かつての世界の話②
イスラリア博士とその多くの部下達が集い生まれた世界最大の研究機関。【イスラリア研究機関】は世界中の注目の的となった。
それは必然であり、抗いようのないものだった。
世界最高の天才と称される事となったイスラリア自身にも止められない嵐だった。
彼の一挙手一投足がニュースとなって世界中を駆け巡り、そこに何かしらの意味を、理由を見いだそうとだれもが躍起になった。欠伸一つすれば、体調管理を不安視し、それを強いた国家を糾弾する者が現れた。
最早それは宗教、信仰に近かった。というよりも、事実としてそういった宗教を立ち上げる者までいた。「実は彼とは古い友人であり、望めば彼の研究成果を融通しよう」などという詐欺まがいまで横行したし、それは数え切れないほど多かった。
狂乱と言って、全く差し支えない。
だが、そんな有様になるほど、当時の世界は疲弊と混乱と争いに満ちていた。世界は良くない状況だった。誰もが逃げ場もない地獄の内側に、解決策を求めていた。
それも苦労なく手軽で、
平等かつ自分たちは優遇されていて、
複雑ではなく安易なわかりやすい解決策を。
それが、目の前にぽんと出されたのだ。狂乱は当然といえた。
そして、だからこそ“それ”は最悪のタイミングで明かされてしまった。
【星石】から供給されるエネルギー、【万能物質】の供給量は常に少量の、一定であるという事実を。その恩恵が、世界中の全てに届けるのは、到底困難であるという事実。その秘匿すべき情報が漏れたのだ。
方舟の定員は決まっている。
その事実に気づいた世界がケダモノに変わるのは、やはりイスラリア博士でもっても抗えない事だった。
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「っが……!」
グレーレは貫かれた肩の痛みに顔をしかめた。当然、防御術式は幾重にも形成していた。この、方舟イスラリアの最深層だ。何が起こるか想像も付かない場所で油断なんてするはずもない。
その防御が呆気なく貫かれた。それも、自分が操っていた筈の端子によって。
「神薬、寄越すべきでは無かったか……?」
顔を無理矢理笑みに歪めながら、少し後悔する。サポートに回り続け、表だって戦闘に参加していないだけ、まだ魔力に余裕はあるが、心許ないのは事実だった。
そう、心許ない。全くもって
“この相手”に対してはどんな準備も心許ない。思い上がるなどとんでもない。今回の戦いが起こる前にありとあらゆる手段を講じて準備だけはしてきたが、それでもまるで足りはしないだろう。
「さて、どこまでやれるかなあ……!」
そんな面持ちでグレーレは術式を展開する。だが、ソレよりも更に早く、グレーレの創り出した“端子”は、主であるグレーレ自身を殺すために殺到した。
「――――せぇい!」
だが、グレーレに到達するよりも早く、それを豪傑なる戦士が叩き潰した。身構えていたグレーレは、その筋骨隆々な大男の背中を見て笑う。【天拳】を持っていなかろうとも、グロンゾンの背中は全くもって頼もしく、安定感があった。
「しにかけですね、グレーレ」
そして、グレーレのすぐ側にはスーアがやってきていた。彼の身体を癒やす治癒は、水精霊の加護だろうか。【天祈】による補助がなくとも、精霊の寵愛は受けているらしい。
「驚きましたな。ご無事で何よりです」
「ウルに助けられました」
「カハハ!お人好しがこちらの命まで救ったか!」
全くもってありがたい話だった。二人の窮地を知りながらも対応しなかった事を考えると大変に後ろめたいものがあるが、しかし今は考えても仕方が無い。仕事を終えた後に詫びるとしよう。
「申し訳ないが、こちらも集中させてもらいます。このままでは制御権が奪われる」
再び集中する。端子の制御権を取り戻すべく操作を続ける。いくつかの制御は奪えたが、完璧ではなかった。端子のいくつかは真っ黒な色に染まった。それらは端子の大本から分離し、形状を変化させ、まるでグレーレが操る自立術式のように形を変えていった。
――後付けの筈だった【
歯がみしながらも術式を動かす。今、星石を奪われるわけには行かなかった。
最悪の可能性、【星石】そのものに何か仕掛けられている可能性は無い。そうであったなら最初からこの計画は頓挫している。だから考慮する必要性はない。
「グレーレ!お前は何と戦っている!説明しろ!」
グロンゾンはこちらを殺そうとする端子達を片っ端から叩き落としながら尋ねた。グレーレは目の前の作業に集中しながら、なんとか言葉を振り絞る。
「あえて言うならば――――
「神」
「ゼウラディア、シズルナリカは所詮道具。だがアレは――――彼は」
どこか懐かしむような、忌々しく思うような声と共に、
「真の意味で、創造者だ」
グレーレは賛辞を吐き出した。
〈――――〉
「【
スーアが創り出した風の刃が木々を切り裂いた。一通り、グレーレを狙った“黒い根”は消えて失せたが、まるで油断はならなかった。スーアにもグロンゾンにもそれは伝わっているのか、互いに背中を合わせるように警戒を強くする。
グレーレは通信術式を手元に寄せ、急ぎ連絡を飛ばした。
「ザイン、やはり現れた。急ぎ心臓を断ちきれ。粛正機能を支配されたら全てが終わりだ」
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「やっている」
「んにゃあああああああああ!!?」
連絡を受けたザインは現在、凄まじい反撃のまっただ中にいた。何が起きているかと言えば、彼等が狙う“心臓”の周囲に出現した大量の“眼球”から放たれる破壊の渦に飲み込まれぬよう、死に物狂いで耐え忍んでいた。
「無茶苦茶です!!!しかもなん、か!どんどん激しく……!?」
「惑わされるな」
結界を維持しようとうなり声をあげるゼロに、ザインは淡々と前を見つめる。激しい爆発のただ中にあって、尚彼の目はその奥にある心臓を睨んでいた。
「所詮、こっちは粛正装置そのものの防衛機能にすぎない。攻撃も単調で搦め手も無い」
「そうはいって……!?」
不意に、結界を貫く光の剣がたたき込まれ、ゼロはびくりと震える。間違いなくそれは【天剣】であり、一切を両断する剣がゼロ達の形成する結界を貫通し、その起点であるゼロを切り裂かんとその刃を奔らせた――――が、
「邪魔だ」
それを、ザインは漆黒の斬撃にて一蹴する。
ザインの絶技にゼロは目を見開くが、急ぎ立ち上がると破損された結界を修繕した。だが、七天もどきの力を敵が使えるとなると話は変わってくる。そう長くはもたない――――
「ザイン!」
だが、そうしている内に、結界維持とは別に動いていたファイブ達が立ち上がる。
「埋め込まれていた魔力血管、破壊しました!ですがすぐに再生を……!」
「良し」
ザインは頷き、剣を構える。
「5秒後、結界を出る。俺を狙う攻撃を弾け」
「わ、わかり――」
返事をするとほぼ同時に、ザインは飛び出した。ゼロは意識を集中する。クラウランから与えられた全能、その卓越した才覚でもってザインに迫るあらゆる攻撃を防ぎ続ける。無論、それでも完璧とはいかず、ザインにもその余波が襲った。
だが、ザインは微塵も揺らがず、心臓へと迫り、その刃を振るう。
「【魔断】」
絶対両断の斬撃が、心臓を断ちきった。
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