間章 その頃彼らは
誰でもできる!!会議の腐らせ方のススメ 上 著:シズク
大罪都市プラウディア近郊。
竜吞ウーガ司令塔内 執務室にて。
「…………むう」
エシェル・レーネ・ラーレイは小さく唸った。
彼女の目の前には幾つもの書類が重ねられている。竜吞ウーガの女王として現在君臨している彼女が目を通さなければならない書類は多い。だから書類仕事は何時ものことで、流石にこの一月以上の間に徐々に書類の処理には慣れつつあった。
問題だったのは、
「大罪都市プラウディアの第三位の神官スフィンからシズク宛の会食の誘い、大罪都市グラドル第三位の神官ジョウゴからシズク宛の訪問の催促。大罪都市エンヴィーの工房長パイロンからシズクへのただのラブレター……」
一枚一枚を手に取って、静かに彼女は頭を抱えた。
「シズクへの手紙が多すぎる……!」
「彼女は現在、竜吞ウーガの外交窓口だからね」
それを手伝うリーネは丁寧に補足する。たしかにそうだ。それはそうなのだが、
「それはそうだけど多過ぎだろ!こいつとか1週間前だぞ彼女と会食したの!というかシズクへのラブレターとかこっちに送ってくるなバカなのか!!!」
「わあ、凄い熱烈ね。ちょっとこっちに見せないで。キツイから」
「やだあ!私コレ読むのやだあ!」
エシェルは泣いた。リーネは少し遠い目になった。
「……アレよね。ウルがどれだけシズクのストッパーになってたかって話よね」
ウルがいなくなってから、必然的に【歩ム者】の代理リーダーはシズクになった。勿論、ウーガの管理責任者はエシェルであるが、ギルドとしてのリーダーは彼女だ。そうなるとやはりどうしても、彼女の行動を咎められる者はいなくなった。
結果、こうなった。
エシェルは情念渦巻く手紙に埋もれて泣いた。
「ウルぅぅ……早く戻ってきてえ……」
「泣いてる場合じゃ無いわよ。本当にあの子、このままだと全都市の神官籠絡しかねないわよ……」
ひぃんとエシェルは泣くが、しばらくすると顔をうつ伏せたまま、ポツリと呟いた。
「……、やっぱ、シズク、怒ってるのかな」
ウルの捕縛騒動については、【歩ム者】の面々は少なからず怒りを覚えていた。あまりにも理不尽な(そうされるだけの謂われが無いとは言わないものの)仕打ちだったのだ。命を預け合うような仲間相手にそんな真似をされて、穏やかでいられるはずが無い。
そしてシズクは、面子の中では一番落ち着いている――――様に見えた。少なくともウルに代わって出す指示は的確で、ウルをすぐさま助けにいこうともしない辺り、冷徹ですらあった。
しかし、それ以降の彼女の動きの積極性には、ウルが居るときの彼女には見られないような何かが見える。とても分かりづらいが、普段ならば彼女が持ち合わせていた「容赦」というものが欠片も感じられない。一つ一つの行動に躊躇がない。
ウルがいないから自由に振る舞っている、というのとは、それはまた違う、気がする。
「怒ってるでしょ。当人は自覚無いようだけど」
「自覚、無いの?」
「ウルが言ってたわ。シズク、他者の感情の機微はすぐに察するのに、自分自身の内面に対しては鈍いって」
自分に対して無頓着、ということなのだろう。ハッキリ言えば、それは良くないことだ。蔑ろにしているという事なのだから。
ウルが彼女の暴走に対して口喧しかった理由も分かる。道徳的な側面以上に、彼女が彼女自身を気遣わない状態をなんとかしたかったのだ。
そして彼がいない現状、彼の代わりに自分たちがなんとかしなければならないわけだが、それは上手くいっていない。
「あの子、彼方此方飛び回っているし、それにこっちはこっちで……ね?」
リーネはチラリと執務室の隣りにある、会議室の方角に視線を向けた。すると、
「だから!!何故話を混ぜ返すのだ貴様は!!!」
会議室から罵声が響き渡った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ウーガの管理者、【歩ム者】のリーダーであるウルの“大連盟法違反容疑”は各都市を巡り、伝播した。同時に、その彼らに恐るべき兵器であり、前代未聞の使い魔でもある移動要塞を任せたことに対するグラドルへの批難が各都市で一斉に湧き上がった。
まるで、見計らったかのように、だ。
作為的なものを感じざるを得ないが、それでも、グラドルにはそれに反論する力は無かった。ラクレツィアは相当うまく立ち回って批判をつぶしたが、それでもプラウディアやエンヴィーからの介入を防ぎきることは出来なかった。
そして、そうなってしまうと、グラドルは弱い。
やはりどうしたって、先の神殿の大混乱が尾を引いている。未だ回復には遠い。電光石火のように介入してきたエンヴィーの中央工房に、プラウディアの運命の神殿の神官ら、彼らの独壇場になる――――はずだった。
「あれほどの巨大な移動要塞です。治安維持の関係上、騎士団としても話に噛ませて貰わねば困ります」
と、何故か各都市の騎士団が声を上げ始め、
「あのルートは通商ギルドの通り道です。当然我々にも決定権はあるかと」
商人ギルドまで介入を開始し、
「すまぬのう、ウーガが通るルートはかつてプラウディアの空からの侵略を護った偉大なる神官様の墓があるのじゃ……別のルートにできませぬかのう?」
運命の神殿とは別の神官達まで何故か首を突っ込んできて、
「冒険者ギルドの所属員に容疑がかかったとなれば、我々も原因の究明をする義務がある」
と、
確かにグラドルは弱っていた。そこに更に追い打ちでウルの捕縛騒動があり、ボロボロになっていた。それ故に、別の勢力の介入を許した。
が、しかし、これを仕掛けた者達の思惑に反して、あるいは、思惑通りに
そして、その結果が、ウーガの会議室の惨状である。
「だーかーらー!何故そんな勝手に話を進めるのですか!!!」
「後からやって来て何様だ!?このウーガはエンヴィー中央工房が――――」
「ッッハアアアアア?!!後から?!よっくいいますね天魔のおこぼれ狙いのハイエナ!」
「ハイエ……貴様ぁ!!それこそどの口が言うのだ!!」
「まあ、まあ、落ち着きましょうよ。それよりもこのルートならいかがです?」
「待ちなさい!何故わざわざ運命の小神殿の無い衛星都市を通るのですか!」
「各都市の影響を配慮した結果ですが?」
「巫山戯るな!!そこの貴方も神官なら何か言ってやったらどうなのですか!!」
「うう!!うう、そんな難しい事を言わんでおくれ!!!ワシはただ、英雄達の弔いを…」
「何をしに来たんだこの老害が!誰だこの役立たずを呼んだのは!!!」
爆発的にトップの増えたウーガの方針は、一向にして決まらなくなった。立場も身分も資金も、何もかも違う連中が一緒くたになっているのだ。そう簡単に決まるはずも無い。誰かが譲り、融通を利かせようとしても、別の誰かがそこに口を挟む。
船頭多くして船山登り、
会議は踊る。されど進まず。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「……もういい、今日はここまでだ!」
そして今日も今日とてまるっきり話が進むこと無く、会議室からウンザリとした表情の各勢力の代表者達が出てきた。表情はあからさまな疲労を浮かべており、様子を見に来たエシェル達に怒りに満ちた視線をギロリと向ける。
エシェルは出来る限り表情を出さぬよう、静かに一礼した。ウーガの支配者として気品のある立ち振る舞いだったが、それが彼らの機嫌を更に損ねたらしい。
「次の会議の時はあの役立たずどもを呼ばないで欲しいですな…!!」
運命の神殿の使者である初老の男は忌々しげに罵声を浴びせる。官位だけなら確か
多くの者達が去った後、会議室に残ったのは片手で数えるほどだ。
「だからワシとしては、やはり死者達の弔いを無視するのはいかんともしがたいとおもうのだがなあ……」
「しかしそれでは話は進みませぬぞ!いい加減にしてもらいたいですなご老体!」
「だがのう……」
年老いた神官に、若く血気盛んな騎士達に、商人ギルド、後は冒険者ギルドの一員くらいだろう。彼らは他の連中がウンザリして出て行っても尚、堂々巡りの討論とも言い難い討論を続けていた。
恐ろしいことに各都市の代表者達が集い、会議をし始めてから数時間、ずっと今の会話を続けている。出て行った代表者達が疲労困憊でブチ切れるのもやむを得ない事だろう。ウーガは現在プラウディア近郊に停泊しているが、そこまで移動する労力も時間もただではないのだ。それだけ苦労して、集まって、無為に時間を過ごすのだからたまらない。
通信魔具を使おうという案も既に出ているが、使うのに条件が多いそれを拒否する者も多く「通信魔具を使うかどうかの議論」が勃発し更に無駄な時間が増えた。
まさに、地獄の会議である。
そんな、ただひたすらに無為な時間を今なお過ごし続ける彼らの傍に、補佐に回っていたカルカラが近付いていく。既に何杯も飲み干されたカップを片付けながら、彼らの傍まで近づき、
「他の方々はお帰りになられましたよ」
そう、小さく呟いた。
すると、その途端、
「ふむ」
「ああ、やっとか」
「今回は彼らも根性をみせましたな」
会議中ずっと、顔をひしゃげさせながら「墓が墓が」と同じ事を繰り返していた老いた神官など、シャキリと顔を上げてゆるゆると肩を回す余裕まであるほどだ。カップを下げるカルカラに対してもにこやかに笑みを浮かべて見せていた。
「おお、済まぬなカルカラ殿」
「いいえ……
カルカラが申し訳なさそうに頭を下げるが、老いた神官は笑い首を横に振った。
「なあに、気にすることはないとも。なあ同士らよ」
「ええ。最初“シズクから指示を受けたときは”上手くやれるか心配でしたが」
「最近は、いかに無為な会話を繰り広げるのかが楽しくなってきましたわ」
先程まで、口喧しく言い争いをしていた彼らは仲良く笑い合う。
奇妙な光景だった。彼らには一見して何の繋がりも見えない。身分も立場も年齢も、何もかもが違う。事実、
だが、彼らには確かな繋がりが存在していた。決して表沙汰には出来ない、徹底的に秘匿された繋がりが。
「なにせ、
彼らは全員、陽喰らいの儀でウルと共に闘った戦士達だった。
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