食いしん坊と飲んだくれ
冒険者ギルドから、【討伐祭】の開催が予告された。
対象は予想通り、中層から上がってきた脅威、
銀級の実力者であっても、マトモにやり合うには厄介な硬度を誇るその人形を誰が、どの様にしてやっつえけるか、高見の見物を決め込んでいる冒険者達の間では早くも賭けが始まっていた。
しかし、少なくともカルメは【討伐祭】には興味がなかった。
前提として参加権はないし、サポーターとして巻き込まれ、仕事を押しつけられるのは御免だ。故に開催当日まで距離を取るべく、大罪都市国グリードの外での
太陽の結界に護られた都市国の外の魔物に秩序はない。
迷宮のように深層へ進むごとに強くなる、といった規則はない。突如として国を一つ滅ぼしかねないような魔物が現れることもありうる世界だ。
だから、常に見回りが必要になる。都市国の周囲は騎士団の領域だが、距離を取った遠方の調査は冒険者に託されることが多い。カルメの請け負った依頼も、グリードから少し距離を離した北方の調査である。
ただし、今回はソロでの活動ではなかった。
「悪いね、カルメ。銀級のアンタに手伝ってもらうなんて」
「構わない、メンテ後の武器の確認がてらだ。そっちも相変わらず、良い腕だな。ナナ」
新人の頃からの知り合いであり、獣人の冒険者、ナナとの合同依頼である。
彼女は少し外れた酒場、【欲深き者の隠れ家】に通う冒険者であり、銅級であるが、腕は確かな女だった。普段ソロで活動するカルメだが、時々こうして彼女と組むことがあった。
「腕っていっても、長年銅級で燻ってるけどね」
「ギルドは、実績重視だからな」
実績、結果を残すのは能力とは別の部分だ。運や流れのようなものもある。
ナナはそういった流れを自分から掴もうというタイプではなかった。それよりは酒を飲んで日々を楽しむ、享楽的な気質だ。だからギルドからの評価は少々低いが、カルメは彼女の実力をよく知っている。
「それでも実力は十分ある」
実際こうして、大罪都市国グリードの外を旋回し、都市国を巡る名無し達を襲っていた【大爪鷲】をカルメと共に墜とすだけの技量はあるのだ。その実力は間違いなかった。
「後は、飲酒をもう少し控えれば完璧だな。飲んだくれ」
「それ、アンタが言う? 食いしんぼ」
二人は気安く互いの欠点を指摘し、笑った。
そういった互いの問題を面と向かって口にしても、笑っていられるのが二人の関係を表していた。
そうこう会話を続けながら、カルメは大爪鷲から魔石を取り出す。随分と大きな紫色の魔石を取り出し、暫く眺めていたが、その死体が霧散していくことは無かった。
「散らないな」
それを確認し、カルメは巨大な鳥の解体作業に移った。といっても当然すべてを食い尽くすことは不可能だが、羽を剥いで、食べられる部分だけは切り取って、後は自然に任せることにした。
「やっぱ食べるのね……」
実に手慣れた様子で解体を続けるカルメに、ナナは呆れたように言った。それなりの回数一緒に活動しているので、カルメの悪食は勿論彼女も知っている。が、それでも慣れないらしくなんとも言えない表情を浮かべている。
「心配するな、コイツは人肉は喰わない。毒も持たない」
「そんなところを心配してるわけじゃないんだけどね……本当、いい加減しないと腹を壊すよ」
カルメを心配しているのだろうが、口うるさい警告に対して、カルメは振り返り、自分のバッグを解体用のナイフで指した。
「調理用の葡萄酒なら持ってきているぞ」
「ま、たまには、悪くないかもね」
実にあっさりと掌をかえしたナナも大概だった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
グリード近くの【止まり木】にて、二人は野営の準備を進めていた。グリードは遠く、目に見えていたが無理に向かうことはしない。そういった焦りは、予期せぬ躓きを起こすとよく知っていた。
「調理用ったって、結構いいじゃない。流石銀級」
とはいえ、その状況下で飲酒するナナを見ると、少し緊張がない気もするが。
「飲み過ぎるなよ」
「流石に分かってるさ。こんな場所じゃあね」
まあ確かに、カップに注がれてる葡萄酒も少しだけだ。どれだけ呑兵衛の彼女であっても、都市国の外は油断ならぬと理解できない訳ではない。
まあ、そこら辺も弁えぬほどに酒に狂っていたら、カルメも彼女と組もうとは思わないが。
「しかし今回の依頼、ナナにしては珍しかったな。結構」
大爪鷲は十三階級の内七級の魔物で、決して油断出来る相手ではない。
上空を自由に飛翔する、地下迷宮には中々現れない脅威であり、それ故に冒険者達の中にも相対した者が少なく、好んで戦いたがらない相手だ。
その分、倒せればギルドの評価は高くなる。だがそういう厄介度が高い魔物とは、ナナは好き好んで戦おうとはしなかったはずだった。
「……少し、見習いたくなってね」
するとナナは、カルメが調理に利用するたき火を眺めながら、目を細めそう言った
「強い奴でも見たのか」
「いや、逆。新人さ」
新人、ナナに影響を与える。思い当たる連中はいた。今も尚、あのグレンの訓練所に通い続けて、とうとう訓練所継続日数の記録を更新した二人だ。
「灰色と銀色か」
「アンタも知ってんの? って、そういえば、グレンに言われて
グレンに押しつけられて、面倒な依頼だったとカルメは愚痴ると、ナナはケラケラと笑い、そのままカップの葡萄酒を口に付ける。少しだけ、舌を滑らかにするために。
「あの子達は多分出世する。死ななければ、だけどね」
「ああ」
それは冒険者として活動してきた彼女の直感だろうか。カルメもそれを否定しなかった。
実際そう思う。あの二人は、死にさえしなければ伸びるだろう。そう予感させるだけの何かがあった。才能とか、努力とか、そういうのとは別の、強い強い意志があった。
「ひょっとしたら、私もあっという間に抜き去っていくかも、とも思う」
「うん」
そう言うナナは、少しだけ悔しそうだ。
みっともなく嫉妬するような事をナナはしない。だがそれでも、冒険者としてずっと続けてきた以上、プライドというものはちゃんとある。
輝くものを持った新人の出現に、焦りを抱かない訳がない。冒険者として誠実であろうとするほど、それは強くなるだろう。
それでもナナは、そういう自分の中で渦巻く感情を吐き出すと、力強く笑った。
「だから先輩として、格好付けたいじゃない。頑張ろうと思っただけだよ」
「うん」
カルメは彼女の決意に、笑みで返した。
「ナナが銀になってくれたら、私にはありがたい。知れた相手なら組みやすい」
「へえ? 好んでソロやってると思ったけど?」
「別に、こだわってない。単に信頼できる相手がいないだけだ」
悪食の件は兎も角、昔一行を組んだときのトラブルなんてのはとっくに乗り越えている。ソロの方が都合がいいからそうしているだけで、一行を組む事に忌避感があるわけじゃない。
「ナナなら問題ない。貴女もソロでいることが多いし、組みやすいだろう?」
「銀級に期待してもらえるなら、自信になるよ」
そんな風に笑いながら、カルメは頃合いを見て、手元の鍋のシチューを匙で掬う。しっかりと時間をかけて煮込んだ鳥肉の葡萄酒煮込みが大変濃厚な味わいになっているのを確認し、頷く。
「さあ、食べるぞ」
「……組むのはいいけど、食中毒で倒れるのはかんべんだよ」
「そんなミスを犯す気は無い。魔物の知識はバッチリだ」
「そーいうことじゃないんだけどねえ~……」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
それから、一晩を過ごした後、カルメとナナは止まり木からグリードへと帰還した。
後は、今回の結果を報告するだけ――と思っていたのだが、帰還した冒険者ギルドが何やら騒がしいことに気がついた。
カルメはナナへと視線を向けてみるが、彼女も首を横に振る。覚えがないらしい。カルメは首を傾げると、近くにいた顔見知りの冒険者に声をかけた。
「おい、どうした?」
「ん? ああ、カルメか……いやなに、ちょっと面倒なことになったんだ」
「面倒?」
続けて問うと、彼は面倒くさそうに頭を掻いて、言った。
「白亜の新人が、中層行きの転移陣に飛び込んじまったんだ」
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