【最悪の遺物】戦⑩ 風


 ウルにとって【未来視の魔眼】は酷く扱いづらい代物だった。


 大罪迷宮ラストの際は、土壇場で獲得せざるを得なかった。が、正直な感想を述べるなら、視界に収めるだけで恩恵に与れる【必中の魔眼】の方がウルにとってよっぽど扱いやすかった。(必中の魔眼を使えたのは1回だけだった上、無意識での使用だったが)


 戦闘中に得られる情報量の多さに、身体がついていかなかったのだ。


 だが、今、アナスタシアに、その命と共に力を与えられ、魔眼は更に変容した。黒炎の呪いも恐れず、ウルはその魔眼の力を起動させる。


「【混沌掌握】」

『AAA!!!』


 迫る黒炎天剣の動きを、ウルは捕らえ、そして封じる。

 相手の未来を読み取る。

 運命を識る。

 二つの近しい性質を持っていた魔眼は、混じり、重なって、新たなる魔眼へと昇華した。視界に捕らえた全てを、強制的に掌握する魔眼へと成り果てた。

 愚鈍な自分にとって使い易い。シンプル極まる凶眼だ。


 アナスタシアにウルは感謝しながら、叫んだ。


「ボルドー!」

『オオオ!!!』

『AAAAAAAAAAAAA!!!』


 拘束した天剣に、不死鳥とボルドーが突撃する。天剣は反応することが出来ない。半ば以上、黒炎鬼そのものとなっているボルドーと不死鳥ならば、天剣を押さえ込める。

 その間に、クウが庇う核を破壊し尽くす。


 だが無論、クウもまた、ウルの脅威は理解していた。



「【弐尾・魔導凝縮、四尾・魔力活性】」


 クウの声が響く。ウルは即座に跳ぶと、その場が魔術によって爆散する。足場としていた竜の身体の一部が引きちぎれる。竜の遺骸、この空間で暴れれば、どのような作用が齎されるか分かったものではないにも関わらず、全くの躊躇が無かった。


「【六尾・黒炎狂華!!】」


 クウは一切加減しない。躊躇がない。恐らく事前に封じていたのであろう、尾から吐き出された黒炎の呪いが自分自身を焼こうとも躊躇わず、ウルを核へと近づけまいとしていた。


「【狂え!!!】」


 ウルは己へと降りかかる黒炎を弾く。

 周囲に降り注ぐ炎は弾き飛ばし、眼前に迫る炎は魔眼でその存在ごと停止させる。

 ウルに近づける攻撃は存在しなかった。一見して無敵であるように思えるが、周囲の黒炎の熱と呪いは、ウルを徐々に、確実に焼いていた。


「良いのかしら!?魔眼を晒して黒炎を見続ければ、呪われるわよ!!」


 天剣から受けた傷が痛むのか、クウが震える声を押し殺すように叫ぶ。

 彼女の指摘は正しい。ウルは今、黒睡帯もロクにしていない。黒炎への守りはほぼゼロだ。直接触れることも、見ることも危険な黒炎のただ中に、無防備な身体を晒している。


 だが、そんなこと言われるまでも無く分かっている。


「呪いに焼かれるより速く、元凶をぶっ壊して呪いを消し去りゃ良いんだろ?」


 それができないなら、そもそもこっちはお終いだ。天剣に負ったダメージは大きい。アナスタシアの献身はウルを死の淵から引き上げたが、全ての呪いが魔法のように消え去ったわけでもなんでもない。これを消し去る手段は元凶を断つ以外無い。


「本当に心臓を潰せば呪いは消えるのかしら!?ただの願望じゃない――――」

「必死だなあ、クウ!!」


 ウルは再び跳んだ。クウへと一気に接近した。


「【聖邪大剣!!!】」

「邪魔だ!!!」」


 尾の一つ、出鱈目に剣が束ねられた尾を更に弾き、砕く。更に驚愕に顔を歪めるクウへと二式を振りかぶり、一直線にふり下ろした。


「【九尾!!!】」

「【狂え――――ッ!?」


 弾き飛ばした、瞬間にウルは解けて落下してきた剣に身体を引き裂かれた。クウの影尾が崩壊した瞬間、その身に蓄えていた刃が一気に落下してきたのだ。大小様々な魔剣が力を放ちながら降り注ぎ、ウルの身体を貫いて、焼き、凍てつかせる。

 こちらの権能の力を読んで、即座に攻撃手段を変えてきていた。


「ぐ、ぅ、ぅぅううううう……!!」


 だが、攻撃を許したのはクウも同じだった。

 刃の雨に紛れて振るわれたウルの竜殺しを回避しきれず、彼女の身をかすめていた。それだけで、彼女の身体は大きくえぐれ、ぼだぼだと大量の血をこぼし始めた。


「い……てえ、な、この、クソ女……!」

「お互い、様、でしょ……!!」


 殺し合いの最中にほんの僅かに生まれた奇妙な拮抗。結果、クウの顔を間近で見たウルは、その表情があまりの必死なことに気付き、顔を歪めた。


「そんな、必死になって、世界を、滅ぼしたい、訳だ…!」

「――――そう、よ……!!!」


 問いに、クウはウルを睨み、口から血をぼたぼたとこぼしながら叫んだ。怒りと憎悪に満ちた目だった。それはウルへと向けられたものでは無い。ウルを通して、世界の全てに向けられるような、深い激情だった。


「このためなら、なんだってしてきたの…!貴方にだって、何でもしてあげるわよ…!!だから!!お願いだから!!!」


 クウを被う影が膨れ上がる。膨張にウルは顔をしかめ、竜牙槍を引き抜き、跳ぶ。ウルが離れても尚構うこと無く、彼女は叫んだ。


「イスラリア諸共、消えて無くなって!!!」


 竜殺しが影から射出される。ウルはそれを弾きながらも落下していった。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




『AAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』

『見えぬ相手を、見ぬまま殺スか…!!』


 ボルドーは活性化した天剣の猛攻に傷を負っていた。鬼となった身体からは血に代わり、黒炎が漏れ出てくる。そこに痛みは無いが、損失すれば補う手は存在しない。ボルドーに不死鳥が常に与えてくれる活性も、癒やす力は無いらしい。


『AAA……』


 天剣が構える。視線の先はボルドーではなく、対角に挟んだ不死鳥を向いている。間違いなくボルドーを天剣は認識できていない。黒炎鬼としての感知能力からボルドーは外れている、筈なのだ。


『ッカア!!!』

『AAAAAA!!!』


 しかし、不死鳥とボルドーが同時に攻撃を仕掛ける瞬間、天剣は動く。瞳に、その軌跡が浮かぶ程に美しい剣閃は、容赦なく不死鳥を刻み、ボルドーの身体をも同時に引き裂く。


 何を、感知している…!?


 最初は不死鳥の攻撃に巻き込まれただけかと思った。だから不死鳥から降りて、バラバラに攻撃を仕掛けた。それでもボルドーの竜殺しは天剣に届かない。寸前で剣がコチラの攻撃を弾き、切り刻んでくる。


 明らかに、対応し始めている。


 狙いは完全でも無い。やはり、ボルドー自身を捕らえているわけではない、筈なのだ。だが、近づけない。


 残された僅かな魂、薪を感知したか?

 自己保存の本能故か?活性化の影響か?

 あるいはボルドーも知りようが無い、黒炎鬼となった七天の特性か?

 まさか、殺意などと言うまいな!?


 的外れかも知れない。あるいは逆に全てが当てはまっている可能性もある。予想は付かなかった。そしてそれを考察し、見抜く時間などもう残ってはいない。


『………g……ぐぅぅう……!』


 ボルドー自身の魂が限界寸前なのだ。どれだけの狂気じみた精神状態でそれを保とうと、燃えれば、やがて尽きるのが定だ。例外など存在しない。そしてボルドーが完全な鬼となれば、ウルと不死鳥の敵へと変わる。

 その前に、この戦いと、手前の命に決着を付けなければならない。


『AAAAAAAAA……』


 しかし、天剣は放置できない。この場で、この存在に対処できるのは己だけだ。不死鳥でも大した足止めにはならない。


『――――なラば、やるか』


 ボルドーは竜殺しを両手で握り、腹をくくった。

 対面の不死鳥を見る。ボルドーの視線に、不死鳥は知性のある瞳で睨み返した。意図は通じたらしい。そのままその場を離脱するように飛んでいく。殺し合いを続けた敵同士であったにも関わらず、奇妙なくらいに不死鳥とボルドーの意思疎通は完璧だった。


 機会さえあったならば、もっと心通わせて見たかったものだ。


 最早叶わない事を思いながら、ボルドーは再び踏み出す。


『AAAAAAA!!!』


 今度は不死鳥も動いていない。にもかかわらず天剣は明らかに、ボルドーの動きに応じて動き出した。やはり感知している。それもより鋭く、速く、正確になっている。

 しかし、それでもまだ僅かに遅い。不死鳥やウルと相対する時と比べ、ボルドーに対する反応はほんの僅かに遅れている。だから、その懐にボルドーが飛び込むことを、天剣は許した。

 ボルドーは更に強く地面を蹴る。薄れて、消滅しかける意識を奮い立たせ、この最後の攻撃に全神経を集中させ、叫んだ。


『覚悟ぉぉおおおおおおお――――』

『AAA』


 天剣の大剣が滑るように動き、ボルドーの胴を切り裂いた。身体は真っ二つに両断される。腸から下が崩れて、黒炎が噴き出した。

 紛れもない、致命の一撃だった。


『ぉ、ぉおおおおおおおおおおおおお!!!!!!』


 それでも尚、残されたボルドーの身体は天剣の首へと竜殺しを届けた。


『AAAAAAAAA!!!』

「しぃぃぃにさらせぇえええええええ!!!!」


 最早、技も何も無い。ボルドー自身の身体に残った力と意思の全てを搾り取って生まれた渾身の力で、天剣の身体を貫く。数百年前の古びた鎧を竜殺しで刺し貫き、その炎を食らい尽くす。


『――――――が』


 その結果を見届ける前に、ボルドーの上半身が放り出される。掠れかけていた意識が更に白く塗りつぶされる。全てを使い切り、終わるのだという自覚があった。


 あれほど己の身を焼いていた憤怒すらも遠い。


 だが、不思議と、悪い気分では無かった。


 鬱屈とした憎悪と己に対するふがいなさを、たぎらせ続け、もだえ苦しんでいたときとは違う。ボルドーは確かに駆けたのだ。信頼できる仲間達とともに。


 動機がどれほど黒く、淀んだ怒りによって突き動かされたものであったとしても、

 誰の目から見ても顔をしかめるような、怨嗟をたぎらせていたとしても、

 黒炎の狂気すらも届かぬ激情を渦巻かせようとも、


 それでも駆けたのだ。半年の間、彼は前へと進んだ。長い年月の停滞を振り払うように、もうとっくの昔に重くなってしまった足腰を奮い立たせて、彼は盟友らと共に駆け抜けた。


 すでに呪いは胸にない。

 彼の胸中には風が吹いていた。

 全ての力を出し尽くして、たどり着いた丘からの、果ての風だった。


『――――ああ、良いな」


 ボルドーはそう囁いて、目を瞑り、その苛烈なる生涯を終えた。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




『AAAAAAAAAAAA!!!』


 不死鳥、フィーネは飛んだ。

 ほんの短い間だけ共に戦った戦士は死んだ。彼は何事かを口にして、殆どろくに伝えることもなく逝ってしまった。だけど、彼がしてくれた事と、彼が託そうとした事は不死鳥には伝わっていた。それを成すために不死鳥は飛んだ。天剣は、自分を貫いた槍を引き抜けずに藻掻いている。好機は今しかない。


「イスラリア諸共、消えて無くなって!!!」


 黒い女が叫んで、もう一人の戦士が傷だらけになって落ちてくる。

 不死鳥は飛ぶ角度を調整し、彼の身体を受け止める。戦士は自身の身体が今どうなっているか理解できずに混乱し身体を起こすことでようやく自分の存在に気付いた。


「不死鳥!ボルドーは……!!」


 何かを尋ねようとして、黙る。不死鳥が何かを伝えようとするまでも無く察したらしい。彼は上空のクウへと改めて視線を向け、叫んだ。


「頼む!!!」

『AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』


 不死鳥は叫び、羽ばたいた。


「【九尾乱華!!!!!】」


 黒い女が叫ぶと同時に空間一杯に剣が溢れ、魔術が炸裂した。

 数百年間、彼女が溜め込み続けた全てが溢れ出て、その全てが不死鳥と戦士を殺そうとしている。回避する余地などなかった。不死鳥は身体を貫かれ、焼かれ、切り刻まれる。呪われて、破壊される。

 不死鳥はその不死性は凄まじいが、痛みを知らないわけでは無い。絶え間ない激痛の雨に不死鳥は悶え苦しみ、しかしそれでも羽ばたくことだけは止めなかった。


 決して、背中の戦士に攻撃が届かぬよう、守り切った。


「フィィイイイイイイネ!!!」


 黒い女が叫ぶ。

 懐かしい呼び名だった。最早自分のその名前を呼ぶのは彼女だけだ。かつて、自分の産みの親である天祈の友で、彼女と共に不死鳥を生みだした者。フィーネの片親。そして今、世界の大敵となって滅ぼそうとしている憎悪の魔女。

 大罪迷宮を溢れさせる片棒を担がされた天祈の最後の願いを叶えるべく、不死鳥は全身から血を吹き出しながらも黒い魔女へと飛びこんだ。


『AAAAAAAAAAAAAAAA――――!!!!』


 黒い槍が不死鳥の首を幾つも刺し貫く。幾度となくフィーネを襲った死が再び訪れる。意識を失って、フィーネは落下する。だが、戦士を届けるその役割だけは、最後に果たした。

 不死鳥の背中を蹴って、戦士は跳んだ。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 ウルは不死鳥の背中を蹴り、跳んだ。

 クウは目の前に居る。九尾の力の全てを振り回し、魔力の全てを解放し、その力を振り回してる。それは、一個人の魔術師が振るえる力の限界量を明らかに超えていた。

 彼女が熟練の魔術師であるのは疑いようも無い。だが、七天のような特別な訳でもない、優れた魔術師“程度”の彼女にこんな力は普通は振るえない。

 限界を超えて、命を燃やしているのだ。そうでなければこれほどまでの力は出まい。


 だが、だとしても、殺す。


「ウル!!!」


 影尾が盾のように舞い、槍のように突き出される。幾つもの影の槍がウルの身体を貫かんと伸びた。それを不死鳥が焼き払い、守る。


 二式の力で影尾は砕けていくが、しかしそれよりもウルの身体がズタズタに引き裂かれる方が早い。


「【二式解放!!!】」


 ウルは竜殺しの力を込める。全てを砕く竜殺しが鳴く。周囲の全てを砕いて喰らい、影尾を破壊し尽くす。砕けた影尾の先、驚愕に満ちた表情をしたクウの姿をウルはその魔眼で捕らえた。


「【混沌掌握アナスタシア】」

「っが!!」


 彼女と、彼女に繋がる影尾が固まり、停止する。

 その僅かな隙を見て、竜殺しと竜牙槍、二つの槍を振りかぶり、捻って、砕け散る影尾を蹴りつけ、駆ける。彼女が魔眼の拘束を破壊し、影尾を伸ばすよりも更に速く、ウルは彼女の懐に飛び込んだ。


「――――――――!!」


 彼女が何かを叫ぶよりも速く、ウルの二つの槍がクウと、彼女の背中にある尾を両断した。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 


「超克が始まる」


 星の海を漂いながら、天賢王は祈るように囁いた。


「300年前戦士達が果たせなかった。大罪の超克、その続きだ」


 魔王は呪うように笑った。

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