外伝 悪食のカルメ (時系列、大罪迷宮グリード編)
断切りと悪食
飢えていた。
幼い頃、ずっと彼女は飢えていた。
足が棒になるくらいずっと歩き続ける。いつも腹は痛いくらい鳴った。それでやっと眠れる場所にたどりついても、お腹いっぱいに食べられたことはない。食事は何時も兄姉達との奪い合いだ。
餓えのひもじさと、満ち足りぬ事への怒り、それが彼女の幼き頃の大部分だった。
彼女は怒り、餓え、そして願った。
満ち足りたいと。
お腹いっぱいに食べたいと
そんなときだった。“黄金級”と呼ばれる存在を知ったのは。
冒険者の頂点、黄金級になれば大金持ちになれる。
神官達だって目じゃないくらいの贅沢ができる。
都市国にいることすら許されない名無しにだって、そうなれるのだ。
酔っ払いの
勿論、兄や姉達がムリだと言ったように、容易い話じゃない事くらいは、分かっていた。
だけど、それでも彼女はそれを目指すことに決めた。
だって、
黄金級になれば、もう寒い土の上で薄い毛布にしがみついて寝ることもない。
黄金級になれば、兄や姉達に殴られて、飯を奪われて、泣くことはない。
黄金級になれば、ずっと鳴り続ける腹が、満ちてくれる。
黄金級になれば、きっと自由だ。
そんな、名無しとして切実で――そしてありきたりな夢を目指して、彼女は進み始めた。兄や姉達から小馬鹿にされ、殴られて、両親からも罵られても彼女は決して止めなかった。
旅の合間に迷宮もどきに潜り、魔物達を狩って、魔石を稼いで不揃いな武具を集めて、そうしてとうとう彼女は家族から飛び出した。
自信があった
何体も魔物を倒して、力がついた。魔物を倒したときに与えられる魔力は、彼女に万能感を与えてくれて、そこに限界を感じなかった。何処までも何処までも強くなれるという確信があった。
努力をしてる。
自分以上に必死になってる奴は他にいない。
誰も彼もふぬけた顔だ。すぐに自分が黄金になってやる。そう確信し――
「俺は『自分がこの世で一番頑張ってる』ってのぼせてるアホが一番嫌いなんだわ。死ね」
その高く高く伸びきった鼻柱は、紅蓮の如く強烈な不良教官の拳骨によって物の見事にたたき折られることとなった。
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大罪迷宮グリード【中層・十八階】
大罪迷宮は極めて単純な階層型の迷宮だ。
大罪迷宮ラストや、大罪迷宮エンヴィーのように大自然と一体化したような代物ではない。通路にも部屋にも特徴はなく、その単調さで惑わせる、極めてオーソドックスな迷宮だ。
中層でも、それは変わらない。もちろん、魔物の階級は飛躍的に高くなってくるが、大きく変化はない。小部屋と小部屋が通路で繋がった単純な迷宮が続く。
ただし中層は、低層よりも濃い
同じ階層、同じ場所で、同じ魔物の姿をしながら、【変異】を起こした凶悪な魔物が現れたり、
賞金首級の魔物が、突如階層を移動して襲いかかってきたり、
意気揚々と次の階層へと進んだ瞬間、イレギュラーな
繰り返して、慣れて飽いた冒険者の不意を突いてくる。
だから、中層で活動するなら、五感を研ぎ澄まさねばならない。
あらゆる感覚を尖らせて、情報を獲得しなければならない。
悪意の源、迷宮の主に油断を見抜かれ、トン、と優しく背中を押されて、奈落へと落ちぬように。
(風の流れが変わった、迷宮の変動が起きたか)
銀級冒険者、カルメはその経験則に基づいて、獣人の耳を揺らしながら慎重に迷宮を進む。
現在彼女が足を進めているのは、十八階に長期にわたって出現している特殊階層――【深窟領域】と呼ばれる場所だ。
通常の階層とはまったく違う、深い闇とぬるりとした岩肌でできた歩きにくい洞窟。
現在、カルメが請け負っている
大罪迷宮グリードは不定期に変動を起こすが、このエリアは既に三年ほど、この階層に居座って、冒険者を長きに渡って苦しめている。
その先に進むなら所持を強要される、道中は邪魔にしかならない
「厄介」「面倒」「制作者がいるなら絶対性格が凄く悪い」と忌み嫌われる領域。
その攻略をカルメは担っている。
(全く、安請け合いしたな)
冒険者の活動と成長を停滞させかねない領域の調査ないし攻略の依頼を冒険者ギルドから頼まれたとき、最初は断ろうとした。直接の依頼なら、冒険者ギルドからの覚えもよくなるだろうが、カルメは既に【銀級】――
子供の時分のように、黄金級を夢見てるわけでもなし。
過分な名声は、あってもヘタすれば荷物だ。だから断ろうとした……したのだが、
――同士討ちも起こりうる闇の洞窟、
受付嬢のロッズから、こう言われて、頷く他なかった。
つまるところ、煽てられて、流されたわけである。
「……いや、阿呆か私は」
つい先日も、あの超絶不良教官にいいように使われたばかりだというのに、昨日の今日でコレはいくらなんでも反省が多い。ギルドへの、というよりも自分自身へぶつくさと文句を繰り返しながら彼女はため息を吐いて、壁に寄りかかる。
『――――』
その岩壁に、
周囲の岩壁や地面の色に溶け込みきった灰色の皮膚、四つの掌を壁に接着させ巨大を支えながら、じろりと眼下のエモノへと舌を伸ばす。
『――――G!?』
「邪魔」
――その舌を、カルメは即座に抜き去った刃でもって断ち切った。
自分のマヌケさを反省している時だろうがなんだろうが、その脅威を前に気を払わない程間抜けではない。そうでなければ、
『GAAAAAAAAAAAA!!』
奇襲、暗殺の好機を失い、潜むのを止めて黒岩蛙は地面に着地し、大声を上げながら迫ってくる。
かなりの大きさだ。随分と長いこと生き延びて、この洞窟で同業者達を苦しめてきたのだろうと想像が付く。だが、だとしても最大の強みである隠蔽能力を棄てた相手だ。
「蛙が」
カルメは剣を身構えると、姿勢を低く、一気に飛び出した。
再び矢の如く、寸断されて少し短くなった舌が飛び出してくる。それを寸前で回避し、蛙の懐に潜り込むと、柄を握りしめた手に更に力を込め、一気に振り抜いた。
「ッカア!!」
『GAAAA!?』
根元から舌が断ち切られ、闇の中で血が飛び散り、蛙は無様な悲鳴をあげる。
カルメの戦闘スタイルはシンプルだ。
速く迫り、強く断つ。
魔力で研ぎ澄まされた力を溜め、瞬間で一気に解き放つ。
体現した【
シンプル故に強力。だが、それを成すには敵の懐に躊躇わず飛び込む胆力がいる。
その女冒険者らしからぬ豪快な剣技故、彼女は【断切り】の異名がついた。
「【魔よ来たれ、刃に宿れ】」
蛙がのけぞった隙を見て、己の剣に魔術の
『G―――― 』
断切りの名にふさわしい一撃は、蛙の喉を切り裂いて、絶命へと追いやる。
カルメは剣を構えたまま周囲を警戒するが、後から魔物が続いて現れることはなかった。どうやら自分と同じ
(長生きだったらしいな)
黒岩蛙の死体は、大量の血を首から零しながらも、残り続けた。
産まれたばかりの魔物の多くは魔力体だ。死に絶えれば維持していた魔力が霧散し、塵のように消えていく。だが長生きし続ければ、次第に血肉を得て生物に近くなる。
カルメと相対した蛙は確かに、通常のソレと比べてもサイズが大きかった。賞金首にはなっていないが、大物だったらしい。
推察の通り、心臓ともいえる魔石を取り出すと、随分と大きい。それを魔石鞄に収める。これだけで結構な儲けになるだろうとカルメは満足しそのまま立ち去る――前に、不意に残った蛙の身体に目をやった。
「……」
長生きした魔物は血肉を残す。紛れもない実体となってそこにある。
遠からず、血の匂いは他の魔物を引き寄せるだろう。急ぎ、この場所から離れなければならないのは間違いない――のだが、カルメはしばしその場に残った。
「……………………ふむ」
そのまま数秒間沈黙した後、カルメは剣を収めた。代わりに、先ほどの剣と同じく良く研がれた短いナイフを取り出した。首から血が抜けたのを確認した後、動かなくなった黒岩蛙の身体に突き立てる。
初めに皮をひっぺがす。露出した背肉にナイフを突き立て、切り裂くと、それを清水の魔術で洗い流し、清潔な布に包み、別の鞄に収め、速やかに立ち去った。
【断切り】のカルメ、彼女には実のところもう一つの渾名がある。
――【悪食のカルメ】という蔑称が。
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というわけで、次にくるライトノベル大賞2024ノミネートという皆さまから頂いた好機を生かすべく、外伝 カルメの物語短期連載開始です。
……で、「そもそもカルメって誰だっけ…?」と思ってる人も多いと思いますが……あれです。初めての迷宮突貫時に救助してくれた彼女です。
端役も端役で、それをこんな大事な機会にチョイスするのはどうなのかとも思いますが………
まあいいかあ!!よろしくなあ!!
次にくるライトノベル大賞2024の投票サイト
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