#54 旧友の強硬手段




 学校では、俺は戸惑いを見せることなく意識して平然な態度を貫いた。


 昨日の生徒会引継ぎ式でのことで再び俺と優木元会長が付き合ってる等の噂が再び広まるだろうと予測していたし、初めての事では無いので動揺することなく、何か聞かれても「さぁ?」とだけ答えた。


 幸い、クラスのみんなは普段から俺と優木元会長とのやり取りを見てたからなのか、「どうせまた優木先輩が人前でマゴイチくんにベタベタしてたんでしょ」と、冷静な反応だった。 実際に拡散されて出回っている写真は、当然二人で腕組んで歩いている物ばかりで、ハグしてた訳でもキスしてた訳でも無いので、クラスメイトたちにとっては極日常的な光景と認識された様だったし。


 そして、この日もお昼休みにいつもの様に優木元会長が俺の教室まで遊びに来た時に、「これだけ毎日の様に1年の教室まで来てたのに、1学期はよく噂が沈静化したよな」と逆に感心したが、恐らくそれも俺の知らないところでクラスメイト達の忖度などがあったのだろうと気づいた。


 とはいえ、クラスの女子にはちょくちょく「優木先輩と付き合えばいいのに」と言われたりするも、それだって揶揄われている訳では無く、同じ女性として純粋に優木元会長のことを応援してのことだろう。


 因みに、優木元会長は噂に対しては、直接聞かれれば「彼氏じゃなくて彼氏候補よ」と当たり前な顔して応え、憶測だけの話に対しては全く相手にしてないそうだ。


 こんな感じで、校内では噂で騒がしくとも、クラスの中に居る限りは平穏で、内心でも1学期の時ほど動揺したり気持ちが沈んだりすることは無かった。





 この日は水曜日だった為、放課後は図書当番があり、前日に部活を休んだこともあって、少しでも学校祭の準備の遅れを挽回するべく図書室で図書当番をしながら学校祭の時に使う料理部のカンバンの図案を練っていた。


 いつもの様に利用者が少なく静かな図書室でアレコレ描いては消して描いては消してと一人で集中していたのだが、ふと隣のカウンターに座る山倉アヤが今日は静かなことに気が付いた。


「最近にしては珍しく何も話しかけてこないな?」と思い視線を向けると、読書をしている様で、でも集中してないのかチラチラと俺の方を見ていた様で、俺と目が合うと慌てて視線を本に戻した。


 そんな無言のやりとりが4~5回続き、流石に気になったので「山倉さん、今日は静かだね」と声をかけた。


 山倉アヤは俺が声をかけると肩をビクッとさせて、恐る恐るといった様子でコチラに顔を向けた。



「あの・・・その・・・」


「うん?何かあったの? あ、俺作業しながら独り言でも言って煩くしてた?」


 今日はおっぱいの妄想はしてないから、変なことは口走ってないハズだ。


「ううん・・・えっと・・・」


「もしかして、アカネさんのことで何か新たな動きでも?」


「そうじゃなくて・・・西尾くんの」


「やっぱり俺なんか言ってた? あーもしかして、優木元会長との噂?」


「・・・うん。 西尾くんは優木先輩とお付き合いしてるのかな?って思って」


 否定するのは簡単だが、ココ最近距離感がおかしい山倉アヤに対しては正直に話すよりも匂わせた方のが牽制になると思い、「さぁ?どうなんだろうね? 俺にもよく分かんないや、ははは」と爽やかイケメンスマイルですっとぼけた。


「ううう」


 俺の反応に、山倉アヤは俺から視線を外して、困っているような挙動をした。


 これ以上コチラから話すことも無いので放置するのが無難だと判断し、再び自分の作業に戻り集中し始めると5分もしないウチに山倉アヤがイスごと俺のすぐ傍まで寄って来て声をかけてきた。



「西尾くん、コレ見て」


「うん?」と顔を上げて山倉アヤへ視線を向けると、真剣な表情の山倉アヤは手に持ったスマホの画面を俺に向けていた。



 スマホの画面には、中央に瞳を閉じた様な絵があり、その周りには白と黒の線が入り組むような模様が描かれていて、「なんだこれ?」と不思議に思うと、閉じてた瞳の絵が見開き、周りのモノクロだった模様が赤や緑や黄色にピンクや青と目まぐるしく変わり出した。



「リラックス、シテクダサイ。ソウスレバ、アナタハダンダン、ネムクナリマス」


 んんん?

 新しいギャグかなんかか?


「ネムクナッタラ、カタノチカラヲヌイテ、マブタヲ、トジテクダサイ」


 あー!

 もしかして、催眠術か!?

 アレだ!エロマンガとかエロ同人誌とかで良くある催眠アプリってヤツか!?


「ネムクナーレ、ネムクナーレ」


 おいおいおいおい、そんなもん信じるヤツなんて居るのかよ!

 っていうか、山倉アヤって優等生っぽいし真面目なキャラで、そういうのとは無縁そうなんだけど。


「ネムクナーレ、ネムクナーレ」


 ココで「ナニやってんの?バカなの?」と否定したい所だが、「もし催眠術にかかったとしたら、山倉アヤは俺に何をしようとしてるんだろ?」という好奇心が湧いてしまった。


 だから俺は、戸惑いながらもまぶたを閉じて催眠術にかかった演技をはじめた。



「ソーデス、アナタハネムクナリ、マブタヲトジマス」


「・・・・」


「ふぅ、上手く行った様ね。 でもママで試した時よりも少し時間がかかったちゃったわね」


 おいおいおい

 山倉ママ、掛かったのかよ!

 ウソだよな?多分、おかしなこと言い出した娘に同情してかかったフリしてただけだよな?

 もしくは俺と同じように好奇心湧いちゃったんだよな?


「ソレデハ、イマカラ、シツモンヲシマスノデ、ハイカ、イイエデ、コタエテクダサイ」


 来たぞ来たぞ来たぞ!


「アナタノナマエハ?」


 いきなりハイかイイエで答えられない質問じゃねーか!


「・・・」


「あ、そっか。 アナタノナマエハ、ニシオマゴイチ、デスカ?」


「・・・ハイ」


「1ガツ4ッカ、ウマレデスカ?」


 なんで山倉アヤが俺の誕生日知ってるんだよ!


「・・・ハイ」


「コイビトハ、イマスカ?」


「・・・イイエ」


「なるほど・・・。 スキナヒトハ、イマスカ?」


「・・・イイエ」


「そうだったのね。 ヤマクラアヤノコトハ、スキデスカ?」


「・・・イイエ」


 うーん。

 こんなこと聞いてくるということは、最近の一方的な距離感もやっぱりそういうことだったんだよな。


「クッ、分かってたけどまだまだよ! デハ、ヤマクラアヤト、ツキアイタイト、オモイマスカ?」


「イイエッ」


 思わず喰い気味に答えてしまった。


「うう、でもここからが本番よ!」


「・・・・」


「イマカラ、ワタシガ3ツカゾエタラ、マブタヲアケテ、フタタビ、スマホノガメンヲミツメテ、クダサイ。 1,2,3、ハイ」


 言われた通り瞼を開いて、山倉アヤが手に持っているスマホの画面を見た。

 先ほどと同じ瞳を閉じた状態の画像が表示されていて、再び瞳が開いてカラフルに色が変わりだした。


「アナタハ、ヤマクラアヤノコトガ、スキニナリマース」


「・・・・」


「ヤマクラアヤヲ、スキニナリマース。スキニナリマース。スキニナリマース」


 やばいやばいやばいやばい!

 コイツマジやばい!


 で、でも、今後もこの女と毎週図書当番で一緒になること考えると、今更「実は催眠術なんてかかってねーよ!」って言い辛い!

 マジ困ったぞ。

 どうすんだコレ?

 でもやっぱり気不味くなってでも言うべきか!?


 10月に入り夕方になるとすっかり涼しくなっているというのに、極度のプレッシャーで俺の脇と背中は汗びっしょりとなっていた。


「スキニナリマース。スキニナリマース。ヤマクラアヤヲ、スキニナリマース」


 まずいまずいまずい!

 この女、全然諦めねーぞ!?

 何か言った方がいいのか!?

 掛かったフリ続行するべき!?


「ヤマクラアヤト、キスヲ、シタクナリマース。ヤマクラアヤト、セックスヲ、シタクナリマース」


 げ、限界だ・・・

 この女、完全に暴走してやがる!

 テンザン、俺を助けてくれ!


 俺が心の中でテンザンに助けを求めたその瞬間、図書室の扉がガラっと大きな音を立てて救世主が現れた。



「マゴイチ!遊びに来たわよ!」


「図書室では静かにしてください!」



 催眠術にかかった演技中だったのに、俺は救世主に向かって思わず条件反射で静かにするように注意していた。







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