ウーガの選択

 時間を遡る。


 シズクの正体が明かされた直後、方舟イスラリアと世界との境界が失われ、ウル達は神殿内部に残された魔力を使いなんとか転移で【竜吞ウーガ】への帰還を果たした。

 それから数日後。


「やあ、こんにちわ」

「……」


 ウーガの司令塔で働くリーネの下に、エクスタインが「遊びに来たよー」みたいな面構えで尋ねてきた。リーネは顔をひん曲げた。


「うん、まあこういう反応になるよね」

「一体どういうメンタルしてんのアンタ……」


 エクスタインは【歩ム者】のリーダーウルを貶めた実行犯である。無論、そこにエクスタインの意思が存在しなかったこと、彼はその陰謀の最中であってウルが動きやすいように手配したことは知っている(その結果、より凶悪な地獄に彼が送り込まれたことも)。

 とはいえ、普通に殺されても仕方が無いことを彼はしているのだ。何をのんきな顔で訪ねてきているのだ。


「いや、本当は詫び代わりにシズクの情報ウルにだけ伝えておこうと思ったんだけど、それどころじゃなくなっちゃったみたいなんで」


 イスラリアの空は割れ、銀の竜が顔を覗き、イスラリアは大パニックに陥っている。っそしてそれをしでかしたのが自分達の仲間だったシズクである。それを知ってる自分達には確かに今更な話だ。


「で、それならもう、もう殺されても良いかなって思って来た」

「狂気」


 帰って欲しい、と思うが、今はそれどころではないというのも現状だ。

 何せ世界は大パニックになっている。ウーガの内部は比較的静かではあるが、他国から様々な要請がとんできているのだ。今はウーガが王から賜った独立権を盾にして一時的に要請の全てを遮断している。

 どのように動くにしても行動は急がねばならない。ならないが、すぐには動き出せない。ウーガが独立した以上、ウーガの方針を定めるのは【歩ム者】となる。自分達が決断しなければならない、のだが、実務的な方針を取り仕切っていたシズクは消えた。

 そしてウルはというと、


「彼に挨拶しておきたいんだけど、どこに?」

「女王の寝室」

「お楽しみ中?」


 リーネの答えに平然とエクスタインは応じた。リーネは眉をひそめる。


「発狂すると思ったけど」

「僕、性的には彼に興味ないので全然平気です」

「この世で最も不必要な情報ありがとう。今すぐ忘れるわ」


 本当にいらん情報である。考えることが多い所にそんなノイズが入り込む余地はない。


「目を覚まさないのよ」

「……病気とか?」

「多分、自分の魂に潜る瞑想中……なんだけど」


 ディズ協力の下、ウルは定期的にそれを行っていた。自分の内側に入り込んだ竜達と対話するため、自分の内側に精神を潜り込ませる作業。ひたすらに眠り続け、飲食を必要としない仮死状態のような瞑想は間違いなくソレだった。

 「寝る」と宣言してから暫くは、彼は普通に眠るだけだったが、しばらくした後彼はその状態に陥って、今に至っている。


「あんなことがあった直後、疲れ果てて、自分の中に引きこもってる可能性も……」


 あまりにも衝撃的に過ぎる世界の真実、腹心とでも言うべき仲間の裏切りと、ギルド員の次々の離反。心労が限界を迎えたって、ソレは仕方が無いことだとは思う。それをリーネも責める気にもならなかった。


「ああ、それはないよ」


 が、しかし、そのリーネのつぶやきに対して、エクスタインは軽く肩をすくめて笑った。リーネは眉をひそめる。


「……いや、何が分かるのよアンタに」

「ないでしょ?」


 エクスタインはリーネにも問う。

 いや、アンタ、魔界でどんだけ酷い情報叩きつけられたかわかってんのか、とか、理解者ヅラで適当いうんじゃないわよ、とか、色々言いたいことはあった。

 あったの、だが。


「…………まあ、確かに、無いわね」


 言われると、彼がふてくされて引きこもる光景だけは全く想像できなかった。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 エシェルの寝室にて、


「…………」


 自分のベッドに運び込まれ、懇々と眠り続けるウルの顔をエシェルは眺める。本当に、穏やかな表情で身じろぎ一つせずに眠り続けている。その状態から揺すっても声をかけても目を覚まさない。


 この事態、この混沌において、休んでいるヒマはないのかもしれないが、眠る権利はあるとエシェルは思う。

 あんな地獄のような戦いを経て、その後悲惨な世界の真実を聞かされて、挙げ句の果てに仲間に裏切られて、酷い目に沢山あった。


 休んだって、バチは当たらない。彼を責める者がいたら自分がぶん殴る。エシェルはそう決めていた。


「エシェル様」

「うん」


 今日も彼の無事を確かめて、その額を撫でた後エシェルは寝室から外に出る。今日も大忙しだ。ウーガ内の住民達も大混乱のまっただ中だ。彼らとも話をすりあわせて、意思を統一させなければならない。直接ウーガに助けを求めて避難してきた者達もいるから、彼らとの対処も必要だ。いきなり独立権を得たからと言って、グラドルとの関係がいきなり断たれる訳でもない。ラクレツィアと話もしなければならない。


 やらなければならないことは多い。シズクがいない分、それを全てこなす。


「……あまり、無茶はなされないように。貴方も大変な目にあったと聞いています」


 普段、エシェルの行動に絶対に口を挟まないようにしていたカルカラが小さく苦言を呈した。勿論それは自分を気遣ってくれていることだと分かっている。だからエシェルは小さく頷いて、安心させるように笑った。


「大丈夫、体調は良い」


 本当に、驚くほどに体調が良い。実際、グリードとの戦いで死にかけるほどの無茶をしたのは事実であるはずなのに、びっくりするくらいに元気だ。自分がどんどんとヒトであることを辞めている証拠なのかもしれないが、構わなかった。

 むしろ、ありがたい。彼のために動くことが出来るのだから。


「彼が起きた時、どうするにしても動けるように、準備だけは進めたい」


 逃げるとしても、戦うとしても、彼の願いを尊重すべく、エシェルは動いていた。



              ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 一方その頃、当人であるウルはというと


「…………」


 リーネの推測通り、瞑想状態に陥っていたウルは、自分の内側に潜り込んでいた。真っ黒な空間の中には、主であるウルと、シズクの【招集】から免れた大罪竜ラストと大罪竜ラースがいた。


「…………」

『…………』

『…………』


 ウルはあぐらを組んで座り込み、ラストは腕を組んで立ち、そしてラースはウルの頭によじ登ってしがみついている。そのままやや珍妙な表情を浮かべた三者の視線の先には、三者の表情以上に珍妙な存在があった。


〈…………〉


 ちっさい翼の生えた、白い服をきて、蒼い髪色のめちゃくちゃ小さな子供である。何故かウル達の視線に対しておびえるように自分の服を掴んで縮こまっている。


「……で、お前なんなの?」


 ややあってから、仕方なし、というようにウルは尋ねた。


〈ノアれす〉

「……のあ。でなんの用だよ」


 問う。するとぴょこんと飛び上がり、嬉しそうにノアは言った。


〈依頼発注・惑星救済・お願いします〉

「出来るかボケ」

〈うぁ〉

『ないた』

「泣いたなあ」


 ウルは総合監視機構ノアを泣かせていた。


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