幕間 天災

 飛翔移動要塞 竜吞ウーガ司令室屋上にて


「銀の竜はウーガの結界すら喰らってくる!!徹底して殺せ!!」

「我等が女王が魔力を奪っている!!疲弊させろ!!落とせ!!!」

「ウーガを守り抜け!!バケモノの大戦争に抵抗できるのはコイツだけだ!!」


 ウーガを護るべく戦闘は続いていた。

 空を飛び交う銀の竜達の猛攻は激しさを増していた。竜達が結界にへばりつくと、その部分がそげ落ちる。内部へと入り込もうとする竜達を戦士達は叩き落とす必要があった。

 都市を護っていた太陽の結界と比べ、竜達が結界を解除するために必要としている時間は明らかに短い。当たり前ではあるが、単なる魔術の結界は竜達にとってあまりにも容易であるらしかった。


『【――――――】』


 そして穴を空けた矢先から、竜達は咆吼を打ち込み、魔術を放ち、ウーガの内部をかき回してく。呪いと腐敗を撒き散らし、ウーガの機能を停止させようと試みてくる。

 明らかに、ウーガの機能を知った者の戦い方だった。間違いなくシズクが、指示した動きそのものだった。かつて、ウーガを実質的に支配し、コントロールしていたシズクが敵に回るのだから、弱点は筒抜けなのも当然だった。


「急げ!!傷を負った者は無理をせず後退しろ!!」

「竜の呪いを甘く見るんじゃねえぞ!!黒い炎があったら一目だって見るんじゃねえ!!」

「敵から視線を外せ!!真正面からやり合うな!!」


 が、しかし、それに抵抗する戦士達もまた、竜には慣れていた。

 【陽喰らい】を超えた戦士達、【黒炎砂漠】を越えた戦士達、ウーガを守護する戦士達は竜を知っている。その存在達がどれだけ厄介で、危険で、困難で、しかし太刀打ちできない無敵の怪物では無いことを知っている。

 決して、彼らはひるむことは無かった。


「っしゃあ!やっちまえレイ!全部打ち落とせ!!」

「しゃべってないでちゃんと護って!!」

「やってるっつの!!!」


 中でもガザやレイは、戦士達の先陣を切って戦っていた。黒炎砂漠の最前線に身を置いて戦い続けた戦士として微塵も怯えずウーガを守り抜く二人の勇姿は、他の戦士達から怯えや恐怖、混乱をぬぐい去っていた。


「ガザ!!レイ!!」


 そんな二人へと懐かしい声が飛んできた。否、懐かしき――と、いうにはまだそれほど時間が経っているわけではないのだが、レイは珍しくほんの少しだけ口元をほころばせた。


「皆、ちゃんと合流できたのね。間に合って良かった」


 振り返ると、黒炎砂漠で復旧のために分かれた仲間達がいた。彼らの多くは戦士、というよりも土木作業の格好のまま、各々武具を身につけている。


「できたのねじゃねーよ!なんで俺等またこんな地獄みてえな戦場で戦ってんだ!?」

「もう良いだろ!?もう砂漠で十分じゃねえ!?一生に一度だろあんな地獄は!?」

「知らねえよ!!ウルに聞いてくれよ!!」

「貴方たちだって来たじゃない」

「そりゃ来るわ!!仕事場に急に沸いて「そこに居たら死ぬ」言われたらさあ!!」


 戦闘準備と、避難民の区分け、更に各方面への連絡とありとあらゆる準備に追われたため、彼らの回収はギリギリになってしまったが、間に合って良かった。とレイは思うのだが、彼らは不満げだ。その怒りをぶつけるように武器を振り回し、ウーガに侵入してきた竜達をたたき落としていく。


「防壁とか頑張って作ってたんだぞクソが!!!」

「やりがい感じてきたのになあ!!!畜生!!」


 その不満を叫びながら彼等は手際よく竜達を追い払うべく動いていた。頼りになる。その事に安堵しながら、レイは矢を放ち続ける。

 銀竜の侵略は加速していく。だが少なくとも応対は出来ていた。


《そっちはいけそうだな》

「ええ、そちらは大丈夫?ジャイン隊長」

《残念ながら大丈夫じゃねえ》


 レイからの連絡に応対すると、ジャインは苦々しい声で答えた。


《女王が巨大な銀竜と接敵した》

「シズク?」

《間違いなく、こっちにも来るぞ。覚悟しとけ》


 ジャインの言葉に頷く。仲間達にも指示を出してより警戒を高めた。シズクがこちらに狙いを定めたというのなら、容赦はあるまい。ウル達から聞いた情報を考えれば、魔界の最終兵器である彼女の戦いを邪魔する者に容赦をするはずがない。

 だが、解せないことはある。


「…………彼女、どういうつもりだったのかしら」


 ウーガが敵に回る。

 この状況をシズクが想像しないはずがない。勿論、全てにケンカを売るというウルの凶行は流石に想像していたとは思わないが、イスラリア大陸を護ろうとする可能性は十分にあったはずだ。

 それを分かっていて、彼女はここにいるとき、ウーガを護ろうとしていた。あらゆる手でウーガという場所を守り、育てようとした。


 そこに合理性は感じない。レイはシズクとはそこまで長い付き合いではないが、それでもわかる。ウーガという場所は彼女にとっての歪みそのものだ。


《さてな。本人すらも、分かってないかもだ――――だが今は関係ねえ》


 ジャインも思うところはあるのだろう。だがすぐに、切り替えるように言葉を強くした。


《生き延びるぞ》

「了解、隊長」


 レイも、これ以上の思考は断ち切った。今は目の前の事だ。

 リーダーである灰の英雄が、女王が、そして自分達が望む先はこの地獄を乗り越えた先にしかかない。ならば全力を持って戦う。その意気を新たにレイは銀竜達を打ち落としていった。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





『OOOOOOOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』


 七首の大罪竜はウーガから放たれる咆吼をいなしきり、再び行動を開始する。


 邪神シズルナリカの胎に残された7つの大罪竜の魂を再利用して生み出された合成竜。イスラリアという世界の終わりを象徴するに相応しい邪悪の極みのようなその生命体は、生誕と同時に、既に役割は果たしていた。


 即ちバベルの浸食と、イスラリア人の信仰粉砕である。


 七首竜はシズクが用意した爆弾そのものであり、バベルの塔の内部に持ち込み、炸裂させた時点で、目的は完遂されたと言える。

 が、無論、誕生したこの七首竜がハリボテというわけでも無い。

 元となった大罪の竜達の知性はない、悪感情の衝動と、産みの親であるシズクの命令を愚直にこなすくらいの意思しか持ち合わせてはいない。だが一方で、全ての大罪竜の魂を基盤に創り出されたその力は本物だ。


『AAAAAAAAAAAAAA!!!!』


 七首の顎が開き、咆吼が射出される。それらは天空迷宮フォルスティアの崩壊により粉砕された街並みを更に砕き、焼いて、呪い、腐らせた。それぞれが生み出す破壊と呪いがプラウディアを破壊し尽くす。

 その呪いの根源が方舟イスラリアからこぼれ落ちた悪感情を固め、廃棄された力が源となったことを考えれば、まさしく因果応報と言えた。

 だが、それを知らず生きてきた者に返すには、あまりにも理不尽な応報だった。


 無論、それは七首竜の知ったことではない。


 暴力に酔うでもなく、無慈悲を愉しむでもなく、ただただひたすらに機械的に、眼下の全てを焼き払うべく、再び七首達はバベルを中心に全方位へと咆哮を放とうとした。


「――――――随分と好き放題していますね」


 だが次の瞬間、星天の閃きが咆哮の全てを切り裂いた。


『―――――――――AA?』


 そう、切り裂いたのだ。

 光が迸る。次の瞬間咆哮が砕け、呪いが霧散する。あらゆる形でイスラリアを侵す最悪が消え去っていく。それが果たしていかなる現象であるのかを、力の塊でしかない七首の竜には理解できなかった。

 だが、それは最早竜の呪い以上の理不尽であるのは間違いなかった。

 そして、その現象を引き起こした怪物は、七首竜の前に立った。


「偉大なるバベルを我が物顔で占拠とは、良い気なものですね」


 自身が生み出した耀く剣の上に、少女は降り立った。

 剣の化身、輝ける少女、天剣のユーリは七首の大罪竜を見つめ、罵る。


『AAAAAAAAAAAAAAA!!!!』


 無論、七首竜に、相手の会話を聞いたり、返事を返すような知性は持ち合わせていない。即座に咆哮を放つ。今度は七竜の全てがユーリを取り囲むようにして動き、逃げ場のない灼熱の地獄をお見舞いした。


「【終断】」


 しかし、あるいはやはりというべきか、咆哮は霧散する。


「王の葬儀もまだなのです。一刻も早く、このバカ騒ぎは始末をつけたい、なので」


 淡々と、ユーリは語る。自身が創り出す剣の上を闊歩しながら、まっすぐに七首の竜へと迫っていく。軽快なその足音が、自身の命を断つ死のカウントであると七首竜は理解できない。


「粉みじんになって死んでください――――【神剣・十二翼】」


 かつて、剣の天才と称され、

 まこと、選ばれし使徒と王に認められ、

 そして強欲の大罪竜との戦いで生死を彷徨い、到達した者。

 獲得したその力を、万全な状態で振るうことを許された彼女が、イスラリアに仇成すものにとっていかなる天災となり果てたのか――――七罪の竜はその身で知る羽目となった。

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