#57 アラサー女教師からのミッション



 10月の月末近い金曜日と土曜日に、段田西高校(西高)の学校祭がある。


 西高の学校祭では、主に文化系の部活動が中心となってステージでの出し物や校内での出店などが行われ、各クラス単位での強制的な参加は無い。代わりに有志による参加も出来、個人でも良いしグループでも可能で、毎年文化部以外からも数多くの個人や団体が参加している。 これは進学校である為、受験生である3年生への配慮が主な理由で、1~2年が中心となって積極的に参加し盛り上げるのも自主性を重んじる西高ならではと言える。


 来場者については、昔は制限なしで自由に出入り出来て、近所に住む俺も小学校の頃に何度かアフロと遊びに来たことがあったが、数年前から防犯上の理由で地域住民や生徒の家族用に配布された招待券が無ければ入場出来ないシステムとなっていた。


 そして、西高の学校祭の丁度1週間前の土曜日に、段田女子学園(ダンジョン)の学園祭もある。 コチラも同じく、招待券が無ければ入場出来ないシステムで、俺と優木元会長、アフロとアンナちゃんとでペア招待券を交換することで、お互いの学校祭(学園祭)へ遊びに行く予定になっていた。


 ただし俺の場合は、学校祭の1週間前の週末となると料理部での準備が追い込み段階で、休日でも登校して準備をする予定なので、ダンジョンの学園祭に行ってもアフロたちの漫才を観覧するくらいしか出来ないだろう。




 ◇




 料理部では、5種類のクッキーとマドレーヌを販売する。

 前日までに調理を終えて、当日は料理部の本拠地である家庭科室での販売のみで済む様にと焼き菓子で行くことになった。


 普段校外での活動が無い料理部では、学校祭が1年の間で最も大きなイベントで、このイベントの収益が部で使用する食材費や調味料購入費などに宛てられる為、今後の部活動に大きく影響してくるのだが、部長が言うには去年も一昨年も売れ行きは好調で、過去の先輩方も毎年完売しているそうだ。


 調理の方は2年であり次期部長が決まっているアクア先輩を中心に2年と1年の部員で進められ、この学校祭を最後に引退する部長を始めとした3年の先輩が会計と買い出しを担当する。 そして、料理部で唯一の男子である俺は雑用兼宣伝係だ。


 直接調理や食材選び等に関われないのは一人だけ除け者の様だが、俺は学校祭に参加出来るだけでも楽しかったし、力仕事や雑用も自分がするべきだと最初から考えていたので、任命された時も全く異論は無く、2つ返事で引き受けた。


 因みにだが俺を指名した部長からは「去年までは宣伝活動ってポップ作るくらいで積極的にはして来なかったんだよね。でも今年はマゴイチくん居るからね。 マゴイチくんがチラシ配れば女子なら誰もが受け取るだろうし、カンバン持って歩くだけでも注目されるからね。言って見れば西高でもトップクラスのインフルエンサーでしょ? マゴイチくんがイケメンスマイルで『料理部のクッキー、買ってね♡』とか宣伝してくれれば、イチコロだよ」と、1学期に俺目当てでの入部希望者を追い返した部長たちだが、お金が絡んだ途端阿漕あこぎなことを言い出した。

 だがしかし、少しでも多くの収益を獲得するのに料理スキルが低い自分が貢献出来ることはこう言ったことくらいしか無いのも事実なので、俺は宣伝活動に自主性を発揮することにしていた。



 9月中旬には販売する品目を決定して役割分担も決まり、そして用意する商品の数量に売上目標、そこから予算も決められた。

 今年は部員数も実力も充実しているらしく、調理部隊の生産能力が高いことと、宣伝活動も積極的に取り組むということで、去年よりも大幅アップの30%増しの売り上げ目標を掲げていた。


 そして、俺は俺で部活の時間だけでなく授業の合間の休憩時間や図書当番の時間なども使って、配布するチラシや校内に張り出す宣伝ポスター等を作ったり、買い出し部隊の荷物持ちをしたり、と9月から忙しく活動していたが、こういった準備期間でも文化系独特の高揚感があって、中学までゴリゴリの体育会系だった俺にはそれが新鮮で、楽しくて仕方なかった。




 ◇




 10月に入ると日数的なプレッシャーを感じる様になり、より一層忙しく準備に取り組んでいたのだが、突然のアクシデントに見舞われた。


 図書当番の相方である山倉アヤが突如暴走して、怪しげな催眠アプリで俺の洗脳を企むというエロマンガみたいな事件だったのだが、事件その物は前日に生徒会の引継ぎ式を終えたばかりの優木元会長改めアリサ先輩の乱入で事無きを得たが、今後の事を考えて山倉アヤを危険人物と認定し、図書当番を水曜日から別の曜日に変更することになった。


 山倉アヤとは約半月前に話す様になって、色々腹割って語り合った仲だったので、友人としては信用していたが、急に慣れ慣れしくなったりボディタッチなんかも増えたりしてて、以前とのギャップや距離感に違和感を感じては居た。


 とは言え、俺の事を心配してくれたり親身になってくれてたし、共通の友人が居たり普段の優等生然とした態度にも好感を持っていたのもあって、油断していた訳ではないが警戒したり以前の様に距離を置いたりするようなことはして居なかった中での事件勃発だった。



 振り返ると、中学までの俺がこういった信用していた友人の裏切り行為?などにあったのなら、暴力に訴えて排除するか、凹んで人間不信に陥っていたかもしれない。


 だが今回は、そこまで深刻な状況には陥っていない。

 いつもの様に颯爽と現れた元会長改めアリサ先輩の助けや心遣いのお陰もあるが、アクア先輩との別れてからの一連の出来事も大きく影響していると感じた。 アクア先輩との話し合いやその後の付き合いは、それほどまでに俺のメンタルを強くしてくれた。あのオモシロ金太郎ヘアと爆乳アタックには並大抵の精神力では耐えることは不可能で、それにずっと耐えてきた成果と言えよう。



 と、アクア先輩の事は糞程どうでも良いので、閑話休題。


 山倉アヤの催眠アプリ事件の翌日、優木元会長改めアリサ先輩のアドバイスに従い、朝登校すると早速職員室に向かい、諏訪先生に図書委員の曜日変更を相談した。

 当然理由を問われたのだが、朝の人の出入りが激しい職員室では言い辛かったので、「あまり人には聞かれたくないんです」と答えると、職員室の隣にある生徒指導室へ連れて行かれた。


 生徒指導室には初めて入ったのだが、4帖半程の比較的狭い部屋で中央に折り畳み式のテーブルが1つと向かい合う様にパイプイスが2脚づつ計4脚並んでいた。



「ソコに座って♡ マゴイチくん♪」


「あい」


 年甲斐も無く朝からキャピキャピしている諏訪先生に、手前のイスを勧められたので座ると、諏訪先生は向かいに座らず俺の隣のイスを俺にくっ付く様にズラしてから座った。


「それで、曜日を変えたい理由はど~してなのかな~? アサコに話してくれるかな?」


「あい」


 ヒザ同士が当たる程の距離で首を少し傾け可愛さアピールしつつ、年甲斐も無く自分を『アサコ』と名前で呼んでいる痛いアラサーの諏訪先生だが、夏休み中の図書当番で二人きりになったときから毎回こんな感じで、二人きりの時だけ自分のことを先生とは言わずに『アサコ』と名前で呼んでいた。

 因みに、俺にも名前呼びを要求してきたが、断固拒否している。



「同じ水曜当番の山倉さんに昨日告白されまして、お断りしたんで気不味いんですよ。 出来れば来週からでも別の日に替わりたいんですけど、もしそれが無理なら学校祭の準備も忙しいのでしばらく当番は休ませて貰おうかと」


「う~ん、それは困ったね~、1年2組の山倉さんね~、あの子もマゴイチくんのこと好きだったんだね~、1学期ずっと二人で図書当番してたもんね~、好きになっちゃうのも仕方ないよね~」


「そんなこと言われても困るんすけど」


「うんうんそうだよね。困っちゃうよね。 それにしてもマゴイチくんは相変わらずあっちこっちとモテ散らかしてるのね。 3年の優木さんのことも聞いてるわよ? アサコ、ジェラシー感じちゃうなぁ」


「はぁ」


「そこで!そんなジェラシー感じて寂しい寂しいアサコ先生からの提案です! 図書当番を違う曜日に変更する条件として、マゴイチくんにはあるミッションをクリアーして貰いたいと思いま~す!」


「え?なんで?」


「アサコが寂しいからで~す!」


「職権乱用じゃないですか?良いんですか?公立高校の教師がそんなこと言って?」



 俺が正論で指摘すると、先ほどまでキャピキャピしていた諏訪先生の表情がスッと一瞬で無表情に切り替わり、左腕を俺の首に回して締める様に力を込めて、「正論なんて聞きたくないんだけど?黙って言うこと聞けば良いのよ、わかった?」と普段よりも2オクターブ低い声で囁いた。


「・・・・あい」


 俺が渋々返事をすると、諏訪先生は首に回していた左腕を外し、キャピキャピモードに戻って「それではミッションの内容を、はっぴょ~しま~す!パチパチパチパチ~」と一人楽しそうに手を叩いてのたまった。


「・・・・」


「マゴイチくんに挑んで貰うミッションは・・・ドドドドド(口でセルフドラムロール)、ジャジャーン!!!『アサコ先生に壁ドンでお願いして下さい!』」


「うわ、壁ドンとか久しぶりに聞きました。 流石アラサー、トキメキポイントが古い」


「おいコラ、なんか文句あんの?おぉん?」


「・・・いや、ないっす」


「じゃあ時間も無いので~早速!行ってみよ~!」


 不機嫌になったりハイテンションになったりと目まぐるしく表情が忙しい諏訪先生は一人ノリノリで立ち上がると、外に背を向けて窓際に立ち、両手を重ねる様にして胸の上を軽く押さえ上目遣いで俺を見つめながら、一人で勝手に演技を始めた。



「先生にも立場があるの・・・いくらマゴイチくんのお願いでも、そんなの無理だわ・・・」


 どうやら、生徒からの相談に困っている先生を壁ドンで説得するという設定をお望みの様だ。


 俺も渋々立ち上がり、窓際に立つ先生の正面まで行く。


 諏訪先生は不安そうな表情のままウルウルした瞳で俺を見つめ「これ以上、先生を困らせないで・・・」と言って、俺から視線を外した。


「諏訪先生、お願いです。 もう俺には先生しか頼れる人が居ないんですよ」


「ダメよ・・・先生にも教師としての立場が・・・」



 次のセリフどうしよっかな、と少し考え始めると、諏訪先生が「オホン」と小さく咳払いして、首をクイっとした。


 どうやらこのタイミングで壁ドンしろっていう合図らしい。


 俺は、お互いの呼吸音が聞こえるくらいまで諏訪先生に近づき、丁度諏訪先生の顔の左後ろにある窓のサッシ部分に左手で壁ドンして、右手を諏訪先生のアゴに添えて、クイっと上げて俺の方へ向かせた。


 諏訪先生の身長は170弱だろうか。

 180の俺と見つめ合うとお互いの鼻息が掛かる程の距離で、諏訪先生からは化粧品っぽい何かの香りがしている。



「俺だって本当はこんなことはしたくなんだよ。でも先生があんまり強情だと俺だって・・・先生なら分かるでしょ?」


「ううう、ダメよ、マゴイチくん・・・私たち教師と生徒なのよ?」


 そう言って再び視線を外す諏訪先生の顔を再び強引に俺に向かせる。


「コッチむけよ先生! 俺の目を見てくれ!本当に先生しか頼れる人が居ないんだよ!頼むよ!」


 いつまで続ければ良いんだろうか・・・ずっと壁ドンの体勢で腕が疲れて来たんだけど。



「でも・・・ううう・・・分かったわ・・・教師としての全てを失ってでも、アナタの為に先生頑張るわ・・・だから今だけは・・・」


 そう言って、諏訪先生は俺の肩に頬を当てる様にピタってくっつけて、スーハースーハー呼吸を繰り返した。


 10秒ほどそのまま待機していると、俺の肩に頬を当てたままの諏訪先生が「ぐふふふふ」とイヤらしい笑い声と共に顔を上げ、教師らしくない表情で「イイわよ!生意気そうな生徒に強引に迫られるのってたまんない!!!イケメンドアップちょーサイコー!!!アサコ朝から大満足です!!! ということで~!ミッションクリアーで~す!」と隣の職員室に聞こえそうなくらいの大声でミッションのクリアーを告げ、俺の耳がキンキンした。


 因みにだが、夏休み中の図書当番ではこんなことの相手ばかりさせられていたので、既に慣れてしまっている俺も大概だ。



 図書当番の曜日変更を約束してくれたので、用事は済んだと二人で生徒指導室から出たところで、「教室に戻りますね」と言って会釈すると、諏訪先生は満面の笑顔に右手の親指立ててグーのポーズをした。


 本人は若いつもりなんだろうけど、仕草とかポーズとか微妙に古いんだよな。








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