむり精神統一を始めた。


 そして、腹筋に思い切り力を込めて、肛門の解放運動を始める。

 


 ブブッ


 体内ガスによるスメルアタックなら、暴力とみなされないハズだからセーフだろう。

 もう1っ発だ!


 ブヒ


 まだ出るな


 ぷひぃ♪



「くっさ!!!」


 いつの間にか泣き止んでいたアズサさんは短くそう叫び、しかめっ面して俺から距離を取る様に離れた。



「うっわ!ホント臭いわ!マゴイチ昨日なに食べたのよ!」


「昨日はみんな俺んちで一緒にかーちゃんが作ったカレー食べたじゃないっすか」


「顔に向かってオナラするなんて、酷いです・・・でも・・・」ぐすん


「女の子の顔にオナラするの、クセになるかも」


「マゴイチ、アナタ・・・ソレ私にやったら殺すから」




 漸くアズサさんが離れてくれて一息ついていると、アンナちゃんが鼻を摘まみながらコチラにやってきた。


「とりあえず、話するなら場所かえて後にしたら?こんなトコで騒いでたら人が集まって来るよ?臭いし。 戸田さんもソレでいい?」


「はい・・・」



 結局、お互い一旦冷静になろうってことで一度解散して、学校終わってから話を聞くことになった。


 場所は、以前アクア先輩の家から逃亡した時に辿り着いた萬福軒の近所の公園。

 あそこならアリサ先輩の家からも近く北中学区内だから、アズサさんも来れるだろう。


 アリサ先輩とズボンが汚れた俺は一度俺んちに帰り、アズサさんは学園祭が終わったらアンナちゃんが連れて来ることになった。




 ◇




 家に帰ると、テンザンが散歩に連れて行ってくれとばかりにまとわりついて来たが、これから出かけるしシャワーも浴びて着替えたいので、「ごめんよ、散歩は夜帰って来てからな」と謝ると、アリサ先輩が「トイレだけなら、マゴイチがシャワー浴びてる間に私が行って来るわよ」と言ってくれたので、お言葉に甘えて行って貰うことにした。



 一人になった俺はシャワーを浴びながら、これからの事を考える。


 アズサさんには一切未練などは無いし、アンナちゃんみたいに仲直りしたいとも思わない。

 そもそもアンナちゃんの時だって、結果的には仲直りして良かったと思うけど、あの時はそんなことは考えて無かった。


 ただ、気になるのは、『俺の何が不満だったのか』『俺はどうすれば、浮気されず、別れずに済むことが出来たのか』ということだ。

 アズサさんとの交際は、お互い受験生だったし学校も違うから遊ぶような余裕は無かったが、だからこそ少しでも一緒の時間を過ごそうと、塾の自習室で一緒に勉強したり、帰りも毎回家まで送ってたし、北中まで迎えに行こうとだってしたんだ。

 だから、今考えても、自分はどうするべきだったのか?何がいけなかったのか?というのが全く分からない。


 アンナちゃんの時は、俺がもっと積極的になってたり、アンナちゃんの本心に気付くことが出来ていれば、他の男がつけ入る隙など出来なかったと思う。

 アカネさんの時は、山倉アヤが言ってたことが本当なら、俺と付き合い始めた時には既に手遅れだったと思うし、そもそも付き合うべきでは無かったのだろう。

 アクア先輩の時は、我慢せずに嫌なことは嫌だと言葉にして伝え、そして自分の欲求も正直に伝えていれば、お互いに求め合い与え合えるような恋人になり、今でも関係を続けられていたのではないかと思う。


 じゃぁアズサさんとは、どうなんだろう?という興味は確かにある。

 ただし、それを知る為に自分からアズサさんに連絡を取ろうとは思わなかったし、知りたいこと以外のアレコレを聞かされても厄介なのことになるのは間違いなし、何よりも顔を見るのも嫌なほどの嫌悪感があったから、興味以上に面倒な気持ちのが圧倒的に強かった。


 これに関しては、中2の時に付き合った後輩のアユミにも同じことが言える。


 自分の彼女が自分以外の男とイチャついてるトコを見せつけられるのが、どれほど胸糞悪いことなのか、みんな分かって無いんだ。

 だからアズサさんだって、図々しく話聞いて欲しいとか今更言えるんだ。

 とは言え、俺も冷静にならないとな・・・アリサ先輩とアンナちゃんも巻き込んじゃったし、これ以上拗れても面倒なだけだ。



 イライラとモヤモヤが晴れないままシャワーを終えて部屋に戻ると、テンザンの散歩から戻っていたアリサ先輩は何故か俺のブルーの西高ジャージに着替えていて、ベッドに俺が着て行く服を用意していた。



「マゴイチ、今日はコレ着て行きなさい。 私が傍に付いているから大丈夫よ」



 ベッドには、水色のベビー服が広げられていた。




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