#19 母性と言う名の暴力からの解放
アクア先輩のお家での赤ちゃんプレイデートは、その日以降も続いた。
学校は夏休みに入り、夏休みの間は部活動が休みだったこともあり、連日の様にアクア先輩のお家に呼び出しを受けた。
お昼前にアクア先輩のお家を訪ね、アクア先輩が作ってくれるお昼ご飯をご馳走になると、後はアクア先輩のお部屋で毎回プレイが始まる。
そして、そのプレイは回を重ねるごとに、色々なアイテムが追加されていった。
初回はカバーオール(ベビー服)のみだったが、2回目にはヨダレ掛けが追加された。俺、ヨダレなんて垂らしていないというのにだ。 そして3回目には、おしゃぶりが追加され、俺の口は物理的にも封じられた。 4回目にはドリンクを哺乳瓶で飲むことを強要され、5回目には俺の体のサイズに合わせた自作のダッコ紐が用意されていた。
もちろんソレを使ってもアクア先輩には俺をダッコして持ち上げることは出来なかったが、アクア先輩は本気で俺をダッコしようとチャレンジしていた。
アクア先輩の赤ちゃんプレイは常に本気だった。
冗談とか遊びの域では無かった。
本気の赤ちゃんプレイを全力で堪能していた。
そして俺は、その全力の赤ちゃんプレイに無理して付き合った。
勿論恥ずかしかったし戸惑うことも多かったが、毎回「今日こそはおっぱいを吸えるんじゃないか」と希望を抱きながら、「ばぶーばぶー」とアクア先輩の要求に応えた。
そんな先の見えない僅かな希望を抱きながらも、ギリギリの精神状態でアクア先輩のお家に通っていたが、6回目の赤ちゃんプレイを前にして俺のメンタルは限界を超えた。
6回目に用意されていたのは、紙おむつだった。
いつもの様に一人でカバーオールに着替えヨダレ掛けを装着したところで、「今日はこっちも履こうね。うふふふ」と紙おむつを1枚取り出し、俺に広げて見せた。 アクア先輩は「流石に幼児用だと体の大きなマゴイチちゃんに合うサイズは無かったから、介護用の大人サイズので探したんだぁ」と説明していたが、俺にはそんなことは糞ほどどうでも良くて、紙おむつを前にして体が硬直してしまっていた。
俺は絞り出す様に「無理っす・・・」と伝えるが、アクア先輩からは「め!でしょ!マゴイチちゃんは赤ちゃんなんだから、喋ったらダメでしょ!」と叱責が飛んで来た。
でも無理な物は無理なんだ。
好きで恋人になったアクア先輩の要望なら、どんなことでも聞いてあげたかった。
だけど、今の俺は、アクア先輩のことが本当に好きなのかどうかわからなくなっていた。
最早、アクア先輩との恋愛を楽しむことよりも、爆乳おっぱいを吸えるまでの我慢大会の様に思えてしかたなかった。
それなのに、アクア先輩は女神の様な微笑みを浮かべながら、俺に紙おむつを履く事を強制してくる。
「ほらおいで?ママが履かせてあげるからね?」
「無理っす。俺もうこれ以上は無理っす・・・」
「だいじょーぶだよ?ママが居るからね?しーしするの怖くないからね?」
どうやら、紙おむつを履くだけではなく、履いたままオシッコすることもお望みらしい。
そこでプッツンした。
「無理だって言ってるじゃないっすか!オムツなんか履いて何が楽しいんすか!俺はアクア先輩とイチャイチャラブラブしたかっただけなんだよ!なんでこんな目に合わないといけないんだよ!」
「ちょ!ちょっとマゴイチちゃん?どうしちゃったの?さっきご飯食べたばかりなのにもうお腹空いちゃったのかな?それともおねむなのかな?ねんねしよーか?」
「だからもう沢山なんだよ!俺は赤ちゃんなんかになりたかったんじゃない!アクア先輩から頼られる様な彼氏になりたかったんだよ!それでその爆乳を思う存分モミモミちゅぱちゅぱしたかったんだよ!」
俺はそう叫ぶと首に巻かれていたヨダレ掛けを引きちぎって床に叩きつけ、スマホと財布を握りしめると、そのまま部屋を脱出してアクア先輩の家を飛び出した。
俺はガムシャラに走りながら、アクア先輩とのこれまでのこと思い返していた。
アクア先輩のことは確かに好きだった。
年上の女性として、憧れの様な気持ちを抱いていたと思う。
部活では後輩や他の部員に対して色々なことに気が回り、何かあればすぐに助けてくれる気遣いがあって、年上の女性らしい包容力と優しさがあって、俺はアクア先輩の様な女性が彼女になってくれたら、きっと楽しい恋人との時間が過ごせると信じていた。
なのに、結果はコレだ。
喋ることを禁じられ、お人形の様に「よちよち」言われて頭を撫でられ続けるプレイを毎回4時間も5時間も強要されていた。
それでも俺は頑張って居たんだ。 いつかはおっぱいをちゅぱちゅぱ出来ると信じて。
でもそんなおっぱいちゅぱちゅぱタイムはやってこなかった。 おっぱいの代わりに紙おむつが出て来ただけだった。
アクア先輩の家を飛び出してからずっと走り続けていたが、息が上がってしまい走るのを止めた。
どれくらい走っただろうか。
手に握りしめていたスマホで時間を確認すると、アクア先輩の家を飛び出してから30分程経過していた。
スマホにはアクア先輩からのメッセージの通知が沢山表示されていたけど、メッセージを見る気にはなれなかった。
中学3年でサッカー部を引退して以来、体を鍛えるのを止めていたから、30分走っただけで俺の体力はほとんど残って居なかった。 とぼとぼ歩いていると公園があったので、入口の自販機でスポーツドリンクを購入して、公園の中のベンチに座って休憩することにした。
先ほどまではプッツンして興奮していたが、ベンチに座り一息つくと、どうしようもない程の虚脱感に襲われた。
どうして俺ばかりがこんな目に合うんだろうか。
過去付き合った彼女たちはことごとく浮気して俺を裏切り、高校に入って今度こそはと意気込んで作った年上の彼女には赤ちゃんプレイを強要されて俺の心は酷く傷つけられた。
俺、自分で言うのもなんだけど、メンタルには自信あったんだけどな。
過去4人の彼女に浮気された現場に遭遇しても、一度だって心がへし折れることは無かったというのに、赤ちゃんプレイの精神的ダメージは、そんな俺の爆乳への執着心すらもへし折った。
もう、何がいけなかったのかとか、どうすれば良かったんだろうか、とか考える気力も沸かない。
ただただ、嫌なことは早く忘れたい。
そんな心境だった。
ベンチで頭を抱えて脳内で尾崎の「僕が僕であるために」をリピート再生していると、不意に俺の名前を呼ばれた。
「あれ?もしかしてマゴイチ? こんなところでどうしたの?」
顔を上げて呼ばれた方を向くと、そこには赤と白の新日のTシャツを着た優木会長が立って居た。 首にタオルを巻いて汗を沢山かいている様なので、どうやらジョギングでもしていたらしい。
「ちょっと!どうしたのその恰好!?まだ7月よ!ハロウィンには早すぎるわよ!」
「いやコレはハロウィンじゃないっす。カバーオールっていうベビー服っす」
俺がそう答えると、優木会長は俺の隣に座って話を続けた。
「え?そうなの?てっきりこの辺りの住宅地でお菓子を強請って回っているのかと思ったわ」
「ハロウィンだったら良かったんですけどね・・・ホント、ははは・・・」
「・・・まぁいいわ。偶然でも折角会えたんだもの、今から萬福軒行くわよ! 唐揚げ奢ってあげるわ!」
優木会長の唐揚げに対する信頼度は相当な物だが、今の俺はその信頼度に頼りたくなるほど弱っていた。
萬福軒はその公園から歩いて5分もかからない距離だった。
前回来た時と同じように、赤い暖簾を潜って横引き扉をガラガラと開けて店内に入る。
俺の全身水色のベビー服姿を見た店員のマキさんは大爆笑をして、優木会長に「笑っちゃダメです!」と怒られていた。
マスターは俺の姿を見ても笑わずに、「色々あるだろうけど、黙って炒飯でも食べて嫌なことは忘れろ」と言って、炒飯をサービスしてくれた。
俺は、アクア先輩の家でお昼ご飯を食べていたからそれほどお腹は空いて無かったけど、優木会長とマスターが俺を元気づけようとしてくれてるのが分かって、唐揚げと炒飯を残さず頑張って食べた。
食事が終わっても優木会長は俺に何があったのかは聞かないで、先日見て来たKKPの試合の様子を熱弁していた。
俺には優木会長が気遣ってくれているように思えた。
普段は図太くてフリーダムなクセに、俺が落ち込んでいるとこうやって無理に聞こうとはせずに元気づけようと気遣ってくれる。
そんな優木会長の優しさとマスターがサービスしてくれた炒飯が、赤ちゃんプレイで傷ついた俺の心を癒してくれているように感じた。
萬福軒で長居してしまい、気付けばアクア先輩の家を飛び出してから3時間以上経っていた。
優木会長や店員のマキさん達の下らないお喋りを聞いていただけだが、気持ちは少し落ち着きを取り戻していた。
俺は「そろそろ帰ります。ご馳走様でした。 皆さんのお陰で少し元気が出ました。ありがとうございます。また食べに来ます」とお礼を述べて、一人でお店を後にした。
外は真夏の午後の日差しがキツくて、汗をダラダラ流しながら歩いて自宅まで帰った。
家に帰るとすぐにカバーオールを脱いでシャワーを浴びて、自室に閉じこもった。
外は既に暗くなり始めてて、でも部屋の照明を点けずに、ただぼーっとしていた。
スマホには相変わらずアクア先輩からのメッセージの通知が頻繁に来ていたので、仕方なく1通だけメッセージを返した。
優しくていつも頼れるアクア先輩のことが好きでした。
でも今は、好きだという自信が無くなりました。
ごめんなさい。別れて下さい。
ベビー服は洗ってからお返しします。
今までありがとうございました。
メッセージを送ると、少しだけ目頭が熱くなった。
今まで何人もの恋人と付き合い、別れてきたが、自分から別れを伝えたのは初めてのことだった。というか、別れの言葉のやり取り自体初めてだな。
俺は立ち上がり、薄暗い部屋の中で両手の握り拳を真っ直ぐ頭上に伸ばして、咆哮した。
「コレで俺は自由だぁぁぁぁ!!! もう赤ちゃんプレイしなくていいんだぁぁぁぁぁ!!! イヤッホォォォォッォィ!!!」
母性と言う名の暴力からの解放。
強大な母性モンスターの支配から、俺は自由になったんだ。
脳内では尾崎の「卒業」が再生されていた。
「何時だとおもってんだ!やかましいぞマゴイチィ!」
俺が景気付けに自由を讃える雄叫びを上げていると、晩酌中のとーちゃんが怒鳴り込んで来た。
俺の夏休みは、これから始まる。
_______________
2部、終わり。
次回3部スタート。
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