【最悪の遺物】戦④ 願い


 大罪竜ラースの遺骸を破壊する。


 その、あまりにも常識離れした目標に対して、ウルは意外な程に冷静な心境でいた。つかみ所の無い切り立つ崖を前に動けなくなるような事は起きなかった。

 何故ならウルは既に知っている。竜は殺せるという事実を。

 竜がどれほど伝説上のバケモノだろうと、恐ろしい力を秘めた脅威だろうと殺せる。対処できず抵抗することも敵わない天災ではなく、危険で脅威極まる害獣の類いであると、ウルは先のプラウディアの戦いで学んだのだ。


 まして、破壊すべきは生きた竜ではなく、死んだ竜の死体だ。


 やってやれないことはない。という確信がウルにはあった。

 だが、当然困難は存在している。


『AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』

『aaaaaaaaaaaaaaa』


 黒炎不死鳥と黒炎天剣、二つの脅威が立ち塞がる。

 どちらか一方でもウル一人では対処できない脅威が、二つならんでいるともなれば本来は絶望だろう。仲間と別れてウル一人では為す術もない。しかしこの二体は現在進行形で互いに争い、殺し合いを続けている。少なくとも現在ウルに見向きもしていない。


 ならば


「シカトして本命をぶっ壊す……!」


 ウルは駆ける。不死鳥と天剣が相争う現場を可能な限り迂回し、ラースへと接近していった。


「………!!」


 宙に浮かぶラースの遺骸。

 それに近付くほどに、ウルは身の毛がよだつような感覚に襲われていた。ただの死体が宙を浮かぶなどあり得ない訳で、ラースの遺骸が未だ不可思議な力を有しているのは間違いなかったが、間近に接近するとそれがハッキリとした。


 単純な魔力ではない。それ自体が放つ圧が、ウルの身体にのし掛かる。


 大罪竜ラストと相対したときの思い出したくもない記憶をウルは思い出していた。


「コレは死体、コレは死体、コレは死体…!」


 くどいくらいに自分に言い聞かせながら、ウルは跳躍した。

 宙に浮かぶラースの頂上までひとっ飛び、と言うわけには行かなかった。ラースはあまりにも大きすぎて、高くを飛んでいた。だからどこか、引っかかるところに飛びついてよじ登って行ければ良いと、そう思ってウルは跳んだ。

 そこで奇妙な浮遊感に襲われた。


「なんだ……?!」


 プラウディアで天祈のスーアがウル達にかけた飛翔の加護に少し似ていた。内臓が浮き上がってくるような感覚でウルは少し気分が悪くなったが、次第にそれは収まった。代わりにラースの方角に身体が引っ張られる。


「うおっ!?」


 そしてウルは、ラースの身体に”落下”した。 

 頭から突っ込むような状況になり、ウルは顔面で竜の気持ちの悪い鱗に触れる羽目になった。妙なぬめりがあって固い感触で、ウルは少しげんなりしながら、同時に疑問に思った。


「なにが、どうなった……?」


 状況を理解しきれず、なんとか自分の身体を立たせる。そうすることで自分の状況を理解できた。どうやら”竜の遺骸がウルを引っ張っている”。地面の方角と、ウルが立っている方角が明らかにずれているのだ。


「……大罪迷宮ラストの深層に似てるな」


 だがあの時は大地そのものが歪んでいただけで、ウルは真っ直ぐに下に降りていた。だが此処ではウル自身が竜に引っ張られている。全く同じではないのだろう。リーネが居れば詳しくこの状況を解説してくれていたかも知れないが、此処に居ない者の解説を期待しても仕方が無い。


「さて、じゃあ試すとする、か!」


 ウルは竜殺しを早速足下に突き刺した。意味があるかは不明だったが可能な限りの渾身の力を込めて、突き刺した。結果


「…………意味なし」


 竜の遺骸に変化は見られない。ウルが突き刺した箇所は二式の影響で深く抉れてはいるものの、血すら噴き出す様子は見られない。

 これだけで一気に竜の遺骸が崩壊する結果をちょっとばかり期待したウルはがっかりした。が、予想もしていた。そう容易く話が済むなら、竜殺しを投擲するという提案をアナスタシアは是としていたはずだ。


 ただ刺すだけでは駄目?刺す場所が悪い?核のようなものがある?


「何かに引っ張られている。何かに……」


 竜の生態などウルは詳しくない。ましてや大罪竜の身体の仕組みなどこの世でも知る者は殆どいないだろう。ハッキリとしているのは竜の遺骸の中心に何かがあるという事実だ。その何かがウルを引っ張り寄せて、竜自身をも宙に浮かせている。


 ならば、それを破壊すれば良い?

 竜の中心にそれがある?


「……」


 足下の竜の遺骸を改めて観察する。漆黒の長大な憤怒の竜。その身体を丸めて球体の形を取って、眠るように死んでいる。それは鳥が自分の巣で卵を温めている姿にも見えた。


「……そこか」


 竜が守るようにして死んでいるその中心。

 根拠はなくやや安易だが、間違っているとも思わない。ここまで非常に複雑な状況下に置かれ続けてきたのだ。最後くらい単純だって構わないはずだ。


「さっさと黒炎払ってアナも――――」


 僅かに潜り込める竜の身体の隙間から、中心部へと降りようとウルは歩き始め――――そして不意に、背中から凄まじい怖気を感じ取った。


『aaaa』

「っ!!!」


 振り返り様にウルは竜殺しを構えた。

 途端にそこにいつの間にか忍び寄っていた天剣から大剣が叩き込まれる。ウルは全身の力を込めて、押し切られないように必死に受け流した。


「……っらああ!!!」


 大剣の一撃を振り払い、即座にウルは後ろに大きく跳ぶ。二式の頑丈さに感謝した。真っ当な武器であれば初撃でガザの大盾よろしく叩き割られていた。


『aa』


 【黒炎天剣】は急ぎ追っては来なかった。

 ゆったりとした動作で自身の握る大剣を構え直す。黒炎天剣に真っ当な知性など残ってはおらず、この動作の一つ一つも、あくまで肉体の記憶を模倣しているに過ぎない。


「だのに、格好いいなクソ……」


 ウルは冷や汗をかきながらも、その立ち姿にシンプルな賞賛を送った。

 一つ一つの動作が、あまりにも洗練されている。過去の記憶の模倣というにはあまりにも美しい。正面、中段に剣を向け構えるその姿は基礎中の基礎ながら、全ての剣士が模範にすべき隙の無さだった。


 何故天剣が此処に来ている?不死鳥はどうなった?


 ウルがチラリと視線を上に、天地がひっくり返って先程までウルが立っていた地面に視線をやる。そこには既に何度か見覚えのある黒い炎がまた燃えさかっていた。どうやら再び不死鳥は死に様を晒しているらしい。


 たのむもうちょっと頑張ってくれ不死鳥サマ。


 と思わないでもなかったが、元々不死鳥と天剣の戦闘能力の格差はハッキリしていた。不死鳥の不死性でなんとか状況をイーブンに持って行けていただけの事なのだ。助けてもらった恩もある。罵る気にもならなかった。


 不死鳥は完全な味方だ。


 先の戦闘で、不死鳥がヒトに近い知性を持ち合わせている確信は得た。更に、クウを敵視し、クウと敵対するコチラを助けようという意思も見えた。復活さえすれば、また七天の足止めをしてくれるかもしれない。


 ただし、復活するまでの間にコチラの命が保つか、という大問題があるわけだが。


「距離を――――」

『a』


 天剣が動く。ウルも動いた。全身鎧の巨体が、目にもとまらぬ速度で飛んでくる。ウルはそれに合わせ槍を振るう。交差はほんの一瞬だった。しかしその瞬間5、6度の剣と槍の衝突が起こる。尋常ならざる剣技が繰り返され、一際に激しい音と共に二人の距離は再び開く。


「――――はっ………!!はっ……!」

『………』


 兜を身にまとった黒炎天剣の表情は不明だ。しかし、もしも正気が残っていたなら、少なからず驚いていただろう。今の一瞬で、ウルの首が飛ばなかったという事実に。


「鬼が、なめ、んなよ……こちとら前まで毎日、人骨相手に槍振ってんだ……!!!」


 強がる言葉で自分を奮い立たせながらも、ウルは確信した。


 次はない。

 

 何よりも鋭く、果てしなく重く、救いようが無いほど速い。

 プラウディアでギルド長とやり合ったときでもここまでの圧力は感じなかった。

 ロックとの鍛錬の日々の成果で、反応するまではできたが、幸運と偶然に依るところが大きすぎる。こんな極限の集中力は確実に何処かで切れる。そうなればお終いだ。


 絶対にまともにやりあってはいけない。


「何処まで通じるかね!」


 ウルは小瓶を放り投げた。

 放ったそれには深紫色の粉が詰め込まれていた。黒炎払いの戦士達は誰もが所持している極めてシンプルなアイテムの一つだ。

 魔石を砕き、粉としたもの。 

 魔力感知を行う黒炎鬼に対する目くらましにはなる。一時しのぎに過ぎないが、雑魚相手に使うならば有効な手段の一つだ――――雑魚相手なら


『aa』


 天剣は、軽く大剣を振るうだけで魔力の粉を全て黒い炎で焼いてしまった。


 大した足止めにもなりゃしない!


 ウルはその結果を確認しながら、竜牙槍を捻り咆吼を速射する。魔力の滅光を周囲にまき散らし、僅かでも足止めを狙いつつ、そのまま背後に跳んだ。

 複雑に絡み合った大罪竜の身体の、その奥へと一気に降下する。


 直接やり合うことが難しいなら、やっぱり根を断つしかない!


 天剣の気配を背後から感じ取りながら、ウルは急いだ。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





「……もう来たのね」


 大罪竜の遺骸、その内部に居たクウは、侵入者の気配を感じ取っていた。

 アナスタシアの、クウが既に内部に潜んでいるという予想は当たっていた。彼女は、グラージャ達がラースの魔力障壁を解いた直後から、誰よりも速く内部への干渉を開始していた。


 影の魔術を使った転移と移動、そして格納は彼女の影の魔術の真骨頂だ。


 制限はあるが、凶悪だ。それを使って彼女は灰都ラースを自由に移動していた。ボルドーの影に七天を仕込んで、避けようのない一撃を食らわせることも出来た。ウル達に対して降伏を呼びかけもしていた(最も、それはあまり有効ではなかったが)


「……全ての七天達も使ってしまったし、窮地ね」


 300年前のラース討伐戦で、黒炎に命を落とした七天達を回収できたのは幸運だった。鬼として転じるその直前だったからこそ、彼女は襲われずに済んだのだ。取り出すのは一瞬だが、格納には時間がかかる。七天のような危険な存在は、1度取り出してしまえば、2度とは戻せないだろう。まさしく切り札だった。


 その三体を早々に切らざるを得なかったのは彼女にとって間違いなく痛手だ。


 制御の効かない七天は、彼女を殺す可能性もある。クウでも、黒炎の七天達には勝てないだろう。逃げる自信はあるが、この場から彼女は逃げるわけにはいかない。


「もう、あと少し」


 彼女は空を仰ぐようにして手を伸ばす。

 その先には、奇妙な物体があった。例えるならば”巨大な植物”といった方が良いだろうか。しかしあまりにもそれは異様だった。中心へと幾つも伸びた

 赤く、黒く脈動する塊。血管のような幹。幾つも連なって重なって大樹の様に伸び、そして空間の中心で巨大な“赤紫色の実”を付けている。

 その”実”は脈動を繰り返しながらも急速に、その圧を強めていった。


「ラース。どうかお願い。お願いだから――」


 それを見上げる彼女は、懇願するように祈るのだった。


「【イスラリア】を焼き払って」

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