#44 爽やか風イケメンと女神の話し合い




 ガラガラガラと家庭科室の扉を開けると、俺は第一声の挨拶を言い放った。




「チィーッス!みんなこんちわ!今日も部活がんばろーぜ!アハハハ」




 既に来ていた料理部の面々は一斉に俺を見るが、誰も言葉を発せずに凍り付いていた。


 しまったぁぁ!

 極度のプレッシャーを振り払おうと背伸びしてハイテンションで挨拶したのに、超裏めった!


 先ほどまでワイワイお喋りしている声が廊下にまで漏れていたというのに、今は静寂が家庭科室を支配していた。


 4月の入学当初にクラスで同じミスして深く反省したというのに、同じ失敗を繰り返してしまうとは、どうやら今日の俺は相当浮足立っている様だ。



 初動からミスっちまったな。

 テンザン、すまん。お前に貰った勇気、無駄打ちしちまったぜ。



 俺が入口で立ちすくしたまま「もう一度扉を閉めて挨拶から仕切り直すべきか?」と逡巡しゅんじゅんしていると、部長が気を利かせて部活を始める号令を掛けてくれた。



「はいはい!それじゃあみんな揃ったから部活始めるよ~!」



 部長の声に気を取り直すとそそくさと教室に入り、荷物を持ったままみんなが集まっている席に向かった。


 すると、部長が俺の傍に来て肩を指で突いて内緒話をする様に、俺の耳元に顔を寄せて来た。



「昨日の夜、アクアちゃんに前髪隠すようにアドバイスしておいたからね」



 部長の言葉を聞いてチラリとアクア先輩の方へ視線を向けると、アクア先輩は頭にヘアバンド付けていて、確かに前髪が見えなくなっていた。ツヤツヤのオデコは全開のままだけど。


 アクア先輩の表情は、普段通り落ち着いているように見える。

 どうやら俺の方が気負い過ぎてるのかもしれないな。



 俺が荷物を足元に降ろしてイスに座ると、ミーティングが始まった。



「えーっと、まず2学期の大まかなスケジュールから。 10月の28と29日に学校祭があります。 料理部でも毎年お菓子の販売とか部活として参加してて、今週からそれに向けての準備に入ることになりますので、みんな積極的に協力してね」


 部長の話が始まると、俺は一旦アクア先輩のことを気にするのは止めて、話を聞くことに集中した。


「それともう一つ。 3年生は学校祭を最後に引退します。 なので、それまでに2年の二人のどちらかに次の部長を引き継いで貰うことになるけど、まぁウチの部は特別学外での活動とかしてないし、部員のみんな仲良しだから、部長の役目ってそんなに無いんだよね。だから変に気負う必要ないから、2年の二人で話し合ってどちらが部長やるか決めておいてね」



 そうか、3年の先輩はもうすぐ引退か。

 運動部なんかは既に引退してるもんな。

 そういえば、優木会長も9月いっぱいで生徒会長引退だって言ってたな。


 友達として、優木会長にお疲れ様的な何かした方のが良いのかな。

 優木会長なら何しても喜んでくれそうな気がするけど。


 って、今は優木会長のことはどうでもいいんだ。



「それで、学校祭に向けての出し物の内容と役割分担を遅くても来週中には決めようと思うけど、今の時点で何か「コレをやりたい」っていう意見がある人は居るかな?」


「例えば、お菓子以外の料理とか?」


「そうそう。ただ、お菓子って前日までにまとめて作ってラッピングとかまで出来るから、当日は販売だけで楽だからいいんだけど、料理となると当日バタバタ忙しくなるから大変そうなんだよね。毎年そういう理由で結局お菓子販売に決まってたし」


 なるほど。

 お菓子だとそういう利点があるのか。


「あと、学校祭当日に火を使うのは色々厳しい制約があるから、せいぜいホットプレートくらいしか使えないんだよね。 ウチらは料理部だから学校祭の前日までに部活動としてココが使えるから、作り置きできるお菓子はそういう面でもかなりやり易いのよ」


 部長を含めた3年の3人が中心になって、俺たち1年にも分かるように説明しながら話し合いが進められていた。





 結局、今年もお菓子で行くことに決まり、どんなお菓子にするかは次回の部活で話し合うことが決まった。

 因みに、候補としては、クッキー、マドレーヌ、プリンやゼリー、タルトなんかも候補に挙がっていた。

 そしてそれらを来週の部活動で試作して、実食しながら決めることまで決まり、この日のミーティングは終わった。


 今日のところは2学期初日の部活ということもあり、あとは掃除をして終わりなのだが、今日はまだこのままでは帰れない。

 アンナちゃんのアドバイスに従い、アクア先輩に今の俺の正直な気持ちを話してキチンと謝罪もして、今後の先輩後輩としての関係を再構築する必要がある。


 テンザン、俺に再び勇気をくれ。



 俺は祈りながら気合を入れていると、みんなが掃除を始めるために立ち上がりそれぞれいつもの分担の掃除を始めようと動き出したので、アクア先輩に声を掛けた。



「アクア先輩、掃除終わったらちょっとお話できますか?」


「ひゃっ! う、うん・・・」


「それと、みなさんもすみませんが、俺たちの話し合いに立ち会って貰ってもいいですか?」


 俺はアクア先輩だけでなく、他の料理部のみんなにも話し合いに立ち会ってもらうようにお願いした。

 コレは、既に色々と暴露されている現状二人でコソコソ話し合う意味が無いし、どうせ話し合いの内容は伝わるだろうし、「俺にはもう後ろめたいことは何もないよ」というアピールとか、話し合いの最中にドチラかが興奮して暴走したりした時のストッパー役など必要だろうと考え、みんなにも話を聞いて貰うことにした。


 俺のお願いに料理部のみんなは、興味本位の期待するような目や心配するような目で全員が了承してくれた。




 ◇




 掃除と言っても、今日は料理をしてた訳では無いので10分程度で終わってしまい、早速アクア先輩との話し合いを始めることになった。



 アクア先輩が先にイスに座ってモジモジしながら待ってくれてたので、俺は急いで手を洗い、濡れた手をタオルで拭うとそのままタオルを首に掛けて、イスをアクア先輩の前に置いて向かい合うように座った。



 正面からアクア先輩を見据えながら俺は言葉を選んで話し始めた。



「あの時、キチンと説明もせずに飛び出してすみませんでした。それと一方的に別れることにしたのもごめんなさい」



 アクア先輩は落ち着きがない様子で視線は俺と合わせないようにしてて、ヘアバンドの位置が気になるのかしきりに右手で頭のヘアバンドを触っていた。

 昨日は寝不足による貧血で倒れたが、今日は良く寝て来たのか顔色は良く、オデコもツヤツヤだ。


 俺の方も大丈夫そうだ。

 昨日見たオモシロ金太郎ヘアの影響は今の所は無く、冷静に話が出来そうだ。


「言い訳になっちゃうんですけど、俺あの時は全然余裕無くて、自分だけが被害者みたいに思い込んでて、なんで俺ばっかり我慢しなくちゃいけないんだって思ってました」



 俺が我慢してた、という説明にアクア先輩はビクンと体を一瞬硬直させて、恐る恐るとようやく俺の方へ視線を向けてくれた。


 俺は、今日のこの話合いが、アクア先輩に対しての糾弾きゅうだんの場では無く、前向きな話し合いだということを理解して貰おうと、普段は絶対にやらない様な爽やかイケメン風のニコやかなで優しな眼差しをアクア先輩に向けた。


「はぅ♡ やっぱりしゅてき(ぼそ)」


 アクア先輩は唇を震わせながら聞き取りにくい小声で独り言のように零したが、俺はそれをスルーして話を続けた。


「俺はアクア先輩のことが本当に好きでした。好きだったから大切にしたいと思ってたし、アクア先輩が望むことなら何でも叶えてあげたいって思ってました」


 俺の「好きでした」という言葉に反応したのは、アクア先輩では無く立ち会って貰っている料理部の面々で、ちらりと視線を向けると、小声で「きゃー」と言いながらみんな興奮した様子で口を押えて真っ赤な顔をしていた。


 俺は料理部のみんなの反応もスルーして話を続けた。


「でも、そう思ってたのに、自分には出来ないこと、無理なことがあるのに気が付いて、なのにそれを言えずにずっと我慢してました。 最初から俺がちゃんと正直に出来ないことは「出来ません」って話していれば、爆発するまでストレス貯めることも、アクア先輩を傷つけるような別れ方をすることも無かったと、今は反省してます」


「まっ!・・・・」


 アクア先輩は俺の言葉に対して、何かを訴えようと声を出すが、上手く言葉にできない様だ。


 俺はかすことなく、爽やかイケメン風のニコやかで優し気な眼差しのまま、アクア先輩の言葉を待つ。


 しかし、アクア先輩が更に落ち着かない様子で頭のヘアバンドをしきりに触り出すと、俺もちょっとだけアクア先輩のツヤツヤなオデコが気になりだした。



「ま、マゴイチちゃ・・・マゴイチくんは悪くないよ!ママが全部悪いの! まだまだ母乳が恋しい時期なのにママ恥ずかしくて哺乳瓶ほにゅうびんに頼ったりしちゃったし、夏場で暑い季節なのにカバーオールだなんて蒸れて大変なの気づけ無かったし、オムツだって市販の紙おむつに頼らずに布で作って用意してあげるべきだったし・・・ママ失格だよ・・・」



 うーん。

 確かに爆乳ちゅぱちゅぱしたかったけど、そういう問題じゃないんだけどな。

 そもそも、アクア先輩母乳出ないだろ。

 っていうかアクア先輩、まだ続けてたんだな。赤ちゃんプレイ。








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