眷属竜


 真なるバベル深層。


 更なる地下深くで激しい戦闘音が響き渡る中、勇者ディズと共にバベルへと侵入を果たした真人達は一カ所に集まり、結界を展開していた。周囲の肉壁から出現する魔物達から、探し出した救助者を守るための結界である。


「マスター!聞こえますか!」

《おお!ゼロ!無事だったか!!嬉しいぞ!!》


 そしてその中心にて、ゼロは専用の通信魔具にて自分たちの父へと連絡を取っていた。なんとか通じた通信越しの父は相も変わらずの様子で、ゼロは少し安堵を覚えた。


「無事です!でも勇者と、それと灰の英雄が――――」


 そして状況を端的に説明した。状況は複雑怪奇だ。三つの最高戦力がいま地下深く最下層で戦いをおっぱじめている。ゼロはどう動くべきか判断に迷っていた。


「私たちはどうしますか?援助に向かいますか?……その、彼の」

《いや、今の彼等の状態であれば、恐らく邪魔になる》

「ですが……」

《お前の想いも分かる。だがゼロ、どうか耐えて、友と合流を優先しておくれ》

「…………はい」


 マスターの言葉はどこまでも真摯だった。


《ありがとう。優しい子よ。どうか気をつけておくれ》

「――――勿論。その為に、私たちはいるのです」

《ありがとう。だが、無茶をしてはいけない。そしてどうか生き残り、見守って欲しい》


 ゼロは頷くと、クラウランは嬉しそうに声を漏らし、そして言った。


《偉大にして愚かなる我々が、御せると驕った世界の行く末を》


 その最後の言葉は寂しそうな、恥じ入るような、いくつもの感情が入り交じっていた。

 そして通信が途切れた直後、こちらに近づく影が在った。真人達が身構えるが、それが老いて尚、鋭い気配を纏った老人で在ることに気づき、構えを解いた。

 代表するように、ゼロは前に進み出る。老人、ザインは頷いた。


「来たか、クラウランの子供達」

「ザイン」

「行くぞ」


 殆ど有無を言わさない言い方だったが、ゼロも他の真人たちも反論はしなかった。幾人かの真人たちは救助者達をつれて上層へと移動し、残る者達はザインに付き従うようにして動いた。


「ザイン、本当にこの先に?」

「グレーレも調査済みだ」

「それを砕くと……良いのですか」

「無論」


 ザインは即答し、静かな眼で今も尚激しい戦闘音が響く最深層を睨み付けた。


「負の【遺産】は全て叩き潰す。一切を残さん。“約束なのだ”」




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 真なるバベル最深層にて


「なん……!?」


 ディズは、自分の友人が豹変した姿に言葉を失っていた。

 ゼウラディアの一部がユーリから返却されたことはディズも分かっていた。彼女に何かが起こったこと、最悪死んでしまった可能性も考慮し、覚悟していたつもりだった。

 だが流石に、あんな異様なる姿になって再び姿を現すなど、全く想像もしていなかった。


「余所見、余裕だな」


 そして、そんなディズの動揺を見計らうようにウルが突撃してくる。無論、ディズは即座に応じた。動揺しつつも、それで剣の冴えを鈍らせるほどに彼女は温い鍛練を積んでは来なかった。


「ウル!ユーリに何をしたの!?」


 だが、確認せざるを得ない。問いたださずにはいられない。

 何かしらの策は講じてきた事は分かりきっていた。どれだけ彼が決意を固めようと、純粋な有する力の格差はこちらの方が圧倒的に上なのだ。そもそも「神をひっぺがす」などと、簡単にできるはずがない。聞いたこともない。手立てが在るはずだ。


 だがしかし、それが今のユーリの姿に繋がるというのなら、彼がやろうとしていることは、ディズの想像を遙かに超えた無茶苦茶だ!


「悪いことだよ。お前らにもしてやるよ」

「《へんたいっぽい!》」

「泣きそうだ!!!」


 槍から力が迸る。不可視の力。指向性を狂わせる色欲の渦。その汎用性は凄まじい。こうして神になる以前、直接たたき付けられていればディズとて無事では済まなかっただろう。それほどまでに強く、理不尽な力だった。


「【破邪神拳】!」

「ッ!!」


 だが、それに抵抗する手段はこちらにある。

 ウルが放った色欲の力を消し飛ばす。グロンゾンから既に力は返還されている。分配せず、十全となった神の力であれば、色欲の、ましてその枝葉の力なんて一蹴出来る。


「っだあ……!やっぱ出力じゃ勝てっこねえな……!」


 清浄の鐘を直接たたき付けられ、弾き飛ばされたウルは痛みに身もだえる。だが、ディズは油断も躊躇もなく、一気に彼の下へと飛び込み、【星剣】を振るう。


「ッ!?」


 だが、体勢を崩したウルとの間に突如として灰色の炎を纏った剣が投げ込まれ、ディズは追撃を阻まれた。介入してきたのは誰か、勿論わかりきっている。


『――――』


 ユーリが剣を投げつけてきたのだ。

 返還された神剣――――とは違う。ウルと同じ灰炎の剣は、見事こちらの出先をくじき、その熱で牽制まで果たしてくる。同じく神であるシズクと相対しながら、こちらの呼吸全てを読み取るような介入を前に、ディズは苦笑いした。


「……


 ユーリは正気だ。彼女が纏う炎は意思を奪い操っているものでもなければ、彼女の姿を似せてこちらを動揺させるための人形でもない。纏う力の様相はまるで違っても、正真正銘彼女自身だ。

 まさか、ユーリを誘惑した?あの彼女を引き抜いた!?


 ああ、だが、やりかねない!彼ならば!


「ウル!」


 内心の動揺を悟られぬよう、相手の動揺を引き出すために、ディズは叫んだ。


「君は苦難と闘い続けた!その果てに望んだものを得たはずだ!」


 ウルがこの旅を始めるに至った理由、アカネの自由。

 その目的が達成されたとき、ウルはそれ以上のものを得た。

 地位も名声も資金も、全てを得たはずなのだ。

 アカネがディズについていくことを不本意に思ったのかも知れないが、だとしても、イスラリアの旅をしてきた中で得た多くのものを、投げ捨ててしまうような選択を取っている。それをディズは問う。


「それで満足できないか!灰の王!」

「できないな。気にいらない、けったくそ悪い」


 吹き飛ばされていたウルは既に姿勢を整えていた。竜牙槍を構え、顎を開き、こちらに矛先を向けている。魔導核から溢れる熱量は、最早人の手で作り出された武器の域を超えていた。それを放たんとするウルの瞳は、微塵も揺らぐこと無く、ディズをにらみ返している。


「お前らに責と業を全部押しつけないと成り立たない世界で得たものなんてのは――――」

「――――!」


 ディズは神剣を展開する。翼剣を盾のように身がまえて、星剣を強く握った。

 ウルの説得を、などという温い考えをしていた自分を改める。

 既に、彼の覚悟は、修正可能な代物ではない。


「ちり紙に包んで捨ててやるよ!!」


 憤怒の咆吼が叩き込まれ、ディズは壁へと叩き付けられた。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 その一方で、シズクはユーリと相対していた。


『――――』

「…………どういう状況なのでしょうね、それは」


 シズクは、ウルの戦いをサポートしながらも油断なくこちらを牽制するユーリを観察していた。

 ディズとの戦いの多くは、理解の及ぶ範囲のものだった。ゼウラディアの力の出力の強さと、ソレ故に繰り出される技は何もかも強大無比だったが、一方でそれらは全てシズクにとって既知のものだった。

 どれもイスラリアを旅する道中で見ることになった七天達の技と力、その発展だった。


 だが、これはなんだ?


「【不死域・餓者百腕】」


 腐敗の沼がシズクを中心に展開する。そこから伸びた無数の巨大な死霊の腕を試すようにユーリへと差し向ける。まるで羽虫を払うかのような動作で動き出した巨人の手は勢いよくふり下ろされた。


『――――――』


 そして骨の手は、彼女に触れることも出来ず、剣閃に沿って粉々に両断された。

 一瞬で無数に繰り出された斬撃が、巨人達を容赦なく砕く。

 訳もない、というようにユーリはその結果を見向きもしなかった。


 今の試しで、一つハッキリとした。明確に感じ取れた。


 【天剣】ゼウラディアの断片を彼女は持っていない


 何があったのかは分からないが、神の剣、絶対両断の刃を振るう素振りは見せない。にはなっているのかもしれないが、根本的に別の力だ。そもそもこの状況でもそれを使わないのなら、使わないのではなく使えないのだろう。修羅場に切り札を出し惜しみするほど彼女は愚かではない。


 神の加護が彼女から失われた。


 代替というように彼女を覆っているのは灰の炎だ。一切の光を通さず揺らぎ彼女の周囲に纏わり付く灰色の力。それが彼女の損なわれた腕を代用し、身体を覆い、異様なる鎧として、そして剣として形を成している。

 譲渡?貸出?違う、これは、この現象は、しかし、覚えがあった。これは――――


……?」


 ――――ウルの、眷属と彼女はなった。


 そう考えるべきだ。どのようにしてそれを成したのかはわからないが あるいはそれこそがウルの持ち出した秘策なのだろう。あるいは彼の言うところの「神をひっぺがす」方法がコレであると言うことまで理解した。それ自体は危険ではあるように感じる――――が、シズクは冷静だ。


 少なくとも、一方的に相手を眷属化することはできない。出来るなら彼はもうやっている。


 つまり、条件がある。そして、それは簡単ではない。そして、眷属化したとて力は結局、ウルから貸し出されているものに過ぎない。シズクが眷族竜を創り出した時とは全く違う。神の眷属として、膨大な魔力を貸し出されているわけではない。


 ならば、戦い方は明確だ。


「【色樹大竜】」


 質量で、叩き潰す。

 技量で争わない。相手にしない、圧殺する。その為に神の力を引きずり出す。白蔓が結びつき、巨大な竜の顎に変じて、莫大な魔力を溜め込む。一切を狂わせ、護りすらも引きちぎる放蕩なる咆吼を一気に凝縮する。


「【狂い裂け】」


 月神の命に沿い、即座に顎から咆吼は放たれ――――――る、よりも早く、彼女は


「は――――『温い』


 力が放たれた時には既に、彼女は自分の背後を取っていた。


『舐めてたら本当に殺しますよ?』


 反応したときには、刃が心臓を貫く寸前だった。神となって、初めて感じた死の気配に冷や汗をかきながらも、即座に転移を繰り返し距離を取る。だがまるで、こちらの転移先を理解しているかのように、ユーリはこちらとぴったり距離を詰めてくる。


「【変貌れ、廻――――】」

『その下品な厚化粧、さっさとひっぺがして――――』


 虚飾による空間変調で道を壁で塞ぐが、その壁に刃が突き刺さり、切り裂かれる。生まれた隙間から灰色の炎が割って入って、強引にこじ開けてくる。空いた隙間に鋭い蹴りがたたき込まれ、腹に突き刺さる。


「あの男の前で、泣きっ面晒しなさい!!!!」


 月の神は、極めて原始的な暴力で地面にたたき落とされた。

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