竜呑ウーガの死闘Ⅱ / スパイの軌跡



 竜呑ウーガ、司令塔にて。


「機神、押さえつけました!!!」

「重力魔術、緩めないで!大部分は破壊されたはずだけど、粘魔はまだ生きてる!」


 部下達からの報告に対してカルカラは即座に号令を飛ばす。水晶に映る破壊された機神をウーガはその脚で押し潰している。聖遺物を利用した強力無比の重力魔術は、ウーガを飛ばすのみならず、機神すらも押さえ込むことに成功していた。

 まったく、ウルからの連絡が来たときはどうなるかと思ったけど、上手く行って本当に良かった。


「このまま抑え込むことが出来れば良いけど……!」

「さて、どうかしらね」


 カルカラの言葉を、部屋の中で研究を続けるリーネが拾う。目の前の自分の作業から目を離すこともなく、しかし状況は理解しているのだろう。淡々と状況を口にした。


「マギカ産の人形に、邪教徒の合わせ技、容易くはないわ」

「ウルからの支援は期待出来ますか」


 カルカラから見ても、ウルの力は圧倒的に見えた。あれほどまでプラウディアの戦士たちを圧倒し、抵抗もできなかったあの怪物を一方的に蹂躙する力。その彼とウーガが合わされば、なんとか出来るようにも思えた。それくらい彼の力は凄まじく見えた。

 が、リーネはあっさりと首を横に振る。


「無理でしょ。どーせやせ我慢よアレ」

「魔王との闘いの消耗はやはり激しかったと?」

「まあ、本当に不味い傷負ったなら戻ってくるでしょうから、死にはしないでしょうけどね」


 この中では最も彼との付き合いが長い彼女がそう言い切るのであれば、そうなのだろう。カルカラはため息をつくが、リーネは小さく鼻で笑った。


「灰の王様におんぶにだっこじゃいられないわ」

「……道理ですね」


 カルカラは思考を切り替えるように首を横に振ると、気を引き締め、声を張り上げた。


「ウーガは機神の拘束と破壊に集中!戦闘員は銀竜の対処を続行なさい!」




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 竜呑ウーガ地上部中央広場


 ウーガの内装の一部は今回の戦いを前に大きな改築が行われた。戦いの中心となる結界近辺や、竜たちの侵入が予想される結界天井部の近くに速やかに戦力や物資を送り続けるための土台作りや、道作りが行われた。

 だが、その中でも中央に作られた巨大広場の役割はやや異なる。


「急げ急げ!ぶっ倒れた奴らが次々転移されてきてんだからな!!!」


 【白の蟒蛇】の古参であり、指揮を任されたその男は必死に声を張り上げて指示を出していた。直接の戦闘には参加していないが、こちらもかなり重要な役割があり、確実に混乱が予想されていたため、ジャインから託されていた。

 すなわち、エシェルが魔力を奪い、戦闘不能にした戦士たち。彼ら彼女らが転移されていくのを片っ端から回収していくという、とてつもない荒技の指揮である。


 この大広間が用意されたのは、エシェルが転移する際、この場所を目印にするためだ。遮蔽物が無いように大きく作られたその場所に、彼女は片っ端から転移させている。


「地獄かあ!!!」


 言うまでもなく大混沌である。実際に戦った方が間違いなく楽だっただろうとほかの戦士たちも確信して悲鳴を上げている。が、嘆いている暇など無い。


「しょうがねえだろ!!場合によっちゃイスラリア大陸が消滅するんだぞ!」


 ディズが勝てばまだましだが、シズクが勝利すれば方舟は落ちる。王が用意したという避難所シェルターに潜っていれば大丈夫かもしれないが地上に出ていたら死んでしまう可能性が高い。

 だったらディズに協力しろという話ではあるが女王達の目的を考えるとそうもいかない。あまりにも困難極まる戦況バランスの維持と、道徳的な観点を鑑みた結果の折衷案がこの転移術である。

 頭の悪いやり方ではあるが、やり通すしかない。


「暴れてるやつもいます!」

「縛り付けとけ!!!」

「マジか!?」


 部下のベイトが聞き直すが、選択肢はなかった。


「当人も言ってたが、女王の方針は正義じゃあない。ぶっちゃけめちゃくちゃだ」

「そりゃ、そうだけど」

「その理屈を一人一人訴えたって、わかってもらう時間なんてない」


 対話は最も優れた手段ではある。だが、ウーガの外を見ればわかる。言葉を交わして矛を収めるという時期は過ぎてしまっている。


「それでもなお、自分の意見を通そうとするのならば、選択肢は一つだ」

「それは?」

「暴・力!!!」

「身も蓋もねえ!」


 その通りである。

 本当にどうしようもない、地獄へ真っ逆さまみたいな世界の流れに強引にあらがおうとしているのが我らが女王である。その女王の願いを尊重するというのなら、やれることをやるしかないのだ。

 どれだけそのやり方が強引だろうが、偽善的だろうが、邪悪だろうが、知ったことではない。それを通すなら力尽くしかないのだ。


 この最も原始的な理屈に欠点があるとするならば―――


「―――上を見ろぉ!?」


 不意に、ぶっ倒れた戦士達を運び出している部下の一人が叫び、空を指さす。見れば、彼が何を警戒しているのかはすぐにわかった。ほかの結界にへばりついている銀竜とは比較にならない規模の巨大な銀竜が上空を旋回している。


 先にエシェルが接敵したものとは違う、ならばあれは


「銀竜、二体目か!!!」


 シズクが差し向けた二体目だ。そう思った矢先、銀竜が落ちてきた。

 結界が激しい不協和音を鳴らす。まだ押さえ込んでいる。だが、太陽の結界すらも貫く銀竜を阻むことはままならない。そして中まで侵入されれば、どうなるかわかったものではない。


「まっず……!?」


 そう思った矢先だった。結界の不協和音とは別の爆発音―――砲撃音が響き、


『――――――AAAA』


 銀竜がわずかに退く。それを引き起こしたのは、 内側から外周部へと移動するために作られた突貫の台座を走る巨大な【戦車】―――そして、その上に二人がたっていた。

 一人は風の精霊に愛された少女、フウだ。そしてもう一人は―――


「ジースター!!」


 元七天、魔界のスパイ、子持ちの父親、あらゆるものを背負った男がそこにいた。






              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 星野仁、ジースターが方舟イスラリアを訪ね、アルノルド王に回収されてからしばらくたった後の事。


「この世界をどう思う」

「……」


 ジースターは、アルノルド王に連れられてこの世界を見て回っていた。彼に従う従者の姿に扮して、王が行う各都市の巡回について回り、方舟の様相を共に確認した。

 不用意だとは思った。こちらが方舟を砕くためのテロリストだったらどうする気なのだろうとも思った。あるいは事前に話に聞いていた、“読心術”の類いが方舟には存在しているから、何の問題もないと思われているのか。


 ともあれ、結果としてジースターは方舟の多くを見て回り、そして知った。


「外の世界では、方舟の中は全ての富と魔力を簒奪した邪悪が富を貪る楽園と聞いていた」

「そう思ってきたのか?」

「いや、ずいぶんと誇張されたプロパガンダだなと思ったよ」


 何せ、方舟の内情を知る者はほとんどいない。世界を隔てる壁はドームの住民達が想像するものより遙かに険しい。届くのはノイズまみれの情報データの一部のみ。ジースターだってここに来るとき、帰れないかもしれない覚悟はしたし、その説明も受けた。

 なのに方舟の中が享楽にふける邪悪達の住処だ―――なんて、どうやって知ったというのか。考えればすぐにわかる。ジースターは、そういった煽動に呑まれていないと自負していた。そのつもりだった。

 だが、


「厳しい世界だな」

「ああ」


 方舟にたどり着いて、世界を見て回ったとき、自分の中にも、偏見の芽があったことに気づかされた。方舟の中は厳しかった。食料を育むのが難しい、枯渇した世界とは対極の厳しさがあった。ドームのように住処は区切られ、それであっても完璧な守りは難しい。守りは堅いが、時として脅威はその内側まで浸食する。

 方舟は未知でありながら、既視感があった。方舟と世界は、同じような状況下にあると。


「なぜ俺にそれを見せる」

「……」


 敵であるなら排除するか、捕まえればいい。情報を引き出したいなら、“読心術”とやらで引き出せばいい。なのにわざわざ共に方舟を巡って、こちらの世界の事情を教えようとする。


「俺を寝返らせたいのか」


 少し攻撃的に、挑発するように訪ねてみる。すると、


「そうだ」


 真顔で、アルノルド王はうなずいた。

 あまりにも直球な回答にジースターは眉をひそめた。


「それを当人に直接言うことではないと思うが」

「そうなのか……?」


 アルノルド王は首をかしげ、そして遠い目になりながら言った。


「難しいのだな……スパイの勧誘というものは」


 しばらく共に歩いて気づいたことがある。


 この男はかなり天然だ。



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              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 数年たって、アルノルド王に子供が生まれることになった。


「つまり、我々はパパ友だ」

「…………」

「……………………違ったか?」


 といっても、母親からではない。王に母はいない。民達には太陽神から授かるという話を伝えているが、もちろん人工物である太陽神が自分の意思で子供を授けるような神話的な行いがとれるはずもない。

 天賢王は人造人間だ―――といっても、この方舟に住まうすべての住民、どころか、魔界の住民達も多かれ少なかれ遺伝子の調整が行われているのだが。

 だが、王は特別だ。方舟世界を支えるために、特に頑丈に作られる。そのための“専門家”の手によって調整された、王となるべく生まれる子供だ。

 正直、この世界にとってのタブー中のタブーな情報で、そんな話をこちらに伝えていいのかと思わなくもなかったが、それを言い出すと魔界の住民である自分の存在もタブーそのものなので今更。

 王とジースターの関係は奇妙な安定性を維持していた。二重スパイとしての道を選んだジースターにとって王は敵であり、同時に方舟では誰にも話せない自分の事情を知り、共感してくれる友人となっていた―――後に、もう一人の黒い王にも事情を見抜かれ、振り回されることとなるのだが。


 しかし、スパイが潜入先相手に友情を感じるのはあまりにも致命的だ。これが狙いだとしたらアルノルド王は実に戦略的で、狡猾といえるだろう……しかし、


「父親とはどんな風に振る舞えばよいのだろう」


 まもなく誕生する自分の子供のことに悩み、そんなことをつぶやきながら深刻にうなだれるアルノルド王にそんな狡猾さがあるようには全く思えなかった。


「悪いが、俺はよい父親ではない。そんな風に聞かれてもわからない」


 ジースターが正直に言うと、王は不思議そうに首をかしげた。


「子供のためにこんなところまでくるのだろう」

「じっとしているのが耐えられなかっただけだ」


 病にかかり、意識がなくなった妻の連れ子。治療法も見つからず、どん詰まりだった状況に悩み、眠り続ける娘の治療費が手に入る危険な仕事に、家族に相談することもせずに飛びついた。

 改めて最悪だとジースターは自嘲する。


「方舟に向かうのは、自殺と変わりない。残された者の気持ちを思えばな」

「そうか」


 今頃、彼女はどんな表情で待っているのだろうか。あるいはなにもかも捨てて、新しい生活を始めているだろうか。できれば後者であってくれた方がジースターとしてはうれしかった。戻れるかもわからない自分を待ち続ける苦行を彼女に今も強いていると思うと、罪悪感で押し潰される。


「貴方はよい父親になりたいのか?王よ」


 想像だけで気が滅入りそうになり、ジースターはため息を吐いて王へと尋ねた。すると王はやはり素直にうなずいた。


「我々は特殊だ。両親もおらず、王としての役割を担うために調整されている」

「ならばなおのこと、父親であろうとする必要は感じない」


 実際、彼の先代の王は、アルノルドに対して息子ではなく後継者として接していたという。そこに情がなかったかと言われればそうではなかったようだが、それでも【天賢王】という特殊な役割を担う彼らの重責を思えば、間違った接し方とは思わない。


「そうかもしれない。私は私なりに気遣われ、大切にされた。だが……」


 王は言葉を詰まらせ、そして絞り出すようにして、言った。


「子供に愛は、必要だと思うのだ」

「つらくなるぞ」


 とっさに、ジースターは声をあげた。アルノルド王の言うことはわかった。

 だが、彼が選ぼうとしている選択は、あまりにも苦難に満ちているように聞こえてならなかった。口を挟まずにはいられなかった。


「この世界は否応なく、幼い子供すらおぞましい戦争に巻き込んでしまう」


 それがどれほど無垢な善人であろうとも、この世界では被害者であり加害者にしてしまう。無意識の悪感情で星を穢し、そのお返しとばかりの悪感情を利用した竜が方舟を壊す。そんなどうしようもない世界を背負わせなければならない相手に愛情を注ぐのは、あまりにも地獄だ。


「そんな相手を愛しく思ったら、苦しむだけだ」


 先代が距離をとったのは正しい。近すぎるのは猛毒だ。


「わかっている。それでもだ」

「……」


 だがアルノルド王は聞かなかった。この男は見た目以上の頑固者だ。そう言うだろうとはわかっていた。ジースターはため息を吐く。スパイに「大丈夫なんだろうかコイツ」と思わせることまで狙ってやっているのだとしたら、たいした役者だ。


「すべては覚悟の上だ…………だが、できることなら」


 そんなこちらの心中を知ってか知らずか、不意にアルノルド王は神殿の外庭から眼下を見下ろした。そこにはちょとした人だかりができていた。何だろうかと思ってみるとすぐにわかった。

 今回の遠征で王の護衛としての仕事を学ぶ為についてきていた【勇者】と【天剣】の後継者―――ディズとユーリが、市井の子供達と遊んでいた。

 どちらかというと遊んでやっているといった具合だが、ディズはニコニコと楽しそうに、そんな彼女をユーリは呆れながら見つめている。


 微笑ましい光景だった。

 たとえ方舟に罪があろうとも、そこにある優しさは嘘ではなかった。


「―――子供達に、殺し合いをさせたくない」

「そうだな……」


 王の祈りのような言葉にジースターは一度うなずいて、その後少し悩み、最後に


「それは、そうだ」


 もう一度、ゆっくりと、彼の言葉を肯定した。


 まばゆい陽光が降り注ぐ中、子供達の笑い声がいつまでもジースターの耳に残った。

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