【最悪の遺物】戦⑥ 竜吞ウーガの女王様


 【焦牢・地下探鉱】


 ダヴィネが生みだした数々の兵器、そして彼自身の猛攻。彼の怒りに触発され戦い続けた地下牢の住民達。だが、しかし、とうとう限界が来ようとしていた。


「くそ!!くそ!!もう魔封玉ものこってねえ!!」

「倉庫の中ひっくり返せ!!こうなったらもう椅子でもなんでもいい!道を塞げえ!」


 武器も防具も道具も、食料も人員も何もかも、限界はとうに越えていた。


 出来ることはもう、本当に残っていない。黒炎払い達の為に用意した地上への脱出路はまだ残っているものの、そこに逃げ込んだとしても先が無いことは誰もが分かっていた。黒炎砂漠は迷宮だ。そこに無防備に身体を晒すなど、死ぬ以外に無い。


 つまるところ、どんづまりだった。最早万策が尽きたと言うほか無い。

 アナスタシアに運命を覗き見てもらう必要もないだろう。濃厚なまでの死の気配が、地下探鉱全体を包んでいたことだろう。


「北側の道がまた崩れたぞ!!押し返せ!!」

「クソッタレの黒剣どもの顔面なぐりつけてやれえ!!!」


 だが、奇妙なことに、と言うべきだろう。地下探鉱の囚人達の士気は、この期に及んで高い状態を維持していた。後もない。備蓄もない。終わりも見えない。本当に何も無い状態でも、彼らは防衛の手を全く緩めない。理由は一つだ。


「ふぅー……!どけえ!!クソどもがァ!!!」


 地下牢の王、ダヴィネが獅子奮迅の大暴れをしているからだ。

 元々、優れた王ではなかった。その才覚と暴力で周りの不満を無理矢理押さえつけていただけの、ろくでもないリーダーだ。人心を掌握し、上手く周りをコントロールするといった政治力が彼には決定的に欠落していた。

 だが、この最悪の火事場において、憤怒した彼の猛攻は、囚人達の萎えきっていた心に火を灯した。


 どうせ死ぬ。こんな最悪の場所に追いやられて、最後は惨めに死ぬ。


 でも、それならせめて、最後は理不尽に抗って死んでやる。


 ダヴィネ、そして彼の兄弟であるフライタン率いる探鉱隊、遠征隊の留守を預かる黒炎払いに魔女窯、なんとか生き延びて地下探鉱に逃げ込んできた黒剣騎士団に焦烏の面々も、全員が、最早死に物狂いで目の前を理不尽に抗っていた。


「なんだってこんなことになっちまったんだかなぁ…!」


 地下牢にウルが落ちてから、奇妙な経緯の末に彼に雇われることとなり、魔法薬製造所で働いていたペリィもまた、その一員だった。泣き言を言いながら、必死に彼は怪我人達の治療を行っていた。だが、治療と行っても回復薬はとうに尽きていた。

 黒炎払いの皆が出るときに彼らに配給した分で、既にありったけだったのだ。新たに発生した怪我人達には乱雑に止血を行うが、黒炎の呪いまでは止められなかった。


 それでも怪我人は次々やってくる。中にはその状態で死ぬ者もいる。地獄の地下探鉱の中でも最悪の地獄がこの場所だとペリィは確信した


「此処は野戦病院かよぉ!此処はぁ!」

「実際そうじゃろ!口じゃなくててぇ動かせ!!」

「うっせえ藪医者ぁ!」


 地下牢の小人の藪医者も必死だ。

 何の役にも立たない。看られるとむしろ体調が悪化する、などなど散々な言われようだったが、こうして働き始めるとやはり、ペリィよりは手際が良かった。それでも怪我人の増える速度には敵わない。地下探鉱の中でもそれなりに広い空間ではあるが、しかしその内、この場所は怪我をした囚人とその遺体で溢れ帰ってしまう気がしてならなかった。


「お前のボスが戻るまで凌ぐんじゃろ!しっかりせえ!!」

「そんなことぉ……!」


 出来るわけがない。

 と、言おうとして、ペリィは自らの口を強引に閉じた。

 黒炎払い達の遠征、その成功を期待する者は、正直言ってこの地下牢にはもう殆ど残っていない。ある意味全員が悟っている。自分たちはここで死ぬんだと分かっている。今、戦ってる奴らが、それでもギリギリ戦線を保てているのは、命惜しさのなくなった囚人達の決死さ故だろう。


 だけど、それでも遠征の皆が失敗するなどとは口が裂けてもペリィは言えなかった。


 遠征の中心になっていたのはウルとアナスタシア。ペリィの同僚だ。二人とペリィは特別仲が良かったわけじゃなかったが、悪かった訳でもない。良く食事は一緒にしたし、時に下らない冗談を言い合いもした。言い争いもして、迷惑をかけられたこともあった。


 彼らを友人だったとペリィは思わない。でも仲間だったと思ってる。


 焦牢に流れ着く以前から、彼は一度も仲間と呼べる者が出来た事なんて無かった。大抵は騙しだまされ、利用するだけの間柄だ。背中を向ければ何時刺されるか分かった物じゃない。そして実際刺されて、今彼は此処に居る。

 だから、彼らとの関係が心地よかった。無防備を晒しても、咎められない関係が嬉しかった。故に、彼らの勝利を願わずには居られない。


 自分が助かりたいからじゃない。ウルとアナスタシア。二人が無事でいて欲しいのだ。 


「うわあ!コイツ、コイツ黒炎鬼になりかけてんぞ!?」


 しかし、地下探鉱が本当にもう、どうにもならないところまで来ているのは目の逸らしようのない現実だった。収容所の悲鳴が強くなる。呪いが強まって鬼になった者が出た。この収容所はもうお終いだ。

 でももう、此処を出ても、地下探鉱は全部同じような状況だ。逃げる場所なんて無い。


「負けんじゃねえぞ、ウル、アナ……」


 ペリィは仲間達の無事を祈った。

 打てる手を使い尽くした彼が最後に出来る祈りだった。


 そして、その次の瞬間、凄まじい音が 地下探鉱全体を揺らした。


「な、んだあ!?」


 全てを諦めかけていたペリィも、その周りの囚人達も、その騒音に驚愕し、同時に警戒した。彼らが居る場所は地下だ。崩落を畏れるのは当然のことだった。

 しかし、崩落の音、と言うには少し様子が違っている。

 何が起こったのか、地下牢の誰にも分からなかった。


 それが彼らにとっての福音であるなどと、理解できた者は一人も居なかった。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 竜吞ウーガと呼ばれる存在がある。


 大罪都市グラドルの衛星都市から生まれた恐るべき災厄。邪教徒達が生みだした恐るべき生物兵器にして、今現在大罪都市三国の共有衛星都市という奇妙な形でその存在が認められた超巨星級使い魔。


 その存在が今、プラウディアとエンヴィー間の通常の行路から北西に外れ、旧大罪都市ラース領へと到達していた。都市間の移動においては移動要塞であったとしてもトラブルは尽きない。ルートの変更、期日の調整は日常茶飯事だ。


 ただし、今回はトラブルの類いではない。


 それら全ては、“女王”によって命じられた進路だ。かつてのラース領、黒炎砂漠の解放を目的として建造され、囚人達を収容しそれを利用することを目的とした【罪焼きの焦牢】の崩壊。その人命救助の為に急行する事を彼女が決めた。


 かつて大罪都市グラドルを支配していたカーラーレイ一族の生き残り。

 

 そして現在、竜吞ウーガを支配する唯一無二の女。


 【竜吞女王エシェル】の指示によって。


「旧ラース領、距離にして500メートル圏内に到達しました。射程圏内です」

「地表部は全滅状態です」

「黒炎の呪いを遮断するため【黒睡幕】の魔術をウーガ全体に展開します」

「結構。リーネ。お願いします」

「ええ」


 竜吞ウーガ司令室

 観測部隊の魔術師達からの情報を、女王の側近である神官カルカラが統括する。既に幾度も重ねられた指示系統だ。ウーガの細かな情報の管理と指示は全て彼女と、彼女を補佐するもう一人の側近神官、【白王使いのリーネ】によって行われていた。

 カルカラが束ね、リーネがウーガを動かす。二人のコンビネーションによりウーガは管理されていた。この二人無ければ、ウーガは動かすこともままならないだろう。

 そして、その二人に唯一命令を下す権利を持つ者が、この司令塔の玉座に座る女王だ。


「女王。もう間もなく準備が完了します」


 カルカラの言葉に、竜吞女王エシェルは頷く。

 紅毛の獣人の彼女は、戦装飾の施されたドレスを身に纏い、瞑目していた。やがて目を開くと、自らの側近二人へと静かに声をかける。


「――――カルカラ、リーネ」

「何でしょう。女王様」

「何?女王」


 エシェルは僅かに沈黙する。そしてふぅ、と小さく息を吐いて、言った。


「……竜吞女王ってなに!?」


 女王は叫んだ。


「知らないわよ」


 リーネが即答した。


「急に呼ばれるようになったんだけど何故!?何ソレ!?」

「だから私知らないって。これからそう呼んでくださいって言われたの」

「誰に!?」

「シズク」

「シズクゥゥウウ!!!」


 エシェルは顔を両手で被って叫んだ。赤毛の耳がピンと立っている。大分恥ずかしかったらしい。彼女の狂態に対して司令塔の魔術師達も、側近である二人も特に気にしたそぶりは見せなかった。ウーガを運用し始めてから半年以上が経過したが、彼女の感情が爆発したのはもう1度や2度ではないので慣れている。


「エシェル様、残念ですがこの呼び名、既に外の国では定着しています」

「なんで!?」

「シズクが外交上の貴方の呼称でずっと使っていたらしいので」

「シズクゥゥゥウウウウウ!!!!」

「良いじゃない女王(笑)、格好いいじゃない」

「リーネ今絶対馬鹿にしてる!馬鹿にしてる!!」


「準備完了しました」


 魔術師部隊の声に、エシェルはピタリと狂態を止める。カルカラやリーネも彼女に構うのはすぐに止めた。エシェルは何度か呼吸を整えるように深呼吸を繰り返すと、水晶に映った崩落寸前の【焦牢】を見定める。


「地表部にはもう、本当に誰も居ないんだな?」

「地下牢の空間に生体反応はありますが、地表部は皆無です」

「うん……よし……リーネ!」


 エシェルの呼びかけに、リーネは不敵に微笑む。


「承知しました。我らが女王様」


 そしてそのまま司令室の中心で杖をたてる。途端に彼女の杖の穂先から、光が奔り、部屋全体を伝い、塔を駆け巡り、その果てにウーガ全体に自らの力を流した。煌煌とした魔力の輝きの中で、エシェルは凛とした声で指示を出した。


「【重力咆吼】発射!地表に存在する黒炎を識別し、地表ごとひっぺがせ!!」


 直後、地響きのような声が響く。

 主の命により、超巨星級の使い魔たるウーガが声を上げた。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 焦牢 地下探鉱


「なんだ!?なんだよ!?どうなってやがる!?」


 ダヴィネが驚愕に目を見開く。彼の眼前で起こった現象はあまりにも常識から外れていた。彼のみならず、その場にいた全員が、目の前で起こった現象がなんなのか、理解できずにいた。


『aaaaa…』

「……う、浮いてる」


 地下探鉱に侵入してきていた黒炎鬼達が、浮き上がっていく。いや、黒炎鬼だけではない。地殻深くに掘り進められていた地下炭鉱が”めくれ上がって”いく。


「空が……!?」


 探鉱の天井も、まるごと砕けて、剥がれて、持ち上がる。舞い散る細かな岩石や土煙すらもそれごと上へと上がっていって、囚人や黒剣騎士達の目に映るのは薄暗く間違いなく、外の空だ。

 空には恐らく本塔の残骸などだろうか。黒炎を纏った様々な瓦礫の山が、空を飛んでいた。鬼達もそれに巻き込まれて飛んでいる。


 精霊の奇跡であってもこのような現象は起こるまい。あまりのその異様な光景に、先程まで命を賭して戦っていた囚人達は全員、ただただ呆然とする他なかった。


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