#53 生徒会長の最後の花道




 10月最初の火曜日。


 この日は前々から優木会長に「放課後に生徒会室で生徒会の引継ぎ式あるから、マゴイチも来てね」と呼ばれていた。


 近藤くん情報では、生徒会の引継ぎ式は新旧の生徒会役員と校長や顧問などの数名の職員で行われるらしいのだが、見学なんかは自由らしく、昨年生徒会役員選挙で断トツトップ当選した優木会長新任の引継ぎ式の時には、ギャラリーが廊下にまで溢れて大歓声の中で行われたらしい。



 火曜日なので部活があり学校祭に向けて忙しい最中さなかではあったが、いつも俺の事を気にかけてくれて教室まで遊びに来てくれては楽しませてくれたし、俺が落ち込んでる時なんかは唐揚げオゴってくれるなど何かとお世話になって来たこの学校で一番の友達である優木会長の引退ともなれば、本人に誘われるまでもなく駆けつけて引継ぎ式の後にでも労いの言葉の1つでも伝えたいと思い、料理部の方で部活を休ませて貰らおうと事前に事情を説明したら、優木会長と同じ3年の部長や先輩たちが部活休む許可してくれたついでに、優木会長が去年生徒会役員選挙に出馬した際の逸話を教えてくれた。



「去年は人気者の優木さんが立候補するって決まった途端「生徒会長は優木さんに決まっちゃったね」って学校全体が投票前からそういうムードになっててね、それで全校集会で立候補者が順番にスピーチしてた時でも他の候補者が「どうせ会長は優木さんでしょうけど・・・」って自虐ネタ言うくらいで、可愛そうというか情けないというか、でもしょうがないよね、とか私らもみんなそんな空気になってたんだけど、優木さんがさ、まだ自分の順番じゃないのにその自虐してた候補者のスピーチ中に乱入してね、マイク奪って『出る前に負けること考えるバカいるかよ! 歯!食いしばれ!』って叫んで全校生徒が見てる前でその候補者にビンタしたの」


「うわ、アントニオ猪木じゃないすか・・・優木会長らしくて、その光景が目に浮かぶ」


「それでそのビンタされた子が覚醒しちゃって、「生徒会で優木さんのサポートがしたいです!どうか私に投票してください!」って泣きながら訴えて、2位当選して副会長になったんだよ」


「副会長も確か女子でしたよね!? 優木会長女子相手でもマジ容赦しないな」


「でも、その子は優木さんに凄い感謝してたね」


「流石優木会長、大物感ハンパないな」



 俺と一緒に居る時は、ベタベタスキンシップ多いし奇行の目立つ変人だけど、やっぱり伝統校である西高の生徒会長として君臨してただけはあって、人気とかカリスマ性とかずば抜けてるんだよな。





 ◇





 放課後になり、用意していた花束を持って生徒会室に行くと、廊下には既に30名以上の生徒が集まっていた。


 その集団の中をかき分け生徒会室の中を覗くと、優木会長を始めとした新旧の生徒会役員たちが待機していて、優木会長は俺に気づくとニコやかな笑顔で手を振ってくれた。



 生徒会室に来るのは丁度半年前の入学式以来で2度目だ。

 あの時、優木会長に「一目惚れしました!」って告白されて俺がその場で断ってから、優木会長との交友が始まったんだよな。


 優木会長は今でもずっと俺に好意を向けてくれてて、でも俺はそれに応える気持ちになれないでいた。


『可愛い子は浮気する』という俺の中の絶対的真理がそうさせているのもあるが、夏休み中の長い時間を一緒に過ごして来た今となっては、今の関係が俺にとってはとても気楽で心地良くて、この今の関係にいつまでも甘えて居たいという思いも強くなっているせいでもあった。


 改めて今の自分の態度や思いを振り返ると、じくじくと罪悪感が湧いてくる。


 優木会長の好意を利用する形で友達付き合いを続け、自分は他に彼女を作りたいと考えて過ごしてきた。

 10代の恋愛なんてそんなもんだ、と言ってしまえばそうなんだろうけど、きっと優木会長が高校を卒業してしまえば今まで通りの関係は続けられなくなるだろう。


 そして、優木会長の好意から目を背け続ければ、いつかきっと優木会長も他に好きな人が出来て、俺との友人関係すら消滅してしまうかもしれない。 それはしょうがないことだけど、それを考えると胃がギュっと締め付けられる様な行き場のない寂しさというか焦燥感みたいな感情が湧くのも自覚している。


 俺は一人っ子だから経験することは出来ないが、仲の良い姉が結婚したりするとこんな気持ちになるんだろうか?



 そんなことを悶々と考えていると、校長と生徒会顧問の教師がやってきて引継ぎ式が始まった。 気付けば廊下のギャラリーは更に増えていた。



 顧問の教師が司会進行を務めて、まず最初に校長の挨拶から始まった。

 校長の挨拶では、前任の生徒会の功績の紹介と労う言葉に相変わらず自主性を重んじる話が続き、最後には西高の自主性を重んじる校風の体現者たる優木会長をたたえていた。


 次に、新任の生徒会役員から前任の生徒会役員それぞれに花束の贈呈があり、前任の生徒会を代表して優木会長のスピーチが始まった。


 優木会長が抱えていた花束を隣に立つ副会長に預け一歩前に出ると、廊下に集まるギャラリーが一斉に静かになった。

 先ほどから俺の脳内ではパッヘルベルの「カノン」が流れていた。




 普段俺と居る時の様な緩んだ表情では無く、キリっとした眼差しを正面に向け優木会長は威風堂々と話し始めた。


「生徒会長としてのこの1年間、大変な事、辛い事、楽しい事が沢山ありました。 本日、こうして生徒会役員6名全員が任期を無事に終えて引退することが出来るのも、多くの生徒さんの応援や職員の方々の支えがあったからです。 これまで、ありがとうございました」


 優木会長が頭を下げると他の生徒会役員の面々も頭を下げ、パチパチと拍手が湧いた。

 優木会長が頭を上げ一呼吸すると拍手が止み、再び話し始めた。


「最後ですので、今日はみなさんに、私の尊敬する故アントニオ猪木氏の言葉を贈りたいと思います」


「人は歩みを止めた時に、そして挑戦を諦めた時に年老いていくのだと思います。 

この道を行けばどうなるものか。 

危ぶむなかれ、危ぶめば道はなし。 

踏み出せばその一足が道となり、その一足が道となる。 

迷わず行けよ!行けば分かるさ!!!」


 そして右手で拳を握って構え、溜めた後に叫びながら右腕を上に思い切り伸ばして拳を掲げた。


「元気があれば何でも出来る! イーチ!ニッ!サンッ!ダァァァァァァ!!!!」


『ダァァァァァァァァァ!!!!』


 優木会長の叫びに合わせて一斉に咆哮する出席者とギャラリー全員。

 校長も拳を掲げて叫んでいる。

 中には泣いている人たちも居た。

 副会長なんて「アリサちゃんありがとぉ~」って超号泣してる。

 勿論俺の脳内でもBGMが「アントニオ猪木のテーマ Inoki Bom-Ba-Ye」に切り替わっていた。




 その後、司会進行の顧問の教師が「静粛に!静粛に!」となんとか場を宥めて、新任生徒会役員の任命が行われ、最後に前任生徒会役員の退場となった。



 既に100名を超えているであろう廊下のギャラリーが左右に分かれて花道を作り、その間を前任生徒会の面々が歩いた。


 優木会長はギャラリーから次々と声を掛けられたり、花束や差し入れなんかを手渡されてて、その度に「今まで応援ありがとうね」とか「あなたも頑張ってね」と言葉を掛けたりスマホでのツーショットに応じたりと穏やかな表情で応えていた。


 ギャラリーの花道の中間辺りに居た俺のところまで来るのに結構な時間がかかっていた。

 まるでディナーショーの演歌歌手の様に沢山の花束を抱えた優木会長がようやく俺の前まで来たので、俺も用意していたオレンジ色のバラの花束を両手で差し出して「お勤めご苦労様でした」と伝えて渡した。


 優木会長は満面の笑顔で俺から花束を受け取ると「最後に来てくれてありがとうね。 マゴイチ、折角だからエスコートして頂戴」と言って、両手に抱えた沢山の花束や差し入れなんかをオレンジ色のバラ以外全部俺に押し付け、大量の荷物を抱えることになった俺の腕を強引に引っ張ると腕を組んで歩きだした。


「キャー」とか「おぉ~」とか周りから歓声や拍手が湧き上がり、大勢のギャラリーが見守る中腕を組んで歩くのは、まるでチャペルでの結婚式の様で滅茶苦茶恥ずかしかったが、優木会長の最後の花道だし優木会長がしたいようにさせてあげようと我慢して歩いた。


 でも横目で見ると、オレンジ色のバラを持った優木会長が笑顔でギャラリーに手を振る姿が本当に幸せそうで、生徒会長としての最後の勇姿も見れたし、部活休んでまで来て本当に良かったと思えた。






 そして翌朝学校へ登校すると、予想通り『マゴイチと優木元会長はやっぱり付き合ってた』と言う噂で持ち切りとなっていた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る