#45 子離れの季節

 



 どうやらアクア先輩は、まだ赤ちゃんプレイという夢の中の住人の様だ。


 どうすんだ、コレ?と困ってしまった俺は、立ち会って貰っている料理部の面々に助けを求める様に視線を向けるが、みんな気不味そうに俺から視線を逸らしやがった。


 俺は「はぁ」と小さくため息をついてから、慎重に話を再開した。



「アクア先輩、そういうことじゃないんです。俺が言いたいのは、お互いもっと話し合って理解しあうことが必要だったんだって反省してると言いたいんです。アクア先輩の事を大切にしているつもりで、本当はアクア先輩に嫌われるんじゃないかってビビってた。それが不味かったんだって分かって反省してるんです。だから一方的にフッたけど、俺にも悪いところがあったって謝りたかったんです」


「で、でも!マゴイチちゃんは赤ちゃんだから言葉喋れないのは当然だし!ママがちゃんとしっかりしてれば、マゴイチちゃんだって辛い思いしてガマンすることだって無かったハズなの!」



 赤ちゃんプレイの時の”ちゃん付け”に戻っちゃったのね。

 流石に爽やかイケメン風のにこやかなで優し気な眼差しが維持出来なくなった俺は、額に手を当て考え込んだ。



 未だ赤ちゃんプレイが続いているアクア先輩の中では、どこまで行っても俺は赤ちゃんのままなんだな。 流石、母性のモンスターだ。

 話が嚙み合わないから、着地点というか落としどころが全く分からなくなってしまったぞ。


「そういう所が俺には無理だったんだよ!」と言いたい気持ちを抑えて、冷静になろうと再びアクア先輩の表情を真正面から見つめる。


 気にして触り過ぎたせいか、ヘアバンドが少しズレてしまっていた。

 その為に、短くなってしまった前髪の一部が、チョロっとハミ出ている。


 ま、まずい。

 もっとも恐れていた金太郎ヘア再登場の予兆よちょうが。

 アクア先輩がオモシロ金太郎フォームにチェンジしてしまうと、真面目な話し合いが継続出来なくなってしまう。


 今日のところは一旦撤退するべきだと考えた俺は、強引に話し合いを締める判断を下した。



「兎に角、アクア先輩だけが悪いとは思ってないって分かって欲しかったんです。だからこれからは恋人としてではなく、先輩後輩として―――」


 俺がなんとか締めようと宥める様に話していると、アクア先輩は俺の言葉をスルーするかのように話し始めた。


「本当は、分かってるんだ・・・マゴイチちゃんにはもうママが必要無いってこと・・・」


 俺は話すのを止めて、ゆっくり話すアクア先輩の言葉に耳を傾けた。


「あの日、マゴイチちゃんが居なくなって、凄く悲しくて寂しくて・・・でも、マゴイチちゃんの言葉で、これが乳離れだっていうのも分かったの」


 いや乳離れの前に、モミモミちゅぱちゅぱしてないから授乳期すら無かったんですけど。



「来るべき時が来たんだ。 凄く寂しいけど、いつまでも縛り付けてちゃダメなんだ。子供はいつか親元から巣立って行くんだ。子離れしなくちゃダメなんだ、今がその時なんだよねって」


 なんだかよく分からない話になってきているが、アクア先輩なりに締めてくれようとしてるのかな?


 俺が戸惑っていると、アクア先輩は自分のバックをゴソゴソしだして、紙袋に包まれた物を取り出し俺に差し出してきた。



「ママからの最後のプレゼント。受け取って貰えないかな」



 別れた元カノからのプレゼントとか、扱いに困るから普通に勘弁してほしいんだけど。

 でも、そんなこと言えない空気だ。


 だからと言って受け取る気になれない俺は、相当困った顔をしていたのだろう。

 アクア先輩はイスから立ち上がると俺に抱き着く程の近距離まで迫り、その突き出た爆乳を俺に押し当て訴えて来た。


「ママ沢山反省して、どうしたらいいのか沢山考えたの! それで今度はカバーオールじゃなくて夏用にロンパースを作ろうって考えて、寝る間も惜しんで作ったの!今度はミシン使わずに全部手縫いで作ったんだよ?最近寝不足だったのもコレ作ってたからなの!ママの愛情沢山込めた手作りだから、ママからの最後のプレゼントだとおもって受け取って!お願い!」



 重い重い重い重い重い!

 


 もはや呪いレベルで重すぎる元カノからの手作りプレゼントだが、ココで俺の悪いクセが出た。

 そう、おっぱいには逆らえないさがだ。


 興奮気味に訴えるアクア先輩は、人一倍突き出ている爆乳を俺の胸や手にぼいんぼいんと突き当ててきて、その感触に判断力が低下した俺は、迷いながらもOKしてしまった。



「ええ、まぁ、折角なので・・・」


「ホント!?よかったぁ。 マゴイチちゃん水色も似合ってたけど、ピンクも似合うじゃないかって思って、今度はピンクにしたんだよ?うふふ、きっと似合うと思うなぁ」


 多分だけど、アクア先輩は俺のおっぱい大好きだという弱点を分かっててソコを突いてきたのだろう。 アクア先輩も流石西高生と言うべきか、新たに手縫いでベビー服作ったり、それを受け取らせるために俺の弱点を突いてきたりと、無駄に自主性を発揮しだしたな。


 俺が紙袋を受け取ると、アクア先輩は受け取った俺の腕を両手で抱く様に自分の胸に押し当て、俺を見上げて嬉しそうに微笑んだ。



「水色」と聞いて、「そうだ、カバーオール返そうと持ってきてたんだ」と思い出して、爆乳の感触が名残惜しかったがアクア先輩の手をそっと振り解いて、足元に置いたリュックからカバーオールを取り出し、「コレ、洗ってありますんで返しますね」と渡そうとした。


 しかし、「それはマゴイチちゃんが持ってて。まだ暑いけど、もうじき寒くなるからね。きっと必要になる時が来るから」と言って、アクア先輩は受け取ってくれなかった。



 ふと料理部の面々に視線を向けると、みんな満足そうな笑顔でウンウンと頷いていた。


 アクア先輩は、恋人関係の解消を『子離れ』ということで納得している様だし、どうやらココが着地点の様だ。


 こんな落しどころで良いのだろうか?という疑問は残ったままだが、ムキになって理解してもらおうとしつこく説明としたところで、アクア先輩を更に傷つけるだけだろうし、料理部のみんなにも迷惑かけてしまうだろう。

 消化不良感ハンパ無いが、一応は仲直りは出来たようだし、後は付き合う以前の元の関係に戻れるように少しづつ慣れていくしかないのだろうな。


 アクア先輩に再び視線を戻すと、いつの間にかヘアバンドを外して再び金太郎ヘアに戻っていたが、それを見ても俺は全然笑えなかった。




 ◇




 話合いが終わり、みんな荷物をもって家庭科室を出ると、そこで解散となった。


 俺は一人になりたかったので、下駄箱へ向かうみんなから遅れて廊下をトボトボ歩いた。


 一人で下を向いて歩いていると、元気よく俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。


「マゴイチ!」


 顔をあげて声がした方を見ると、優木会長が笑顔で手を振っていた。

 優木会長は俺のところまで駆け寄ってくると、俺の横に並んで歩き始めた。


「部活、今終わったの?」


「ええ、今終って帰るところっす。会長も帰るところですか?この時間まで残ってたのは、生徒会があったんです?」


「そうなの。今月生徒会役員の選挙あるでしょ?アレって毎年前任の生徒会が選挙管理委員をやることになってるのよ。それでその準備で今少し忙しいのよね」


「なるほど」


 優木会長とのお喋りは少しは気が紛れたが、やはり先ほどまでのアクア先輩との話し合いが尾を引いていて、俺のテンションはいまいち上がらないままだった。


「そうだ! これからマゴイチんちに一緒に行きましょ!テンザンに会いたいわ!」


 どうやら優木会長には俺のテンションが低いことはお見通しの様で、校内だというのに恋人同士の様に俺の腕に自分の腕を絡ませ、まるで俺の事を元気づけるかのように明るく元気に振る舞い「むふぅ♡」とニコやかな笑みを俺に向けていた。




 優木会長と一緒に自宅に帰ると、テンザンが元気よく迎えてくれたので、テンザンも一緒に俺の部屋に連れて行き、しばらくはテンザンと楽しそうにジャレあう優木会長を眺めていた。


 相変わらず優木会長は、俺が元気無くても俺には何があったのか聞こうとせずに、ただ元気づけようとしてくれてるようで、優木会長のその優しさが今の俺にはとても心地良かった。


 ココで本当なら、今日の出来事を優木会長に聞いて貰いたいところだけど、やはりアクア先輩の事は一度告白を断っている優木会長に話せないので、今日貰ったアクア先輩からの呪いレベルで重すぎるプレゼントだけ見てもらうことにした。



「会長に見て貰いたい物があるんです。 俺もまだ見てないんですけど、元カノからのプレゼントで、重すぎて一人で見る勇気ないんで一緒に確認してくれませんか?」


「元カノって、例の5番目の彼女? 良いわよ一緒に見ましょ、私にも見せてよ」


 優木会長も一緒に確認してくれると言うので、俺はリュックから紙袋を取り出し、包を開いて中からピンク色の衣装を取り出した。


 優木会長がそれを手に取り目の前に掲げる様に広げてみた。


 薄いピンク色のその衣装は、今回もモコモコ地だけど前回のカバーオールと違い、腕部分のそでと脚部分のすそが短く、半袖半ズボンのつなぎの様な形だが今回のもフードが付いており、その頭頂部には何かの動物の耳飾りが付いていた。


「またベビー服? なんなのコレ?」


「今回はロンパースらしいっす。 カバーオールは夏場には向かないから、夏用にロンパース作ったらしいっすよ」


「手作りなの? その子・・・もう別れた元カノなのよね?」


「ええ、今日少し話しましたけど、別れた認識はあるようです」


「そう・・・とりあえず着てみたら?」


「見たいんですか? またベビー服っすよ?」


「ええ、見たいわ。マゴイチのベビー服姿、結構好きよ?」


「じゃあちょっとだけ・・・ダンスは踊りませんからね?」



 俺はその場で制服を脱いでパンイチになり、ピンク色のロンパースを着込んだ。

 因みに、優木会長とは夏休み中に散々お互い薄着姿で過ごしたりしてたので、今更優木会長の前でパンツ姿になるのに抵抗は無い。



「はっきり言わせて貰うけど、マゴイチにピンク色は全然似合わないわね。その辺のオカマバーとかに居そうで全く笑えないわよ?水色以上に酷いわ。 っていうか、その元カノさんのセンス、絶望的にダサそうね」



 俺はフードも装着して、鏡で自分の姿を確認した。


 優木会長がぶった切った通り、俺にピンク色は全然似合っていなかった。






 ______________


 5部お終い。

 次回、6部スタート。


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