#43 料理部での居場所




 俺たち(優木会長、アフロ、アンナちゃん)の間では既にメジャーとなった全身水色のカバーオール(ベビー服)だが、一般人にはまだまだ馴染みがない。あれ装備してマック行ったとき、滅茶苦茶視線集めてたし、俺の様な体格の良い男子高校生が身に付けていれば異質な存在として忌避きひされて当然だろう。

 そして、その服が作られた理由が『赤ちゃんプレイ』を楽しむ為の衣装だということが一番の問題であって、およそ一般人には到底理解が出来ない話だろう。 当事者である俺ですら赤ちゃんプレイが始まってなんとか察することが出来たくらいで最後まで馴染むことは出来なかったし。


 だがしかし、部長の先ほどの発言から、料理部のみんなが既にそこまでを把握していることが想像に容易たやすい。

 アクア先輩が俺を赤ちゃん役にしての赤ちゃんプレイを存分に楽しんでいたことまで知られているということは、つまりは、俺もベビー服を装備して赤ちゃんプレイに参加し「ばぶーばぶー」と産声を上げていたことまで知られているということでもあり、俺の市民権が今まさに剥奪されかけていると言っても過言ではない。



「ち、違うんだ!俺は決して望んでプレイに参加してたんじゃないんだ!無理矢理強制参加だったんだ!ヨダレ掛けもおしゃぶりも哺乳瓶もだっこ紐も本当は全部嫌だったんだ!紙おむつは勇気をもって拒絶したから俺は最後の一線をまだ超えてない!まだギリギリセーフなハズなんだ!俺はまだ一般人ノーマルの枠からはみ出していないハズなんだ!」


「まぁ、マゴイチくんの気持ちは分るよ。マゴイチくんはアクアちゃんの事を立ててあげてたんだよね。 でもアクアちゃんの気持ちも分かるんだよね」


「そうそう。私たちってクラスとかでも男子と全く交流無くてずっと非モテ女子として日陰で過ごして来たからね。そんな私たち料理部にマゴイチくんみたいな超イケメンが向こうから現れて、私たちとも分け隔てなく仲良くしてくれて、そんな異性の友達が出来ただけでも浮かれちゃうのに、アクアちゃんは更に恋人関係になっちゃったから、バグっちゃうのも無理ないよねって思っちゃうんだよね」


 そうか、そうだったのか。

 確かに交際前のアクア先輩は、面倒見が良くて気が利いて頼りになるが、出しゃばったり自己主張すること無くキチンと常識と節度を持った先輩だった。 おかしくなり出したのは、付き合い出してからだったな。


 とは言え、俺の方も本心はアクア先輩の爆乳をモミモミちゅぱちゅぱしたいのを我慢してた訳で、アクア先輩との違いはその欲望を表に出したか出さなかったかの違いってだけで、折角料理部のみんなが俺に対して同情してくれてるのなら、ココはアンナちゃんの忠告通りそのことは言わない方が得策だよな。うん。



「でもマゴイチくんもマゴイチくんだよね。 別れ際に「その爆乳を思う存分モミモミちゅぱちゅぱしたかったんだよ!」って叫んで飛び出したんだって? いくら西高イチのイケメンでも流石にドン引きだよ」



 はいアウトォ!

 それ絶対に言っちゃダメなヤツー!


 っていうか、あの時プッツンして興奮してたから憶えて無かったけど、俺そんなこと叫んでたんだな。

 アンナちゃん、折角忠告してくれたのにすまん。既に手遅れだったよ。



 既にココまで知れ渡っているとなると、過去の苦い経験が思い出される。

 アンナちゃんの浮気相手をボコボコにして、「キレると暴れる王子」と呼ばれ女の子が近寄って来なくなったこと。

 アカネさんの浮気相手をボコボコにして、「キレると全く容赦しない狂犬」と呼ばれ当時の1~2年女子が近寄ってこなくなったこと。


 そして、ベビー服着て赤ちゃんプレイに参加した挙句、耐えられなくなり爆乳への欲望を叫んで逃亡したことが知られた今、俺以外全員女子の料理部での俺の居場所は無くなったと判断するべきだろう。


 これも仕方ないよな。

 アンナちゃんにも言ったが、最終的に俺が責任とって退部することも想定内だ。退部理由が微妙に想定外だが。

 それに、俺とアクア先輩のプライベートな問題に料理部のみんなを巻き込んでしまったことが申し訳ないくらいだし、静かに騒ぐことなく身を引くべきだよな。



「みなさん・・・色々ご心配お掛けしまして、申し訳ありませんでした。 俺はまだ他にも友達居るから大丈夫ですけど、アクア先輩にとって料理部は大切な居場所なので、アクア先輩のことは温かく迎えてあげて下さい。 俺の退部届は明日にでも持ってきます。今まで、ありがとうございました」


 俺はみんなの前では泣くまいと、歯を食いしばりながら頭を下げてみんなに謝罪とお願いの言葉を口にした。

 声が震えていたから、泣きそうなのを我慢してるのがみんなにはバレてたかもしれないな。

 俺の脳内では、浜田省吾の「もうひとつの土曜日」が流れていた。



「え!?なんで退部するの!?急にどうしちゃったの!?」

「マゴイチくん辞めちゃうの!?アクア先輩居ると気不味いから?」

「考え直しなよ!アクアちゃんもきっと悲しむよ?」

「そうそう!アクアちゃん責任感じてまた貧血おこしちゃうよ?」


「み、みんな・・・俺・・・」


「大丈夫大丈夫!私ら誰もマゴイチくんのこと軽蔑したり馬鹿にしてないからね? マゴイチくん居なくなったらみんな寂しいんだよ?マゴイチくんが居てくれたからお喋りがすっごく楽しいんだし、既にマゴイチくんは料理部に欠かせないメンバーなんだからね」


「そうだよー、明日の放課後は2学期最初の部活だからね!マゴイチくんもちゃんと出席するんだよ!」



 先ほどまで失意のなか泣くのを我慢していた為か、みんなの温かい言葉が心に染み渡り、俺の涙腺は耐えられそうに無かった、が


「あ、でも、アクア先輩も明日体調が戻ってれば部活は参加するんすよね? あのオモシロ金太郎ヘアを直視出来る自信が・・・」と先ほどのアクア先輩の寝顔を思い出したら、涙は引っ込んだ。





 ◇





 2学期始業式の翌日。

 通常の授業が再開され、木曜日であるこの日の放課後に早速部活動も再開した。



 久しぶりの部活動ということで、この日は料理などの通常の活動はせずに家庭科室の調理設備周りの掃除と、10月の終わりに予定している学校祭での出し物に関しての話し合いを予定していた。


 だがしかし、表向きはそうなのだが、俺を含めて部員のみんなは今日は別の重大案件があることを理解している。

 そう、俺とアクア先輩が別れて以降、初の直接対面だ。

 しかも、昨日アクア先輩が始業式の最中に貧血でダウンするというアクシデントの直後でもあり、より一層のデリケートな対応が求められるだろう。


 そして何よりも、あの金太郎ヘアを前にしてアクア先輩と本音トークをすることが俺に出来るのだろうか、という不安も拭えない。



 俺は料理部の活動拠点である家庭科室の扉の前に立つと、目を閉じて祈った。



「テンザン、俺に勇気をくれ・・・」



 俺は目を開くと、扉にそっと右手を伸ばした。








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