愚天跋扈②

 大罪都市国プラウディア上空にて。


『OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO……!!!』

「ウル……」


 竜吞女王エシェルは眼前に広がる機神の狂乱を見つめ、痛ましい表情で目を細める。今彼はあの中にいる。エシェルが転移によって彼をあの悍ましい姿をした機神の中へと送り込んだ。

 それは彼自身の意思であるが、それでも心配は心配だ。勿論、そんな風に他人のことを思っている場合ではないのだが―――


「随分と好き放題だなぁ」


 そんな彼女の近くに、いつの間にか音も無く近づく者がいた。

 エシェルは視線をそちらに向けない。気づいてはいたが、正直あまりからみたい相手ではなかった。純粋に苦手な相手だ。


「グレーレ」

「カハハ!無差別攻撃か!全くよくやる!」


 天魔のグレーレはこちらを見つめ、笑う。エシェルはそれでも彼に視線を向けなかった。


。それともやっぱり止めるのか?」

「それこそまさかだ」


 逆にエシェルに問われ、グレーレは愉快そうに肩をすくめる。


「ただ、まだ七天の座にいるわけなのでな。悪いがそっちの仕事はさせてもらおうか」


 そう言いながら彼が指を鳴らすと、途端に無数の術式が今も尚戦っているイスラリアの戦士達の元へと飛んでいく。狙いは分かる。こちらの魔力簒奪をいくらか軽減するつもりなのだろう。


「……」

「不満か?この程度で天秤は傾ききらぬよ。今は圧倒的にシズク側が優位だ」

「分かってる。だが、敵対するつもりなら……」

「心配するな。というか、今の俺ではどう足掻いてもお前には勝てん」


 掌で幾つかの術式を展開するが、それらは形を成す前にあっけなく崩壊していく。まるで精霊の権能のように自由自在に魔術を振る舞うグレーレだったが、彼の力の一端は太陽神の力が担っていたのだ。その事実をグレーレはアッサリと明かした。


「信仰以外の魔力、維持形成のため太陽神【天魔】は完全に譲渡した。あれなしでは、大罪術式、神の権能再現は不可能。俺はしがない天才魔術師に過ぎん……ふむ?なんだその顔は」


 心底うさんくさいと思ったのが顔に出たらしい。エシェルは顔を引き締める。


「だったらどこかへ行ってしまえ。私だってお前を相手にしているヒマはない」

「そうしよう。だが、一つ忠告だけしておこう。そろそろ気をつけた方が良い」


 なんのことだ?と思っていると彼の視線の先には禍々しく変貌してしまった悍ましい真なるバベルが在った。その高い高い頂上から一瞬、白銀色の光が迸った―――そう思った矢先、


『――――――』

「…………!?」


 光のような速さで、他のとは造形もサイズも桁違いの巨大な銀竜が、エシェルの展開した鏡を引き裂き、その暴風でエシェルの身体を引き裂いた。


「ふむ。天秤を戻すためにシズクがお前を排除しに来たな」

「手伝え!!」

「いや、すまないが言われたとおり退散させてもらおう。俺も忙しいからな」

「やっぱお前最悪だ!!!」


 爽やかに語るグレーレに悪態をつきながら、恐るべき銀竜との戦いに突入した。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 機神スロウス中枢機関部。


「っが!!?」


 魔王の闇に機関部からたたき落とされ、落下中も連続して繰り出された熱光を回避し、弾き、直撃し、耐え、ウルは背中から地面に落下した。痛みが走るが、しかし致命的ではない。途中幾つかのパイプがウルの落下速度をその身体でもって押さえ込んでくれていた。

 それらの配管は激しい蒸気とガスを噴き出しながら轟音を立てている。人形兵器の悲鳴に聞こえるのは幻聴だろうか。


「ああ、くそ痛え……!」


 あれだけの攻撃を受け、とてつもない高さから落下してた。にもかかわらず「痛い」で済んでるだけ、ウルも既に超人の域にいる。それは間違いない。問題なのは、相手がそれを遙かに超えるバケモノだと言うことだ。


「実力差は圧倒的か……」


 能力がどうとか、そういう話ではない。向こうはウルの数倍生きて、その分だけ貪欲に知識、技術、武術、あらゆるものを吸収して貪っている。手合わせすればすぐに分かる。普段おちゃらけた態度を取っているが、紛れもなく向こうは達人で、怪物だ。


「味方でも引き連れてりゃ…………いや無理か」


 味方を増やせば、魔王は嬉々としてそれを利用するだろう。人質にとられるくらいなら可愛いものだ。先程までの戦いで十二分に思い知った。あの男に、仲間数や戦闘の相性と言った、常識的な有利の押しつけは絶対に通用しない。

 もとより無理するつもりもなく完全にサポートに終始するつもりのミクリナと、本人が割と本気で「死んだって構わない」と思ってて、ウルとしても特に躊躇する理由が欠片もないエクスタインくらいだ。ここに連れてこられるのは。


「小細工は通じねえなクソッタレ」


 分かっていたことだ。と、ガンガンと自分の拳で兜を叩きながら、ウルは一先ずその場を動く、即座の追撃は無かった。だが、確実にブラックはコッチを視認し、動いている。

 状況は不利だ。頭は自然と、魔王の動きを観察し、策を練ろうとする。だが、小細工を考えるその思考そのものが間違っている気がしてならなかった。ウルは苦虫をかみ潰したような顔で前へと進んだ。


 機関部を落下し、一番下に落ちた先に存在した道は一本だった。


 先程まで、激しい駆動音が喧しいくらいにひしめいていたのに、通路の先に進むにつれて、異音も異臭も少なくなっていった。気温も徐々に低くなる。先程までの場所と違い、空調が用意されているようだった。

 だが、整備された空間であるにも関わらず、その空気から生命の気配を全く感じ取ることが出来なかった。空調も、幾つか設置された照明も、ヒトの居住空間を維持するためのものでは無かった。

 ソレとは全く別のものを、保管するための場所だ。


「…………此処は」


 ウルの目の前には巨大な扉が存在していた。周囲には何も無い。此処まで来ると機関部の騒音は一切聞こえてこない。嫌になるくらい静かだった。そして背後からの魔王の追撃は一切無い。それは分かりやすい誘導だった。


 さあ中に入ってみろよ?面白いぞ?


 という魔王の囁き声が聞こえてくるようだった。引き返して別のルートを探ってやろうかと思いもしたが、ウルは腹をくくって、その物々しい扉を押し開いた。


 そしてその先には、広い空間が広がっていた。


 円形の、恐ろしく何も無い空間だ。緩衝用なのだろうか。クッションのような壁が雲のように壁に敷き詰められて、それが天井まで続いてドーム状になっていた。

 部屋の中央には、巨大なオブジェクトが鎮座していた。

 巨大な硝子の様に見える透明の立方体。その内部に、黒い、金属の球体が収まっていた。一見何の変哲も無い球体に見えるが、側面部には明らかな危機を知らせるための警戒色マークが印されていた。

 ウルには勿論、そのマークの意味を読み解くことは出来なかった。が、背中から嫌な汗が流れ落ちてきたのを感じた。


「ブラック、これなんだ」


 ウルは問うた。

 当然のように、ウルの背後の扉にはブラックが既に姿を見せていた。ウルの緊張が強く入り交じったその声に、嬉しそうに笑った。


「ば・く・だ・ん」

「…………どの程度の?」

「イスラリアの浮遊機構くらいは、木っ端微塵になっちまうんじゃねえかな?」


 ゲラゲラゲラと魔王は心底楽しそうに笑った。

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