ウーガの選択④

 Jー04地区の住民、自警員の一人である浩介は今現在、


「ぶっはあ……」


 竜吞ウーガと呼ばれる化け物めいた生物の背中で荷運びの仕事に従事していた。

 何故にこんなことをしているかと言われれば、端的に言うと「流れで」である。

 例の月神シズルナリカ復活の大騒動の後、浩介達は困り果てていた。J-00の崩壊、月神の出現、憎むべき方舟イスラリアがその姿を現したという事実、その果てに起こった大混乱と大騒動は全てのドームを機能マヒさせてしまった。

 結果、浩介達は立ち往生だった。しかしこのままでは不味かった。今すぐ治療が必要なけが人達は多くいたのだ。このままでは見殺しだ。そう思っていた矢先だった。


 ―――ウチに戻れば魔力も潤沢だし、全員治療できるわよ。来る?


 そう、幼い子供―――もとい、リーネから提案され、隊長がその意見に同意し、全員で方舟イスラリアに移動することとなったのだ。

 よくわからない鏡をくぐり抜けた先が“方舟”だなんて、完全にコミックの不思議道具である。夢を見ているような気分だったがこれは現実だ。だから今も浩介はこうしてウーガで労働している。


「俺……どうなんのかな」


 狭い、ウーガの空からでも、砕けて割れた空と、白銀の竜が見える。

 月神シズルナリカ。

 邪神ゼウラディアを砕くための自分達の守護神。で、あるはずなのに、それに対して信仰心は芽生えない。それは、あの神が神聖なる上位存在でも何でもなく、少女であることを知ってしまっているからなのか、それとも―――


「おいコースケ、あんま無茶すんな」


 今、自分達はウーガの住民達に世話になってしまっているからなのか、わかりかねた。


「大丈夫、だよ、働ける!」

「魔界の連中、貧弱だからなあ。別の仕事あるぜ」

「平気だっつの!タダ飯くらいなんて、ごめんだ!」


 浩介よりも遙かに重い荷物を次々に運ぶガザに、浩介は声を張り上げる。

 この労働は、別に強いられたわけではなかった。当初はケガ人達の治療を終えた後、軟禁という形で話が進もうとした。正しい判断だとは思う。自分達は、言ってしまえば敵国の兵士なのだ。そうする他ないと思った。


 ―――魔界の住民?へー、よくわかんねえけどメシ食えよ

 ―――若いのに大変ねえ。ほら、お菓子もあるわよほら

 ―――なるほど、大変だったな。メシ食べるか?

 

 流石に、タダメシ食べてずっとごろごろするのは、色々と沽券に関わった。

 怪我人達の治療と、食事と停泊分の労働を浩介が提案すると、隊長も同意し、結果として今自分達はウーガで働いている。やたらと力があって頑丈な彼らと比べると、自分達がどこまで役に立てているかは分からなかったが、兎に角働いた。


 そうして働いていると、否応なく気づかされることはある。


「そーかよ。ま、無理すんなよ?今、めっちゃややこしいし、なにもしないで休んだって、文句言われねえって」

「というかガザ、アンタは自分の仕事なさい。先輩ぶってるヒマないのよ」

「わ、わかってるって……」

「……」


 こうして自分を心配して笑いかけてくるガザやレイを見ても、ハッキリ分かる。

 方舟の住民は、別に悪魔でも、人間の形を模した化け物でもない、普通の人間だと。


「……良いのかよ。俺はお前等の敵だぞ」


 尋ねる。その質問は浩介がウーガに流れ着いてから幾度となく繰り返した質問だ。その問いに帰ってきた答えは様々だ。そもそもその事を自覚していない者。正しく嫌悪を返してきた者。子供に怒りを向けるのはなあ、と頭を掻く者、様々だ。


「聞いたぞ。俺たちの兵器りゅうで、アンタ酷い目見たんだろ。むかつかないのか」


 それを聞くとガザは、ぽかんと首を傾げた。


「あー?お前がやったんじゃねえだろ?」

「そう、だけど」

「じゃあいいさ」


 あまりにも明快な答えが返ってきた。

 この世界を巡る呪いと因果は、そんな単純なものでは無いはずだ。浩介だってそれくらいはわかる。ガザの答えは思慮が足りない、頭の悪い答えであるような気もした。だが、


「身に覚えない奴責めても、気分良くないしな!」


 身体に、魔界の兵器に焼かれた壮絶な傷跡を残しても尚、快活に笑う彼を見ると、なんだかたまらなく悔しくなった。


「まあ、このバカはバカだから良いけど、あまりそういうこと色んなヒトに聞くものじゃ無いわよ」

「……ああ」

「それと―――」


 そう言って、レイは一瞬浩介へと手を伸ばそうとして、すぐに引っ込めた。それが未だこの世界に対する不審と呪いを拭えずにいる自分に対する気遣いだと理解できた。


「あのバカは見習わなくて良いから。貴方だって被害者で、私たちは加害者でもあるんでしょ?」

「……」


 そう言って、レイもまた次の荷物を取りに行く。浩介は彼を見送った後、動かず、しばらく沈黙を続けていた。すると、


「浩介」

「隊長」


 彼と同じように労働に従事していた隊長が声をかけてきた。彼は荷物を浩介の傍に下ろすと、此方をのぞき込むようにして尋ねる。


「平気か。無理はするなよ」

「はい……隊長」

「なんだ」


 浩介は、目の前に広がる光景を見つめる。大混乱が起こり、せわしなく沢山の者達が対応に追われ、汗水を垂らしている。時々喧嘩は起こる。困惑して泣きそうな顔をしている者もいる。だけどそう言った者達に、誰かが声をかけて、仲裁したり、慰めたりしている。

 皆が皆、迷いながらも、前へと進もうとしている。

 それを見た浩介は歯を食いしばり、堪えるようにして、言葉を絞り出した。


「此処は、良いところですね……」

「ああ……」


 例え、方舟が世界を呪う悍ましい場所であったとしても、

 自分達を苦しめた元凶の場所だったとしても、

 ここは良い場所だった。そこに住まう彼らは、好ましい人間達だった。


 浩介が泣きそうになってうつむくと、隊長は彼の頭を優しく撫でた。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 竜呑ウーガ、エシェルの寝室にて。


「よく寝た」


 長い昏睡状態にあったウルはごくごく普通に目を覚まして、頭をかいた。意識の混乱も身体の不調も無かった。長い間積もりに積もった疲労が全て溶けて消えたようなすっきりした気持ちだった。ウルはそのまま身体を伸ばし、


「ウルゥ!!」

「おごふ」


 腹に女王からのタックルが直撃した。どうやら自分が寝ていた間つきっきりで自分を診ていてくれていたらしい彼女は、泣きながら恐ろしく強固な力でウルを抱きしめている。大分心配をかけたらしい。


「お目覚め?」

「ああ、なんとかな」


 そして、同じく部屋にはリーネもいた。突然仲間達が大量に離脱してしまった【歩ム者】の仲間達が目を覚ましてすぐそばにいてくれたことにウルは安堵した。

 思った以上に、彼女たちの離脱はウルにとってもダメージだったらしい。


「んで、状況を聞いても?此処はウーガだから、イスラリアには戻れたんだろうが……」


 尋ねると、リーネは肩をすくめ、窓のカーテンを開いた。エシェルの寝室は司令塔の最上階だ。それ故に、ウーガの防壁の中心、外の光景がよく見えた。

 赤黒い空と、禍々しいよどみ。イスラリアが完全に崩壊している光景が見えた


「地獄」

「はい」

「貴方と経験した“最悪な状況ランキング”のトップクラスね」

「グリードよりも?」

「そりゃあ……ああ、いえ、どうかしら。あの竜本当に最悪だったから……!」

「あの竜とだけはもう二度と戦いたくないぞ私……」


 そんな無駄な雑談を続けていく内に、わずかに残っていた眠気も消えていく。

 完全に身体の調子をとりもどしたウルはベッドから起き上がると、地獄となった外の世界を見つめながら、頷いた。


「時間猶予はあんまり無い。わるいけど片っ端から動き回る。手伝ってくれるか?」

「勿論」

「ま、じっとしてる方が気が滅入りそうだしね」


 ウルの言葉にリーネとエシェルは即座に頷いた。

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