#08 イケメン、初めての敗北



「待ちなさい!廊下は走らない!」


 生徒会室を脱出すると、背後から失礼な生徒会長が叫びながら追いかけて来たので全力ダッシュで逃走する。


 走りながら一瞬振り向くと、「廊下は走らない!」と言いながら自分も走っている失礼な生徒会長がストレートロングの黒髪を振り乱しながら美人顔に眉間の皺を寄せてて、その表情は俺が過去対峙したどんな強敵よりも恐ろしい物だった。 それと、交互に素早く縦振りしている手を手刀の様にピンと伸ばしている様子から、失礼な生徒会長がどれだけ本気のダッシュをしているかが伺えた。


 なんだあの女!

 告白されて断ることはこれまで数多くあったが、それでも追いかけて来た女は初めてだぞ!?

 しかも俺、西中サッカー部の元エースストライカーだったんだぞ!

 なんでその俺の全力ダッシュに追いつきそうなんだよ!


 兎に角、あの女はヤバイ。

 捕まったら何されるか分かったものじゃない。


 そもそも、俺は失礼な生徒会長のことは、頭下げても返事しなかった失礼な人だということと生徒会長だと言うこと以外、何も知らないんだぞ。

 なんでそんな女と付き合わなくちゃいけないんだよ。断るに決まってるだろ。



 あ・・・去年までは、可愛い子に告白されたら深く考えずに迷うことなくOKしちゃってたっけ。 これはある意味、過去の自分が間違ってて、今の自分の考えが正しいことを証明しているのでは無いだろうか。


 可愛いから告白OK = 相手のことを正しく理解出来ていなかった ⇒ 浮気される

 可愛くても告白お断り ⇒ 案の定ヤバイ女だった


 こういうことだろ?

 やっぱり俺の考えは間違っていなかったな。

 この事はアフロに報告せねば。



 そんなことを考えながら逃走していたが、下駄箱で靴を履き替えている最中に失礼な生徒会長が吉田沙保里ばりのタックルを俺の横っ腹にかまして、不意打ちされる形となった俺は3メートル程吹き飛んだ。



「どうして逃げるのよぉぉぉ!」


「ぐおぉぉぉ!?」



 俺の横っ腹に抱き着いたまま一緒に吹き飛んだ失礼な生徒会長はいち早く体を起こして俺の腹の上に跨りマウントポジションを取って、綺麗だった黒髪の乱れを気にすることなく、ヨダレを垂らしながら鋭い目つきで俺を見下ろした。


 俺は身長180あって、この失礼な生徒会長160無いと思うんだけど、体格差を全く物ともしない体のキレだ。



 ヤバイ

 コイツは想像以上にヤバイ女だ。

 自主性を重んじ過ぎだろ。



 俺が失礼でヤバイ生徒会長におののいて身動きが取れずにいると、失礼でヤバイ生徒会長は右手の甲で口元のヨダレを拭いスカートのポケットからスマホを取り出して、「連絡先、交換しましょ」と言ってニヤリとイヤらしい勝者の笑みを浮かべた。




 初めての敗北だった。

 最大の敗因は、馬鹿正直に靴を履き替えていたことだろう。上履きのまま外に逃げるべきだった。 それにしても名前も知らない(ホントは入学式で名前言ってたけど、興味が無かったからよく覚えていないだけ)失礼でヤバイ生徒会長は、とんでもない自主性モンスターだったな。


 俺はこの敗北で「流石高校生ともなると強さのレベルが違うんだな」と自分は井の中の蛙だったことを知り、これまで自ら名乗ることは無かったが『狂犬マゴイチ』と呼ばれて調子に乗っていたのは自分の方だったと深く反省した。



 その日、家に帰ると失礼でヤバイ生徒会長から怒涛のメッセージが送られてきた。

 失礼でヤバイ生徒会長は、SNSでは『arisa』というIDで、ソコでもヤバイ女だった。


 とりあえずアリサという名前らしい失礼でヤバイ生徒会長とメッセージのやり取りを繰り返すと、3年で生徒会長であること以外に、現在彼氏が居ないことや、好きな食べ物が唐揚げで近所の「萬福軒」という中華料理屋に一人で足繁く通っていることや、プロレスが大好きで深夜テレビで放送しているプロレス番組を毎週録画して極技(ストレッチ技)を研究していることや、ペットのわんちゃんが今妊娠中で出産が待ち遠しいことなど、俺にとってはどうでも良い情報が多数寄せられた。


 最終的に『私、彼氏が出来たら大好きな彼にコブラツイストをかけるのが夢なの!だからこれから君とはじっくりと仲を深めていきたいの!』とイカレた夢を語り出したので、ブロックしようかと一瞬迷ったが、どうせ学校に行けば逃げきれないし、捕まればまた何されるか怖くてブロック出来なかった。




 そして後日、生徒会長に俺が襲われて敗北した事件の噂に尾ひれが付いて最終的に「イケメン新入生が入学初日に美人生徒会長に捕食された」という話となり、まだ童貞なのに童貞じゃないことにされてしまった。



 こうしてリセットされたはずの俺のイメージは、マイナススタートとなった。






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