#55 いつも助けてくれる元会長の要望



「図書室では静かにしてください!」


 声だけで誰だか分かるその声の主に向かって声を張り上げてから、ハッとして隣に居る山倉アヤを恐る恐る見ると、口をポカンと開け状況が飲み込めていない様子だ。


 やっべ。

 救世主の登場が嬉しくて、うっかり催眠術にかかってるっていう設定を忘れてた。



「生徒会引退して暇になったし折角だからマゴイチに会いに来たのに、ほんとマゴイチは真面目ね。 私が図書委員だった時はずっとお喋りしてたわよ?」


「西尾くん・・・か、かかってなかったの?」


 山倉アヤに対して非常に気不味いのだが、ココは敢えて聞こえていないフリだ!


 俺は優木元会長の乱入に内心安堵しながらも、それを表に出さずにいつもの調子で優木元会長と会話を続けた。


「お昼に会ったばかりじゃないすか。 ていうか、図書委員やってたことあるんですか?」


「そうよ!1年の時だけどね!」


 優木元会長は謎のドヤ顔で受付カウンターの中に入って来た。


「部外者なのになんでそんなに堂々と入ってくるんすか」


「元生徒会で元図書委員だから部外者じゃないわよ。 って、なんでアナタ達そんなにくっ付いてるのよ」



 優木元会長はカウンター内に入って来ると、山倉アヤが俺とヒザがくっ付く距離までイスごと寄せている事に、顔をしかめて鋭い視線を山倉アヤに向けた。


 俺は元々自分のポジションのままで山倉アヤが一方的に近寄って来ただけなので、俺は首を軽くかしげ肩をクィっと上げて「さぁ?」のジェスチャーをしたが、山倉アヤは慌ててイスごといつもの自分の席に戻り、俯いて俺とも優木元会長とも目を合わせない様にして、心なしか怯えているようだ。



「まぁいいわ。 そんなことより!昨日からずっと言いたかったことあったのよ! 今日お昼に言うつもりだったのに、お弁当食べたら忘れちゃって5限目の授業中に思い出したのよ!」


「自分のうっかり話なのに、なんでそんなに嬉しそうなんすか?」


「マゴイチとお喋り出来るからに決まってるじゃない。 って、また話が横道にれるところだった。 マゴイチ、アナタいい加減私の呼び方変えてよ!」


「え?変えましたよ? 会長から元会長に変えてるじゃないっすか」


「いやいやいや、そういうことじゃなくて!下の名前で呼びなさいよって話!」


「え?下の名前で呼んで欲しかったんですか?アンナちゃんみたいに?」


「それよ!アンナのことは名前で呼んでるのになんで私のことはずっと会長とか苗字なのよ! 由々しき差別よ!」


「だってアンナちゃんのことは小学校の頃からそう呼んでたし、元会長は年上で先輩だし」


「年上でもアフロのことは苗字で呼んでないじゃないのよ」


「アフロは年上枠じゃ無いっすよ。バカだし。 ついでに女子枠でも無いっすけどね」


「それもそうね。バカだし。 って、折角生徒会長のお役目から解放されて自由を取り戻したんだから、これからは私のことは親しみを込めて『ア・リ・サ・♡』って呼んで頂戴! 愛情もたっぷり込めるのよ?ハートマークも沢山付けて頂戴」


「なんすかそのハートマークって、絶対に嫌すぎる。だいたい生徒会長の時だってすげぇフリーダムだったじゃないすか。 それにまるで生徒会長無理矢理やらされてたみたいな言い方ですけど、聞きましたよ?去年元会長が立候補したせいで他の候補者達が市場に連れて行かれる仔牛の様に悲壮感漂わせてたって。それなのにその状況作った張本人が好きなこと言いたい放題で仔牛ちゃん達が可哀そうじゃないですか。浮かばれないですよ?」


「そんなこと知らないわよ。 私にだって生徒会長にならなくちゃはいけない理由があったんだから」


「指定校推薦のコトっすよね? それだって、元会長の学力なら普通に受験しても志望大学受かること出来るでしょ? 指定校推薦ってウチの高校じゃ学力的にギリギリな人とかに宛がわれるって聞きましたよ? もちろん普段の素行重視でしょうけど」


「こういうのは早い者勝ちよ。それにマゴイチだってそのお陰で夏休み私とずっと一緒に遊べたんだから良いじゃない。今更何なの?  ってまた話らされた!マゴイチ、アナタわざと話を横道に逸らしてるでしょ!西尾マゴイチから西尾ヨコミチに改名させるわよ!」


「すでに生徒会長としての権力を失ったというのに何の権限があってそんなこと言うんすか? まさに老害っすね。優木アリサからユーキ・ローガイ・アリサ1世に改名っすね」


「ぐぬぬぬぬ、老人扱いしないでよ!もうあったまキタわ!」


 優木元会長はそう叫ぶと、俺が座っているイスごと後ろに引いて素早く前に回り込むと、俺のヒザの上に横座りでドスンと腰を降ろし、左腕で俺の首をヘッドロックしてきた。


 だが、俺は知っている。

 優木元会長はアフロとか弟のタカシくんには容赦なく本気で技を掛けるが、俺には本気では掛けてこない。 唯一本気出されたのは、入学式初日の下駄箱でのタックルくらいだろう。多分、俺に嫌われたくないとか、技にかこつけてスキンシップしたいからとかなんだろうけど。


「どう!!!ギブアップする!?言うこと聞く気になった!?」


 いつもの様に手加減してて大して効いていない技を掛けながらオーバーアクションでギブアップを要求してくるが、俺もそのノリに合わせてオーバーアクションで効いてるフリして、でも要求を拒否する。


「ノー!ノー! こ、この程度の技で俺からギブ奪い取ろうとか! クッ!まだまだ!」



 ぶっちゃけ、こんなやり取りは夏休みに俺んちで何度も繰り返してきたが、特に今日はヒザに乗ってのヘッドロックということもあり、優木元会長と全身密着してるし、良い匂いもするし、おっぱいが俺の顔面に押し付けられててその感触を思う存分堪能中なので、そう簡単にはギブアップなどしない。




 ◇





 結局閉館するまで優木元会長は図書室に居座り、ずっと俺とバカ話やプロレス技にかこつけたいちゃいちゃスキンシップを続けて、閉館後も職員室まで鍵を返却しに付いて来て、帰りも俺んちまで一緒に帰った。



 結果的に、俺と優木元会長の仲の良さをまざまざと見せつけられることとなった山倉アヤは、優木元会長が乱入してきた際に山倉アヤからの問い掛けを俺がスルーして以降は言葉を発しなくなり、俺たちとも目を合わせようとせずに一学期の頃よりも更に俺の事を避けている様だった。


 まぁ俺もヤケクソ気味にいつも以上に優木元会長とジャレあってたし、これで山倉アヤが俺の洗脳を諦めてくれれば安い物だ。




 優木元会長は俺の家まで付いて来ると、当たり前の様に俺んちの駐輪スペースの俺の自転車の隣に自分の自転車を停めて、当たり前の様に俺の後に続いて「ただいま」と言って自分んちの如く上がった。


 俺の部屋に入り荷物を降ろすと、俺よりも先にベッドの淵に腰を下ろし、「それでマゴイチ、さっきの図書委員のあの子、なんなの? 話、聞かせて」と、少し不機嫌そうに質問してきた。


 いつもだったら俺の様子がいつもと違っても何があったか聞こうとはせずに、ただ元気づけようとしてくれるのだが、流石に今回は俺がピンチの最中に遭遇した為に無視出来ないのか、それとも生徒会長という肩書が無くなったから俺に対する遠慮が今まで以上に無くなったのかは分からないけど、俺のことを心配してくれているのは間違いないだろう。


 指定校推薦が内定している優木元会長を巻き込むのは避けたかったが、ココまで来て誤魔化せる話では無いし、優木元会長の態度から見てソレは許してくれないだろうな。

 俺は正直に、山倉アヤの以前の態度やアカネさん絡みの過去や西高での噂と、最近は山倉アヤの距離感に困惑していたことを説明した上で、今日の催眠術で俺を洗脳しようとしてた事も報告した。



「つまり、実はあの子もマゴイチのことが好きで、その元カノのことをダシにマゴイチに近づいてマゴイチの信用得て油断させようとしてたってことなのかしら。 それでマゴイチが油断している状況になったから、催眠術でマゴイチを洗脳しようと今日の図書当番の時間に実行に移したってこと?」


「恐らく目的はそれで合ってると思いますが、今日強硬手段に出た理由は多分違うと思います。 山倉アヤが慣れ慣れしくしてきても俺一歩引く様にしてたし、今日だって優木元会長とのことを聞いて来たから、わざと本当のこと言わずに匂わせる様にはぐらかしたんですよ。 それで俺に彼女が出来たと思って焦って強硬手段に出たんじゃないですか?」


「なるほど・・・あの子が暴走する程マゴイチのことが好きなんだろうなというのは分ったわ。 図書委員の顧問って諏訪先生だったよね。アナタのクラスの担任だし明日学校に行ったら直ぐに相談しなよ」


「でも、あまり大ごとにはしたくないんですよね。共通の友達が料理部に居るし、また変な噂が広まるのも面倒だし」


「大ごとにする必要は無いわよ? 諏訪先生には「ペアの子に告白されて断ったから気不味いので、担当の曜日を変えて貰えませんか?」って相談すれば大丈夫よ。 とにかく今後はあの子との接触は極力避けるべきね」


「なるほど。流石元生徒会長。生徒間のトラブルには慣れたものですね。 今ちょっとだけ尊敬しました。 それに今日も図書室来てくれてありがとうございました。あの時マジでピンチでどう切り抜ければいいのか分からなかったんで、元会長が来てくれなかったら今頃山倉アヤの毒牙にかかってたかもです。ホントいつもいつも助けて貰ってばかりですね」


「そんなに感謝してくれてるのなら私からのお願いも聞いてよ! さっきからず~っと言ってるけど、真面目に私の呼び方変えて欲しいの!」


「う~ん。名前呼びですか。 アリサちゃん、とか?」


「それぇぇぇぇ!それよぉぉぉぉ!『ちゃん』付けマジ最強!鼻血出そうよ!!! これからはアリサちゃんって呼んで!絶対よ!」


 名前で呼んだだけで、俺の両肩ガッチリ掴んでガシガシ揺すって大興奮し始めた。

 名前で呼ばれるのがそんなに嬉しいのか。


「学校だと既に友達とかにそう呼ばれてるんじゃないですか? 何で今更そんなに大騒ぎを」


「だって!マゴイチが呼んでくれるから良いんじゃない!!! ず~~~っと会長って呼ばれてたのよ?生徒会長辞めてコレで漸く名前で呼んで貰えるって期待してたのに、元会長とか呼び始めたから悪夢かと思ったわよ! そんなクール気取ったマゴイチが呼び捨て飛び越えて『ちゃん』付けで呼ぶんだよ!?カワイイかよ!超イケメンなのに甘えん坊系に路線変更かよ!」


「まぁ良いですけどね。 でも学校だと恥ずかしいから、アリサ先輩って呼びますよ」


「エェェー!!! でもまぁうーん、それも仕方ないわね。学校じゃクール系気取りたい年ごろだものね。 でも、学校じゃクール系で、二人キリの時は甘えん坊・・・コレもアリね! ぐふふふ、二人の時はアリサちゃんて呼んでよ!絶対よ!」



 こうして、優木会長改め元会長改めアリサ先輩(アリサちゃん)のお陰で、山倉アヤの催眠術アタックのピンチから脱しソレを退け、その後の対応もアドバイスが貰えて方針も決まったので、この日の内にスマホで山倉アヤをブロックして、料理部の笹山さんと長山さんの二人にも「明日山倉アヤのことで相談ある」とメッセージを送った。





 その後は


「もう一回呼んで!もう一回!お願い!」


「はぁ、アリサちゃん」


「ぐふふふ、もう一回!もう一回アゲイン!」


「えーまた? アリサちゃん」


「はぅ♡ イイ♡ もう一回オカワリ!」じゅるり



 こんなやり取りが延々と続き、アリサ先輩はヨダレを垂らすほどダラけ切った締まりの無い表情を晒していた。

 その表情は、昨日の生徒会引継ぎ式での威風堂々とした勇姿が遠く昔の出来事の様に感じる程で、こういうのをギャップと言うのだろうけど、『萌え』とは程遠い醜悪しゅうあくな物だった。 まぁこの人、超美人なのに初めて会った日からヨダレ垂らしてたけどな。それに慣れて抵抗感薄れてる俺も大概だが。



 夜になり、アリサ先輩が帰る頃には外が真っ暗になっていたので、自転車で家まで送って行き、無事に送り届けたので「それじゃ俺は帰りますね。おやすみなさい」と言って帰ろうとすると、自分の自転車をガレージに停めていたアリサ先輩に「待って!マゴイチ!」と呼び止められた。


 ペダルを踏み込もうとした足を降ろして、何の用事だろうと振り返ると、走って来たアリサ先輩が抱き着いてきた。


「高校生活あと半年だけど、いっぱい楽しもうね。おやすみ」と俺の耳元で囁いてから、体を離した。


「了解っす。じゃ今度こそ帰りますね。おやすみなさい」と返事してからペダルを漕ぎだした。



 チラリと後ろを振り返ると、暗闇の中で家の灯りに照らされたアリサ先輩はその場に立ったまま俺を見送ってくれていた。





 帰り道、自転車を漕ぎながら、内山田洋とクールファイブの「長崎は今日も雨だった」を口ずさみながら帰った。






 ___________________



 6部お終い。

 次回、7部スタート。





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