誰でもできる!!会議の腐らせ方のススメ 下 著:シズク



「とても恐ろしく見えたかも知れませんが、彼らも冷静さを完全に失ってるわけではないのです」


 【白海の細波】のベグードもまた、【素晴らしき葡萄酒を楽しむ紳士淑女等の集い】に参加していた。といっても、彼らとは一歩距離を置いた立ち位置にいるため、ありがたいことに比較的冷静な会話が可能だった。


「そ、そうなのか?」

「当然ですよ、エシェル様。過剰に殺意に満ち満ちているのは否定しませんが」


 とても信じられない、といった風なエシェルの言葉にベグードは肩を竦めた。シズクの言葉一つで、自分を完全に見失ってしまうほど、彼らは未熟ではないと、彼は断言した。


「ただ……シズクの言葉が、をついたのは否定できません」

「逆鱗……」


 カルカラに差し出されたカップを口に付け、ベグードは淡々と語る。それは、しかし自分の心を落ち着かせようとしているようにも見えた。


「“あの戦い”の戦士達の死は、名誉すら奪われる。イスラリアに住まう人類のために死んだのだと言うことを、誰にも知られること無く、事故死として処理される」


 それは、勿論エシェル達も知っている。陽喰らいの儀の戦いに参加することを決めたとき、そう説明はちゃんと受けていた。その時は【陽喰らいの儀】が外に漏れて、信仰が崩れてしまうのを防ぐためなのだという理屈をそのまま信じた。

 そしてその理解に間違いはない。決して間違ってるわけではない。


「無論それを、皆が承知した。彼らは自分の家族にすら、お前達を守るために死んだのだと、告げる権利を放棄した」


 ただし、戦いを終えた者達にとって、その誓いのは大きく異なってくる。


「だから、彼らの名誉を知るのは我々だけです。戦いに参加した我々のみ。それは、貴方方にも分かるでしょう」


 ベグードの言葉に、エシェルも、リーネも、カルカラも頷いた。

 この場にはいないが、ジャイン達【白の蟒蛇】の面子も、ベグードの言葉の意味するところは分かるだろう。あの戦いは苦しかった。厳しかった。地獄だった。この場の全員が一人も欠けなかったのは、本当に皆が皆、死に物狂いで勝ち取った結果だったが、幸運もあった。


 だがバベルの方では、欠けた者は出た。少なからずの量の死者が。

 ウーガに負けず劣らずの地獄だっただろう事は想像に難くない。

 それを、その努力を、覚悟を、誰にも伝えられないのは、本当に厳しい話だ。


「それを――――その誓いを」


 ベグードは、組んでいた自分の腕を、強く掴んだ。ミシリと、音が鳴る。先程の戦士達と同様の、怒りと悲しみが彼の内から溢れる。溢れ出ないのは、彼が自重してくれた結果だろう。


「盗み見て、知らぬ振りをして踏みにじるなど、許されない」


 知らないならば、ソレは仕方が無い事だ。

 散っていった者達を、何も知らずに「間の抜けた連中だ」と嘲るものがいても、戦士達は目くじらを立てることは無い。そういった嘲りが飛び交うことも承知の上で戦ったのだ。そんな憎まれ口を叩く者も丸ごと護るために戦士達は前線に立ったのだから。


 だが、知っていて、それを踏みにじるのなら、話は違う。


 エシェルにも、ソレは理解できた。確かに、絶対に許されて良いことではない。

 ウルが銀級に至る理由を冒険者ギルドに公表しないのも、その誓いのためだ。もしも彼の活躍をもっと世間に喧伝できたなら、きっと黒剣はもっと動きにくくなっていた事だろう。でもそれは出来なかったし、ウルもしなかった。


 その彼の誠実さを、好都合と利用するのは、邪悪を通り越して醜悪だ。


「そういうわけで、少なくとも、彼らの行いを「やらせている」などと気に病む必要はありません。勝手にやっていることです。勿論、私も含めて――――

「それはどういう……?」


 理解できず、エシェルは問うと、ベグードは複雑そうに顔を歪めた。


「シズクが裏から手を回して、我々以外の勢力に干渉しています。

「…………仲たがいさせるために?」

「この調子なら後一月もすれば、我々が猿芝居などしなくても、


 誰であろう、ウーガへの干渉を目論んだ連中自身の手によって、会議の地獄は形作られ、継続される。そうなるように、シズクは場を整えている。慈母のように微笑みながら、全員を地獄に追いやっていく。


「……………」

「……………」

「……………」


 エシェルもリーネもカルカラも黙った。ベグードと同じ、恐怖とも嫌悪ともつかない表情を浮かべながら。


「……一応お尋ねしておきますが」

「……うん」

「……彼女を抑えられるヒトはいるのですか?」

「……………ウルが、そうだったんだ」

「…………………………………………………………………そう、です、か」


 ベグードは片手で顔を覆い、沈痛な表情で押し黙った。エシェル達も同じ表情をした。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






 【竜吞ウーガ】執務室


 ――――色々と複雑になりましたが、ウルの奴を助けたいというのは我々の共通の認識です。その点についてはブレるつもりは誰にもありません。どうかご安心を。


 それだけを告げ、ベグードもまた会議室を去っていった。戦士たちの見送りをカルカラに任せて、自分の執務室に戻ったエシェルは、


「ツ、ツカレタ……」


 がっくりと机に顔をへばりつかせて、脱力した。机には未だにシズクに対する様々な手紙が散らばっていたが、気にもならなかった。


「本当にね……とんでもない火の付け方したものよ。シズク」


 リーネも少しグッタリとしながら呟く。

 無論、この件で最も悪いのは、火が付くような所業をした連中であるのは分かりきっているものの、火の付け方が強烈すぎた。下手すると此方まで当てられかねない煽り方だ。余計に疲れる。

 頼もしいが、恐ろしい。


「……なんていうか、此処を狙った連中、とんでもない地雷に首突っ込んだんだな」


 ウーガがとてつもない利益を生む場所だというのはわかるが、それを得る引き換えに抱えるにはあまりにも大きすぎるリスクだ。少なくともエシェルなら、あんな恐ろしい戦士達の逆鱗を傷つけてまで金を稼ぎたいとは全く思わない。死にたくないからだ。


「そうね……ただ、欠片も同情する気にはならないけど」

「――――それは、私もそう」


 リーネの言葉に、エシェルは小さく額に皺を寄せながら、頷く。

 彼らのように、強烈な義憤に駆られる訳ではないが、しかしエシェルにとってウルという大事なヒトを理不尽に奪われたのは事実である。エシェルだって、とてつもなく怒っている。エシェルだけじゃ無くて、きっとリーネだって怒っているだろう。


 同情する気には全くならない。そんなに火遊びがしたいなら、好きなだけ遊べば良いのだ。その炎が自分を焼き尽くすと理解できるまで。


「でも、私達は冷静でいなきゃだめよ、エシェル」


 そんな、グルグルとした熱がエシェルを飲み込もうとした時、その心中を察したのかリーネが酷く冷静な言葉で彼女を制した。


「リーネ……」

「ウルがいなくて、シズクだってロックと外を出回ってる。だとすると、【歩ム者】の中心は私達よ。その私達が、頭に血を上らせたら、話にならないわ」

「うん……」

「腹立つのは分かるけどね。敵は多いけど、味方も多いわ。落ち着いてやれることをやりましょう」


 淡々としたリーネの言葉に、エシェルも心を落ち着かせる。自分よりも年下の筈の彼女の言葉は本当に頼もしくて、すぐに心乱される自分が少し恥ずかしかった。それでも、そんな彼女と友人であることの喜びの方が勝った。


「うん、ありがとうリーネ、私、頑張――――」


 頑張る、と、言おうとした瞬間、執務室の扉が開かれた。カルカラが戻ってきたのかと思ったがそうではなく、ラビィンが何故か戦闘装備を身に纏い、挨拶もなく叫んだ。


「リーネ、大変っす!ウーガ機関部に侵入者きたっすよ!魔術師多いから多分ウーガの構築術式パクリに来た奴らっす!」

「――――へえ、それってつまり白王陣の叡智を掠め取りに来たって事ね?殺すわ」

「リーネ???」


 いきなり友人が先程の戦士達を上回る殺意を纏い始めて、エシェルは引いた。ちょっと距離を取ろうとした瞬間、リーネの小さな手が、仰け反っていたエシェルの襟をがっしりと掴んで恐ろしい勢いで引っ張った。


「来なさいエシェル。丁度攻性術式の新構築を考えてたの。貴方と力を合わせて鏖殺よ」

「十秒前になんて言ってたか思い出してリーネぇええ!!!」


 その後、侵入者達(と、エシェル)の阿鼻叫喚が響き渡った。


 この悲鳴は、ウルがいなくなり、立場が不安定になったウーガを防衛するためのリーネとエシェルの日常となっていくのだが、この時のエシェルには知る由もなかった。

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