5部 2学期スターット!

#41 波乱続きの2学期初日




 9月初日。



 久しぶりに制服を着込み通学用のリュックを背負い玄関から出ると、朝から強い日差しを浴びてゲンナリする。


 庭の犬小屋からはテンザンが出て来てコチラに向かって4つ足でピシっと凛々しく立ち、ハァハァと息を弾ませた。 「構ってよ!マゴイチ!」と訴えている様だ。


 今日から日中は留守になるので、テンザンを犬小屋での生活に馴れさせるために昨夜から庭での生活をスタートさせていた。

 テンザンの前にしゃがんで「夜ひとりで寂しく無かったか?学校から帰ったら散歩に行こうな」と言って両手で顔をワシワシモミモミしてやると、気持ちよさそうな顔で「くぅ~ん」と声を漏らす。


「じゃあ行って来るな」と立ち上がって後ろ髪引かれる思いを振り切り、愛車(自転車)に跨って出発。




 家を出てほんの数分で西高の校門に到着すると、校門には優木会長と数名の生徒会役員や教師が立ち、登校する生徒たちに挨拶をしていた。



「おはようマゴイチ!」


 相変わらず声のデカい優木会長だ。


 愛車を降りて、「おはようございます、会長。朝からご苦労様です」と目を見て挨拶すると、優木会長はニンマリと満足そうな笑顔を浮かべて「むふ♡」と変な声を漏らしてから、他の生徒達への挨拶を再開した。

 夏休みの間、俺んちに来てる時は遠慮なくベタベタとボディタッチして来てたから、学校でもそうしてくるんじゃないかと少し警戒していたが、流石に他の生徒達の目があるところでは自重してくれているようだ。





 1年8組の教室に入ると、クラスメイトたちが次々に「マゴイチくん、おはよう!」と声を掛けてくれるので、俺も一人一人目を見て「おはようございます」と返しつつ自分の席に向かい、既に着席している隣の席の沼田さんにも「おはようございます」と挨拶してから着席する。


 俺の席は相変わらず中央列の一番前だ。

 1年8組では何故かこれまでに席替えが実施されておらず、入学式以来ずっと出席番号順のままだ。 1学期に何度かクラスメイトたちが席替えを訴えたが、そのことごとくを担任である諏訪先生は却下してきた。

 これは恐らく、俺をこの席に縛り付ける為に担任教師という立場を利用した陰謀だろう。きっとそうに違いない。


「沼田さんもそう思うでしょ?」


「え?ごめんなさい、何の話だった?」


「席替えしないのは諏訪先生の陰謀論って話」


「よく分からないけど、多分そうだよね。諏訪先生って目の保養が目的でマゴイチくんを目の前の席に置いておきたいんだろうね」


「やっぱりそうか!畜生!教師のくせして腐ってやがるぜ!独身アラサー教師に今日こそ言ってやる!「早く嫁に行け!」って」


 俺も西高生だしな、自主性を発揮してやるぜ。


「それ、セクハラだし、きっと諏訪先生泣きだしちゃうよ?」


「いーや、あの女はそんなタマじゃない。 俺は夏休み中の図書当番でイヤというほどあの女の本性を思い知ったさ・・・」


「夏休み中にいったい何が・・・」




 HR開始のチャイムが鳴ると、諏訪先生が教室にやってきてHRが始まる。


「みなさん、おはようございます! 2学期もこうしてみなさんの元気な顔が見れて、先生はと~っても嬉しいです☆」うふ


 1学期と変わらない諏訪先生のキャピキャピした挨拶の後、今日の予定などのお話があり「この後体育館で始業式があるので廊下に整列して移動して下さい」と指示があったので、俺はそのタイミングで「その前に1ついいですか?」と挙手して声を上げた。


「はい、マゴイチくん♪ どうしました?」


「いい加減席替えして下さい! あ、違った。 いい加減早く嫁に行って下さい!お見合いの話とかあるでしょ!」


 俺が元気よく意見を述べると諏訪先生はスッと無表情になり、自分の席に座っている俺の横に来て俺の肩に左手を回すと、首を絞める様に腕にグッと力を込めて、「席替えもお見合いも、却下よ」といつもよりも2オクターブ程低い声で俺に向かって囁き、右手の拳で俺の脇腹をグリグリした。


 隣の席の沼田さんにも諏訪先生の言動が確認できた様で、俺が諏訪先生から解放されると今にも泣きそうな表情で俺を見つめて、無言で首を何度も左右に振っていた。


 俺と沼田さんは失意の色をにじませながら廊下で整列しているクラスメイトに合流し、体育館に向かった。

 トボトボと歩きながら沼田さんは俺を慰めてくれた。


「すまん、沼田さん。席替え無理だったよ・・・」


「マゴイチくんは頑張ったよ!西高生として立派に自主性を発揮してたよ!」


「ありがとう沼田さん・・・。もうしばらく赤ちゃんパンダとしてあの席で我慢するよ、俺」


「え?赤ちゃんパンダ? ああ、見世物ってことね。 それにしても諏訪先生の本性、初めて見たよ・・・普段はブリっ子だったんだね・・・」


「そうさ、独身でアラサーでブリっ子で自分は人気教師だと思い込んでる痛い国語教師なんだよ、あの女は・・・」


「マゴイチくん、諏訪先生には容赦ないね。ホント夏休みにいったい何が・・・」





 体育館での始業式では、相変わらず自主性を重んじることを洗脳する校長の長話が続いた。


 話が始まり10分程経過した頃だろうか。

 校長の話には興味の無い俺が「テンザンに会いたいな」「テンザン寂しくしてるかな」「朝出てくるとき、悲しそうな顔してたな」「今日も暑いから、帰ったら庭でテンザンにシャワーしてあげようかな」とテンザンの事で脳内を埋め尽くしていると、周りがザワザワし始めた。


 一旦テンザンの事を考えるのをストップして周りを見渡すと、どうやら2年生の方で貧血なのか熱中症なのかで誰かダウンしたらしい。


 しかし校長は長話を止めない。

 興が乗って来た様子で熱の篭った話を続ける。

 生徒がダウンしようがザワつこうがお構いなしだ。

 どんだけ自主性を重んじさせたいんだ、校長よ。



 更に15分程校長の長話が続き生徒達がうんざりして再びざわつき始めると、我らが自主性モンスターが動いた。


 司会進行をしていた生活指導の教師からマイクを奪うと、校長の話をさえぎるように『猛暑の中、体調不良の生徒も出ていますので始業式はコレで終了します。生徒の皆さんは解散し、静かに教室に戻って下さい。以上!』と宣言し、右手に持ったマイクを頭上に掲げ、プロレスのマイクパフォーマンスの様に床にマイクを叩きつけようとしたが、生活指導の教師にマイクを奪い返されていた。


 おぉ~と全校生徒から賞賛する様などよめきが湧くと、校長はバツの悪そうな顔をして壇上からそそくさと引っ込んだ。


 校長を黙らせるとは、流石、怖いもの知らずの優木会長だ。

 他の教師たちも優木会長相手だと文句が言えない様で、優木会長は誰からもとがめられることなく颯爽と出口に向かって歩いて行った。

 優木会長の背中を見つめる俺の脳内では、アリスの「チャンピオン」が流れていた。





 教室に戻るとそのまま休憩時間になったので、教室で近藤くんと久しぶりにお喋りしていると、同じ料理部1年の笹山さんと長山さんが慌てた様子で俺を訪ねて来た。


「笹山さんと長山さん、久しぶり。元気そうだね」


「挨拶よりもマゴイチくん!始業式で倒れたのアクア先輩なんだって!貧血だったらしくて、今保健室に運ばれて休んでるって部長が言ってたよ!」


「な、なんだって!?」








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