#32 勝利の為に身を削るイケメン




 不味い!

 このままだと俺の尊いファーストキスが優木会長に奪われてしまう!



 先ほどのキス待ちのタコ顔と違って、今度はしっかり目を開いたままであるところに優木会長のファイターとしての本気度が伺える。


 この女、今度こそヤル気だ。

 確実に俺の唇を狙いに来ている。


 逃げなくては!

 だが優木会長の瞳から視線が外せない。

 まさしくヘビに睨まれたカエル状態だ。

 これは金縛りなのか、それとも恐怖による硬直なのか。


 その時、優木会長の唇から一筋、ヨダレが垂れて俺の頬を濡らした。



 ああ、こうして俺はこの人に捕食されてしまうのか。

『捕食』というワードから、脳内に自然界の食物連鎖のイメージ動画が再生しはじめた。


 カエルを食べるイタチ

 イタチを食べるヘビ

 ヘビを食べるトンビ

 そしてそれぞれの生き物たちのフンに群がる微生物


 俺は優木会長に捕食されたら、どうなってしまうんだろうか?

 今朝の様な激しくくさいウンコとなり、微生物たちによって分解されてしまうのだろうか。


 そこまでを光の速さで夢想していて、とあるワードが脳内で引っ掛かるのを感じた。



『ウンコが臭い美人生徒会長』


 中々のパワーとインパクトを感じる言葉だ。

「ウンコ」と「臭い」は同じカテゴリーだが、「美人」や「生徒会長」とは相反するワードだ。

 普通なら、誰もが羨む程の美人や生徒会長を務める様な優等生が、臭いウンコをしている姿は想像に難しい。

 誰もそんなことは考えたりしないだろう。

 つまり「美人」や「生徒会長」というワードに、本来なら「ウンコ」とか「臭い」というワードは無縁のハズなのだ。


 だが、いま目の前に居る女は、その全ての条件を満たしている。

 ウンコが臭くて、美人で、生徒会長。

 コレは奇跡のような存在なのかもしれない。



 自然と「フッ」と笑みが零れてしまう。



「ウンコが臭い美人生徒会長」


 口に出して言ってみた。


 途端に優木会長の表情が引きり、真っ赤になった。

 そして俺の両手を押さえていた手の力がゆるんだ。



「ウンコがデカい美人生徒会長」


 今度はアレンジしてみた。


「ヒィ」


 優木会長の表情が更に恐怖に染まり、短い悲鳴が零れた。



「後輩男子の家のトイレで臭くてデカいウンコをする美人生徒会長」


「ヤーメーテー!!!」


「後輩男子に自分の臭いウンコの匂いを嗅がれちゃった美人生徒会長」


「もう許してー!!!」


 優木会長は俺の両手から手を離すと、自分の両耳を押さえて頭を激しく振りながら錯乱さくらん状態に陥った。





 その時、ノック無しで部屋の扉が開いた。




「朝から五月蠅いわよ?ナニ騒いでるの?」


 そう言いながら顔を覗かせてきたのは、かーちゃんだった。



 ベッドの上で仰向けの俺、そして、昨日と同じ薄着の格好で俺に跨り耳を押さえて錯乱状態の優木会長(今年18歳、処女)

 かーちゃんには「ナニがあったのか」「どんな理由なのか」までは分からないだろうけど、ナニか由々しき状況であることは分るだろう。 もしこの時、顔を覗かせていたのが、かーちゃんじゃなくてとーちゃんだったら最悪の事態が想定される。


 大丈夫。

 むしろ、暴走していた優木会長が冷静になるチャンスじゃないか。

 もう5分早く来てくれれば、優木会長を辱める様な言葉を口に出さなくても済んだのに。

 まぁ、過ぎたコトを悔やんでもしかたないか。


 さぁ言ってくれ、かーちゃん!

「アナタたちナニしてんの!如何わしいコトしちゃダメでしょ!」って、さぁ言うんだ!



 だが、


「あ、ごめんなさい。 お邪魔しましたぁ~」


 俺に向かってウインクしながら扉を閉じて引上げてしまった。


 かーちゃん、お前もか。

 ユリウス・カエサルもきっと今の俺と同じ気持ちだったのだろう。





 全然ダメじゃん!

 想定していたとーちゃんパターンと同じ反応じゃん!


 コレは不味いぞ。

 ウチの親公認となってしまったと言っても過言ではないぞ。




 俺が役立たずのかーちゃんに気を取られている間に、優木会長は錯乱状態が治まり、両手で耳を押さえたままのスタイルで身じろぎせずにただ茫然とした表情を見せていた。


 空気が重い。


 思えば、朝起きた時から色々ありすぎた。

 1つ1つはどうってこと無い些末な出来事でも、これだけ重なれば見過ごせない重大事故と言える。 あくまで、些末な出来事だと思ってるのは俺だけなんだろうけど。


 今の優木会長には、その積み重なった重みが一気にし掛かってるのかもしれない。



 無言で優木会長の様子を見守っていると、両手を耳から下して無言のままゆっくりとした動作で俺のお腹の上から降り、そのままベッドから降りて部屋の隅で壁に向かて体操座りで座り、両膝を抱く様に回した両手に自分の顔を伏せてしまった。


 哀愁感ハンパないな。

 とても自主性モンスターとは思えない程の哀愁を漂わせている。


 アクア先輩の家から飛び出した直後の俺もこんな感じだったのかな。

 そう考えると、流石に放っておく気にはなれない。


 だが、先ほどまで俺はこの人に襲われていた側の人間だしな。

 まだまだ隙を見せるわけにはいかないだろう。



 ん?

 ちょっと待てよ?


 アクア先輩で思い出した。

 俺にはアレがあるじゃないか。

 クオリティーに関しては、アフロのお墨付きだしな。

 こういう時は笑わせて一気に重い空気を払拭するのが一番だろう。


 俺は勉強机の横に置いてある紙袋から、水色の衣装を取り出し、素早く着替えた。


 頭のフードもしっかり被り、鏡で見ながら頭上の飾りの耳をピンと立たせるように整えると、俺は部屋の中央に立ち、脚をクロスさせ両手を後ろに組んでモジモジしているテイで、優木会長に向かって呼びかける。



「ぼぉくぅドラえもぉ~ん」

 大山のぶ代バージョンだ。


「・・・・・」

 一瞬だけ顔を上げてチラ見したが、直ぐにまた顔を伏せてしまい無言のままだ。


 まだだ!

 推して通す!


「のび太くぅ~ん、ぼぉくぅの唐揚げ食べたでしょぉぉぉ!」

「ロボットだと思って~毎日毎日搾取するわ~コキ使うわ~、こんなブラックな職場環境~耐えられないよぉ~」

「あれれ~そういえばぁ、ぼぉくぅの賃金ってどーなってるのぉ?」

「コレっておかしくな~いデースカ~? っていうか、マジでただの奴隷じゃね?」

「おかしいよな?絶対おかしいよな? なぁアンタどう思う?」


「・・・・・」

 今度は顔を上げないが、肩が小刻みに震えている。


 効いてる効いてる!

 一気に畳みかけるぞ!

 これでトドメだ!



 足を肩幅に開いて右手を腰に当て、顔を左に向けてモデルのような立ちポーズをとり


「サザエでございマぁ~ス」と言うと同時に顔を正面に向けて優木会長に不適な笑みを向ける。




 そして間髪入れずに一心不乱に踊りながら歌う。

 踊りは志村けんの変なおじさんのダンスだ。


「おっサカナ咥えたっ、サザエさぁ~ん♪」


 膝を曲げて腰を落としながら両手を前で交互にグルグルさせ軽快なリズムで歌う。

 顔だけは常に上げて正面の優木会長に向けたままだ。



 どうだ!?俺の渾身のギャグ!



「なんでサザエさんになんのよ!それになんでお魚咥えてるのがサザ―――」

 そうツッコミを叫びながら顔を上げてコチラに振り向いた優木会長と視線が絡む。


 よし!掛かったぞ!


 俺は普段なら絶対にやらない爽やかイケメン風のキメ顔を作って見つめ返す。


 俺は自己紹介でクラス全員を凍らせた程のイケメンフェイスだ。

 なのに今は間抜けなベビー服姿で軽快にダンスをひたすら踊り続けている。


 このギャップ、タマらないだろ?


「ブフォ!?」


 優木会長は噴き出したかと思ったら、床をバンバン叩き泣きながら爆笑しだした。



 勝った。

 今度こそ本当に俺の勝ちだろう。


 しかし、超絶凹みモードの優木会長を笑わせる為とは言え、狂犬マゴイチと呼ばれたこの俺がココまで身を削るハメになるとは。とんでもなくハードな戦いだったぜ。

 俺は今日のこの日を『真のヴィクトリーデイ』と名付けて―――

「ただいマンコ。 あ、八頭身のドラえもんじゃん。なんで変なおじさん踊ってんの?」


 俺が踊りを続けながらしみじみと物思いに深けようとした瞬間、アフロが帰って来た。


「アフロ!お前も一緒に踊れ!会長に俺たちの熱いソウルを見せつけてやるんだ!」


「おっけー!」

 



 こうして俺の尊いファーストキスは死守された。


 だが、まだ午前中。

 この長い一日はまだまだ終わらない。

 

 

 既に忘却の彼方へとほおむっていたハズのヤツと、まさかこの日に対峙することになるとは。



 

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